フェニックスファイナンス-2章25『将軍の首は柱に吊るされるのがお似合いだ』後編
本編
人間や動物の発する声と違って、発生源が揺れているような独特の声であった。こんな声を出すのは魔族の一部、ガス族と言われるガス状の魔族だけだ。
「まさか、アエリーどのか!?」
バギザは、いささか緊張しながら、オプタティオ前線の重役であり、前線に所属するガス状魔族を束ねるリーダーでもある魔物の名を呼んだ。
「いかにも。デガド様からの連絡があるのですが、入ってよいですかな?」
「どうぞ!」
バギザが応えると、窓からフワッと灰色の気体が室内に流入してきて、人型が形成されていく。バギザと部下は慌てて姿勢を正した。アエリーはオプタティオ前線の役員であり、バギザ達にとって「かなりの上役」なのである。
「ややっ、戦時ですし、そんな姿勢を取らんでください」
小屋内で実体化したアエリーはバギザ達の姿勢に驚き、温厚な口ぶりでそう言った。
ガス族は絶対数が少ない上に戦闘力も決して高くないが、存在感は意外と大きい。ガス族は「最も温厚な魔族」と言われており、何かと衝突しがちな魔族内においては仲裁役を果たすことが多く、一目置かれている存在と言える。
中でもアエリーの果たす役割は大きく、株式会社オプタティオ前線には不可欠な存在である。デガドが言うには「種族間の面倒な話し合いをせねばならん時、あと社員の給料を削減せねばならん時は、真っ先にアエリーに相談する」とのことだ。
「恐縮です。まさか、アエリー殿が伝令で来てくださるとは」
「ドルミール草粉末も、矢や石も我々には利きませんからな。ついでに霧の中に紛れやすい体をしていますから、これ以上の適任はおらんでしょう、わははは」
綿あめのように体を揺らしながらアエリーは笑った。ガス状魔族は物理的な攻撃手段を持たないが、逆に物理的な攻撃をされても、何らダメージを受けないという特性がある。
その後、アエリーから状況を聞いたところによると、霧が出たのを知ったデガドが光信号でのやり取りに難があると判断し、アエリーに連絡役を任せたということだった。さすがに手回しが良い。
加えて、現在の戦況はデガドの考えた作戦通りに進んでおり、その他の部隊も準備を終えて、作戦開始を待っているということだった。
「では、明朝決行でしょうか?」
「はい。バギザ殿の部隊は予定通り、市街地への攻撃を担当してください。ただし、あくまでも陽動ですから、深入りはしないように。『敵兵を倒すことでは無く、一兵でも多く引き付けるのが任務だと釘を刺してくれ』とデガド様は仰っていましたよ」
「承知しました」
デガドに心中を見透かされており、バギザは少し苦笑いをしつつ応えた。
ルヌギア歴 1685年 19日 明け方 リリオの森東の魔族軍本陣
デガドは本陣にて、各部隊の配置完了の報を待っていた。
ここまで人間側の仕掛けによって10日間翻弄されてきたが、それも今日でお終いである。
デガドの考えた作戦は、簡単に言ってしまえば「陽動部隊を用いて敵を分散させ、陣形を崩し、その隙に森を突っ切って敵本陣に雪崩れ込む」である。
現在、公国軍(人間側)はリリオの森の西側で陣を形成し、魔族軍を待ち構えている。この状態で森を突破したとしても、敵のど真ん中に出て集中砲火を浴びてしまう。

その事態を回避し、かつ短期決戦で勝負を終わらせるためには、
①陽動部隊で公国軍を引き付けて、公国軍の陣構えを乱す
②魔族軍本隊の精鋭部隊でリリオの森を強行突破して、公国軍本陣に一気に攻め入る
この①と②を同時にやってのけることが必要不可欠なのである。
まず①の陽動は2つの部隊+αで実行される。1隊はバギザの率いる高機動部隊で、エパメダ市街地を攻撃する。
2隊目はゴブリン族のアンティカートが率いる軽装の幻術部隊で、こちらは山間部を通過し、エパメダ市街地の東部に出て、幻術を展開して敵を引き付ける。この山間部移動を可能にするために、昨晩見張り小屋を潰したのだ。
それに加えて、半魚人族のアミスタが同族の部下を少数引き連れて、エパメダ西の港で騒動を起こす。

そうやって陽動を行った上で、デガドが自ら指揮をとる②の突撃隊が森を超えて敵陣に襲い掛かるのだ。
「アンティカート様から連絡がありました! 全部隊の配置完了です!」
アミスタに代わって、臨時秘書役を引き受けたリザードマンの若手が走り寄ってきてデガドに報告した。
「ご苦労。して、敵将の名は分かったのか?」
「はっ。スタフティ・エヴァーナという将官だそうです。若干25~6歳だそうですが、"心眼を持つ天才将軍"と畏れられているそうです。なんでも、サングラスをかけ、不敵な笑みを崩さない異様な男だとか…」
いつもならば、「軍部特有の誇大表示というのは、人間も魔族も変わらぬものだなぁ」と冗談の1つも飛ばすのだが、ここ10日間痛い目を見させられたという記憶がそれを阻んだ。
スタフティ・エヴァーナ本人の発案か、それ以外の人間の発案かは分からないが、事実として魔族側は進軍行動を見切られ、大きな痛手を負い、足止めを喰らったのだ。
だが、カリスマ性のある指揮官であればあるほど、その者が死んだ場合の混乱は大きくなるとも考えられる。心眼将軍という精神的支柱がいなくなれば、公国軍は容易く瓦解するはずだ。
「心眼の天才将軍か。そのように畏敬されている人物がいるとは好都合だな。その首さえ獲れば、公国軍は容易く崩壊する」
デガドは周囲を鼓舞するために、不敵な笑みを浮かべて言った。今回の攻撃作戦の成功率は、甘く見積もっても6割である。ただし、兵にそれを悟らせてはならない。
「た、確かに」
リザードマンは驚きつつ、期待を込めた眼差しで頷いた。基本的に魔族は脳内の思考領域が狭い。モチベーションを上げるには、シンプルかつインパクトのある目標を提示することが有効だ。
「よし。全軍に作戦開始を通達せよ! 狙うはスタフティ・エヴァーナの首1つだ!」
周囲の兵に聞こえるように、そして自らを鼓舞するために、デガドは大声でそう言った。
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