フェニックスファイナンス-1章8『汚いカジノ屋さんは好きですか?』前編

2021年11月10日

前回までのあらすじ

鷹峰は異世界の不良債権処理に首を突っ込むこととなった。モルゲン遊興というカジノ運営ギルドの債権を回収するため、鷹峰はならず者達に占拠されているという、元カジノ店舗に目をつけた。

1章8『汚いカジノ屋さんは好きですか?』前編

ルヌギア歴 1685年 4月4日 アテス ヘルメース地区

「一目見れば分かるって、確かにそうだな」

閉店されたカジノの敷地面積は約1500平方メートル、建物は頑丈そうな赤レンガ造りの2階建てであった。

ただ、建物や庭の状態は、とても客を呼べるようなレベルではない。「閉店から2ヶ月でよくぞここまで汚損した」と言いたくなる惨状である。

カジノの派手な看板は穴をあけられて傾いた状態でかかっているし、入口横にはカードゲームや麻雀で使われそうな、緑のフェルトを貼られたテーブルが2台ほど打ち捨てられている。レンガの壁にはところどころ落書きがあるし、庭の雑草は膝丈くらいまで伸びている。リニューアルオープンするなら相当の手入れが必要だろう。

「広いわね。確かにこれが売れるなら、結構なお金になりそうだけど」

ソニアは素直に喜べないようではあったが、いくぶん期待を込めた口調で言った。

「立地や日当たりは文句無しだからな。しかし状態が酷いな」

そんな会話をしながら、2人でジロジロと建物を見ていると、後ろから声がかかった。

「おいアニさんら、何見てんだ? 何か用か?」

いかにもアウトローといった入れ墨男であった。筋肉質であり、喧嘩も強そうである。だが、ソニアはひるまずに言った。

「あんたこそ何か用? ここの住人?」

「おいおいアネさん誰に向かって偉そうに言ってんのか分かってんのかい? ここはマグナ会が借金のカタに預かってやってる物件だ。悪い事はいわねぇから、けぇりな」

男は睨みをきかせて言った。

「ああ、それはすいません。こちらが無知でした。さっさと退散します」

鷹峰はそう言ってソニアの袖を引っ張って、カジノから遠ざかっていった。

2人は男から見えなくなる距離まで離れ、路地に入って話を始める。

「マグナ会ってのは有名なグループなのか?」

「全然聞いたことが無いわ。でも、肉付きとか身のこなしの雰囲気なんだけど、ただのチンピラって感じでもないのよね。どこかの傭兵崩れかもしれないわね」

無名のグループではあるが、一定の戦闘力はあるのだろう。それゆえ排除が難しく、資産として売却することができていないのかもしれない。

「追っ払うのは難しいか?」

それに対してソニアはうーんと唸って考えてから答えた。

「建物内に何人くらいいるのか分からないから推測の域は出ないけれど、金山時代の仲間を集めれば、軽く捻れると思うわ」

「そいつは良かった」

「でも、追っ払ったところで、こんなに荒れちゃった物件って売れるの?」

その懸念は正しい。いくらならず者を排除したとしても、住民の記憶に「荒れていた」というイメージが残っている限り、買い手はみつかりにくいだろう。不動産購入後に、排除したはずのならず者が戻ってきて再度住み着き始めた、なんてことになった日には目も当てられない。

「普通に考えるとその通りだ」

鷹峰は少々もったいぶってから言った。

「だが、客によってはそういうのを気にしないのも居る。だから、気にしない客に売り込めるセールスポイントが有ればいいんだが……」

「気にしない客って?」

「例えばここに城の衛兵達の宿舎を建てるとしたらどうだ? もしくは別のならず者で、大手のならず者グループの事務所を建てるのもいいかもな。軍の権力者のご自宅なんてのもいいかもしれない」

具体例を聞いて、ソニアも合点がいった。

「なるほど。マグナ会って奴らを怖がらない人達になら売れるってことか」

「そういうこと。しかし……」

「売り込めるセールスポイントが無い?」

鷹峰は頷きで肯定を示した。

「やっぱダメじゃないの」

赤髪を軽く揺らして、ヤレヤレと両手を挙げたソニアに鷹峰が言った。

「ただし、ちょっとつついてみたいトコがある。そのマグナ会とやらのバックだ」

「それはどうして?」

「ここは高級住宅街だろ。傭兵崩れだろうがチンピラだろうが、非合法な活動をする拠点としては不便だし、ただ占拠しているだけじゃ1文……、いや1フェンの得にもならない」

「確かにそうね」

この高級住宅街ヘルメース地区はアテス市街地の南東エリアの高台にあり、市場や歓楽街のある北西側エリアや、港湾地区のある南西エリアへのアクセスは良いと言えない。アウトロー集団が活動の拠点とするのはいささか不自然だと言える。

「金が欲しいだけならさっさと自分達が退去して、モルゲン遊興に不動産を売却処分させ、売却で得た金を脅し取る方が確実だ。しかし現実はそうなっていない。つまり、この物件に『居座る理由』が何かあるハズだ」

1章8後編に続く

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