今日から始める異世界M&A-1章6『魔界のリストラは甘くない』

前回までのあらすじ

証券会社の若手社員である鷹峰亨(たかみねとおる)はルヌギアという世界に召喚されてしまった。鷹峰はツケの取り立てで生計を立て始めるが、評判が大臣の耳に入ったことから、銀行の不良債権処理に首を突っ込むこととなる。

1章6『魔界のリストラは甘くない』

ルヌギア歴 1685年 3月31日 アテス・カイエン銀行アテス支店

日本の企業は会計年度の区切り(1年間の経営結果をまとめる区切り)を3月末に置いていることが多く、その影響で3月末~4月末は繁忙期と言われている。

ルヌギアにおいても、魔族企業の多くは3月末決算を採用している。それゆえ、魔族の『株式会社オプタティオ前線』などは、3月末を無事超えられるかどうかが経営陣にとって一大事なのである。

一方でクレアツィオン連合では基本的に年末を区切りに置いているため、この時期が特別忙しいというわけではない。それに加えてオプタティオは不況であるから、カイエン銀行アテス支店も客が1人2人しかいないという寂しい状態であった。

ただし、店員の意識自体は高いようで、鷹峰とソニアが入店するとすぐに案内係の青年が用件伺いにきた。「不況時こそ綱紀粛正ということだろうか」と鷹峰は感じた。

名前を告げ、待っている間にソニアが頭を掻きながら口を開いた。

「どうもあたしは銀行ってトコが苦手ね」

「そいつはどうして?」

「調子いい時は毎日でも顔を出して、なにかにつけて融資融資って言うくせに、調子が悪くなったらすぐに手のひらを返す」

「実体験か?」

ソニアが頷く。

「カイエンじゃなくて、地元のオプタ銀だけどね。金山から敗走してきて、大怪我で死の淵を彷徨ってる防衛隊の隊長に会いに来たと思ったら、『死ぬ前に金を返せ』って。その場で殴ってやろうかと思ったわ」

「どこでも似たようなもんだな。鬼畜な人種だよ、金融屋ってのは」

「あんたもそうだったんでしょ?」

「返す言葉が無いね」

その時、横から声がかかった。

「鷹峰様、奥にどうぞ」


鷹峰とソニアは受付横のドアから中に入って廊下を進み、その廊下のど真ん中の部屋に案内された。案内係の青年がドアをノックすると、男性の「どうぞ」という声が返ってきた。

青年にドアを開けてもらい鷹峰たちが入室すると、スラリと高身長な男性が1人立って出迎えてくれた。大航海時代をモチーフにした漫画やゲームなどに出てくる『イケメン商人キャラ』が着ているような紺色のブレザー(ジュストコール)を身にまとっている。ビブラン大臣のようにふんぞり返っているワケではなく、客をもてなす所作が手慣れている様子であった。

「お初にお目にかかります。支店長のジョルジュ=クレペールと申します」

ジョルジュはそう言って名刺を取り出し、まず鷹峰に手渡した。名刺を両手で受け取りつつ、鷹峰も名乗り返した。

「これはご丁寧にどうも。あいにく名刺を作っておりませんで、口頭にて失礼します。鷹峰亨です」

ソニアも名刺を受け取って名乗った。

「ソニア=ジョアンヴィスです」

そう言いつつソニアは受け取った名刺を一瞥してから、少し驚いた様子で付け加えた。

「アヅチの副支店長だったんですね」

名刺の裏面にはジョルジュ支店長の経歴がびっしりと記載してあった。ソニアが驚いたところをみると明らかな出世コースを歩んでいる人物なのかもしれない。

「ええ。年始からこちらに赴任してきました。ささ、こちらにどうぞ」

大臣の部屋の無駄に豪華なソファに比べると、だいぶ質素な来客用ソファに鷹峰とソニアは腰をおろした。

「とあるスジからお2人のご活躍を耳にしまして、ビブラン様に頼んで紹介頂いた次第で御座います。是非、当行の不良債権処理に協力して頂きたく」

大臣もしくは召喚に居合わせた人間が、鷹峰の情報(日本人の金融業関係者ということ)をカイエン銀行に流し、その知識や手腕に興味を持ったというところだろうか。それともどこかのツケの回収が耳に入ったのかもしれない。

「伺っております。処理したい不良債権について、具体的に教えていただけますか」

「分かりました、こちらをご覧ください」

ジョルジュはそう言って、机の下から厚さ2センチ程度の書類の束を出してきた。

「これが今月15日時点でのランクD、つまり当行で不良債権扱いになっている案件のリストと簡単な状況まとめです」

「拝見します」

鷹峰はそう言って、書類をめくり出した。

書類は一番上に融資先名、融資日、金額、利子率、返済予定日、返済実績、貸出残額などを一覧にしたリストがあり、続いて個別案件の詳細情報がまとめられた物だった。

まだ文字はほとんど読めない鷹峰だったが、一覧を見て、返済期日に満足の行く返済がなされていない案件ばかりであることは理解できた。不良債権なのだから、当然と言えば当然なのだろうが。

ただ、こちらの世界の情勢に疎い鷹峰には、この資料だけで債権回収の余地があるかどうかを判断するのは不可能だった。

鷹峰がどこから聞くべきかと悩んでいると、ソニアが口を開いた。

「フルフォリにメリ食品にモルゲン遊興まで借金抱えてるのね」

ソニアが指摘した3ギルドは一覧の中でも金額が大きめの案件で、焦げ付いている融資額は順に7億、6億、4億と書かれていた。ソニアが驚くということは、少なくとも過去は羽振りがよかったのだろう。そういう所はなにか金になるものが残っているかもしれない。

