フェニックスファイナンス-1章8『汚いカジノ屋さんは好きですか?』後編

2021年11月10日

1章8『汚いカジノ屋さんは好きですか?』後編

 


ルヌギア歴 1685年 4月5日 アテス モルゲン遊興事務所

この日、鷹峰は1人で昼過ぎにモルゲン遊興を訪れ、再度ハイディと面会していた。

「今日はどうしましたかー?」

先日と同じ会議室に入って来るなり、ハイディは幾分フランクに話しかけて来た。

「例の物件見てきましたよ」

「どうでした?」

「あのままじゃ売れないでしょうね」

ハイディがガクリと肩を落として言った。

「ですよねー」

「ちなみに、あのマグナ会って連中を排除しようとはしたのですか?」

ハイディは肩を落とした際にズレた眼鏡を整えつつ、小さく頷いてから答える。

「役所に相談はしたんですが、まともに取り合って貰えませんでしたー。それで、地元の警備ギルドから7,8人寄越してもらって追い出そうとしたんですが…」

「返り討ちにされたと?」

「はい。そういうことですー」

地元の警備ギルドの人たちがどの程度の力量を持っているのかは分からないが、やはりマグナ会の戦闘力はあなどるべきではなさそうだ。

「なるほど。で、ちょっと気になる事があってソニアと分担して調べているんですが、あのマグナ会ってのは何を"なりわい"にしてる組織なんですか? どうもあまり有名なグループでは無いみたいですし」

ハイディは共感したような雰囲気で身を乗り出し、いつもより小声で答えた。

「そうなんです。それがサッパリ分からないんですー」

意外な答えが返って来て鷹峰は当惑した。

「え? それじゃ、どうしてそんな人達にみかじめ料を払い始めたんですか?」

「ウチのギルドオーナーから聞いた話ですけど、2年前頃、店舗への落書きとかー、店員への暴力とかー、他の客に喧嘩を売るみたいな嫌がらせが連続した時期があって、その時に客の一人からマグナ会を用心棒として紹介されたそうです」

「その紹介してきた人って誰です?」

首を横に振ってハイディは答える。

「それは教えてもらえなかったですー。ただ、当時は用心棒代よりその客の売上の方が高くて断れなかったって言ってましたから、結構なお金持ちの方だとは思いますねー」

その客が怪しいと鷹峰は感じた。

「カジノの顧客リストとか、顧客別の売上帳簿なんかは無いですか? 有ってもそういうのは見せて貰えないですかね?」

「いえー、有るには有るんですがー……」

「ですが?」

「カジノの中なんですー。占拠されたカジノの金庫の中」

「その金庫はまだ残ってますかね? 乱暴に開けたり、持ち運びすることはできますか?」

「たぶん残っていると思いますー。金庫の場所自体隠していますしー、みつけたところで特殊な魔法施錠をしていますので、専門家じゃないと手出しはできないハズですー」

魔法で施錠とは面白い。開けたらモンスターが飛び出てくる宝箱のようなものだろうか。

「魔法施錠とは、どういうものですか?」

「鍵をさしてから、規定の手順を守って開けないと、周囲に衝撃波を発するような作りになってますー。威力としてはそうですねー、鷹峰さんくらいの体格だと壁に叩きつけられる程度ですー。持ち運びも同じで、床下に隠してある魔法陣を解除しないと同じ結果になりますー」

鷹峰の生まれた世界に持ち込んだら、金融機関から富裕層にまで飛ぶように売れそうな優れモノの金庫である。

「ちなみに、それを解錠できるのは誰ですか」

「経理担当をしていた私と社長だけですねー」

鷹峰は概ね合点が行き、ニヤッと笑った。

「なるほど。ちなみにあの物件、いくらくらいを提示すればそちらのギルドオーナーさんは売ってくれますかね? 勿論今の占拠された状態でOKです。金庫もそのままで」


ルヌギア歴 1685年 4月5日 アテス フレグノッス弁護士ギルド

鷹峰はハイディに会ったその足でフレグノッス弁護士ギルドを訪れ、ロゼ=プリテンダを呼び出した。会議スペースに顔を出したロゼは明らかに警戒し、鷹峰の顔をじっとりと睨んだ。

「そんなに警戒するなよ。今日はホントに法律相談で来たんだ」

「あの件で、結構なイヤミを上司から言われましたので…」

「そりゃお気の毒だが、俺の責任じゃねぇな。文句ならその『上司』とやらに言うんだな」

ムスっとした顔で鼻を鳴らし、ロゼは鷹峰の対面に座りながら言った。

「準弁護士が、雇い主の正弁護士に歯向かうのは無茶です」

「そうそう、この前気になってたんだ。その準弁護士ってのは何なんだ? オフレコなんだが、実は俺は日本人で、最近こっちに来たものだから分からない事だらけなんだ」

その質問がロゼ側の疑問を打ち消したようだった。

「珍しい名前だと思っていましたが、日本人だったのですか」

「ああ。で、準弁護士って?」

「クレアツィオン連合内では、アカデミー卒業後にクレア教会主催の法務試験に合格すると、まず準弁護士資格が貰えます。そこから実務経験を5年積むと、正弁護士になれます」

日本で言えば、公認会計士の資格に似ているかもしれない。試験をパスしてから規定年数の実務経験を経ることが資格取得の条件の1つである。

「準弁護士と正弁護士で、権利とか担当業務が違ったりするのか?」

「法律関連ギルドを開業できるのは正弁護士だけです。あとは、殺人・強盗といった凶悪事件の裁判や、複数の連合構成国を跨ぐ裁判を担当できるのも正弁護士だけですね。他にも細々した違いはありますが、分かり易いところではそれくらいです。ただ、実態として準弁護士は見習い扱いですから、ていの良い使いっぱしりに過ぎません」

ほうほう、と頷きながら鷹峰がさらに聞く。

「今実務何年目なんだ?」

「もうすぐ4ヶ月です」

「昨年末くらいから働き始めたのか。ちなみに今何歳なんだ?」

テンポよく答えようとしたロゼが口を開いてから一瞬止まる。

「女性に年齢を聞くのは、そちらの世界で失礼ではないのですか?」

「若い女性に聞くのは失礼じゃないだろう」

「16です」

予想していた年齢がほぼ当たっていた。ただ、鷹峰の居た世界とは1年の長さが違うため、一律に比較はできないかもしれない。

「ルヌギアの女性ってのはみんなそれくらいで働き始めるのか?」

「はい。アカデミーに行かない人は、15歳くらいから働くのが一般的ですね」

そういやソニアの年齢を聞いたことが無かったなぁと考え、言葉を失っている鷹峰にロゼが言った。

「さて、本日の相談は何でしょうか?」

鷹峰はその言葉を聞き、頭をパッと切り替えて言った。

「土地取引について、今から言う計画に違法性が無いか教えて欲しい。ついでに、その取引で必要な役所への手続きを代行してもらうことが可能かってとこも聞きたい。あと、可能な場合はその代行費用を見積もって欲しい」

ロゼは一瞬キョトンとしていたが、少し微笑んでから言った。

「今日はマトモな話みたいですね」

1章9前編に続く

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