「その3社……、いや3ギルドはどんな事業を?」

鷹峰の質問にジョルジュが答える。

「フルフォリは高級家具、とくに置き時計の製造をしています。メリ食品は国外の高級酒類輸入が主な事業ですな。モルゲン遊興はカジノ経営をしております」

ソニアが付け加える。

「モルゲンのカジノは一度だけ行ったことがあるわね。その時は、羽振りの良さそうなお客さんで大繁盛だったけどね」

「3ギルドとも富裕層向けのビジネスで儲けていたが、景気が悪くなるにつれて客足が落ちて経営悪化ってところですかね?」

鷹峰の質問にジョルジュは大きく頷いて肯定した。

「その通りです。不況による市民の贅沢カットが直撃したギルドと言えるでしょう」

商売の内容から察するに、3ギルドとも実物資産(在庫商品や店舗不動産)をいくらかは持っているはずなので、調べてみれば回収の糸口がみつかるかもしれない。

それに、ここで書類と睨めっこをしていても何も始まらないのは確実で、どこでもいいので現場を見た方が早いとも感じた。

「手始めにその3つを調べてみましょう。各ギルド担当者の方をご紹介いただけますか」

ジョルジュがニッコリ笑って返答する。

「ありがとうございます。先方には今日中に連絡しておきます」

そう言いながらジョルジュは書類の束から3つのギルドに関わる部分だけ取り出し、担当者名を書いたメモを付け加えて鷹峰に手渡した。

「なにぶん、秘密情報ですのでくれぐれも……」

各ギルドの経営状態が載っているのだから、当然秘密情報であろう。それは日本の金融機関でも同じことだ。

「承知しています。紛失した際はビブラン大臣に賠償請求してください」

鷹峰の言葉にジョルジュは軽く笑った。

「本格的に回収のお手伝いに乗り出す場合は、また別途手数料等のご相談に上がります」

「分かりました。色良いお返事をお待ちしております」

鷹峰とソニアはお辞儀をしてソファから立ち上がり、部屋から出ようとした。ソニアがドアに手をかけたその時、鷹峰は思い出したように意地悪な質問をジョルジュに投げかけた。

「ちなみにこの債権回収ですが、ビブラン大臣にはどれくらいマージンが行くんですか?」

ジョルジュは一瞬キョトンとしたが、大きく笑って答えた。

「あははは、答えにくい質問ですな。ノーコメントとさせて下さい」


ルヌギア歴 1685年 4月2日 独立商都アヅチ

独立商都アヅチは、300年前に転移してきた第六天魔王こと織田信長が作った商業都市である。ルヌギアにおける商取引・金融取引の中心地であり、多くのギルド、多くの魔族企業が本社や事務所を構えている。現在、魔族内においてデモニック族(人型の魔人族)の族長を務めるエフィアルテスも本拠をアヅチに置いている1人である。

エフィアルテスはこの日、アヅチ高台にある邸宅の窓辺に立ちながら、部下から報告を受けていた。

「あのぼんくら狼め、また借金ばかり増やしおって」

ぼんくら狼とは株式会社オプタティオ前線CEOのデガドの事である。エフィアルテスはオプタティオ前線の筆頭株主であり、全株式の約20%を保有しているため、デガドに意見できる立場にある。

「3月末の配給は乗り切ったようですが、5月頭に出る今期決算はかなり悪いかと」

報告に来ていたガーゴイルの言葉に、エフィアルテスは頷いて言った。

「だろうな。また株主配当を減らしてくれとでも言いだすのであろう」

「はっ。その模様です」

「金山奪取の際の犠牲者遺族に慰労金などと勝手に決めるからそうなる。あんなもの払わねば黒字だったものを」

鋭い眼光で窓の外を眺めながら、エフィアルテスは小さく鼻息をついてからそう言った。

昨年、ソニア達が防衛していたラマヒラール金山を奪取するよう株主提案をしたのはエフィアルテスだった。ただ、エフィアルテスの真の狙いは口減らし、つまり戦死者を出すことによって株式会社オプタティオ前線のリストラをすることであった。

人間と魔族との争いが沈静化に向かっている昨今、オプタティオ前線が魔族を大量雇用する必要性は薄れてきている。費用がかかるだけで利は無いのだ。

「よし、引き続き監視を頼む。動きが有れば逐一報告するのだぞ」

「はっ」

ガーゴイルが部屋から出ていったのを確認し、横に居たデモニック族の秘書に語りかける。

「タダ飯喰らいの魔族にはさっさと死んでもらって、組織をスリム化をせねばのぅ」

「その通りでございますな」

エフィアルテスは窓から書斎内に向き直り、緑色のひび割れた顎をさすりながら言った。

「マルティンとアーバドと面会をセッティングしてくれ」

マルティン、アーバドはともに魔族の資産家で、オプタティオ前線の有力株主である。エフィアルテスとこの2者の保有株数を合計すると、オプタティオ前線の株式総数の4割を超える。加えて、エフィアルテスにはデモニック族長としての権限や、魔族内に持つ政治人脈がある。そのため、エフィアルテス、マルティン、アーバドの3者が結託して株主提案を実行した場合、雇われ社長であるデガドがそれに反抗するのは至難の業なのである。

「昨年と同じく株主提案ですかな?」

「うむ。配当を減らすつもりなら、また一騒動起こして貰わねばなるまい。いい加減、会社が誰の持ち物なのか理解してもらわねばな」

~~続く~~

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