今日から始める異世界M&A-1章5『魔界の沙汰も金次第』

前回までのあらすじ

証券会社の若手社員である鷹峰亨(たかみねとおる)はルヌギアという世界に召喚されてしまった。鷹峰はしばらくの間寝床を貸してもらう酒場の『ツケ』の取り立てを生業にし、当面の生活費の確保に動き始めた。

1章5『魔界の沙汰も金次第』

ルヌギア歴 1685年 3月25日 クライオリン・ソクノッス砦(魔族側)

『株式会社オプタティオ前線』のCEO(最高経営責任者)であるデガドは、体長2.5mにも及ぶ大柄な体を深く椅子に横たえ、ワーウルフらしい鬣(たてがみ)を撫でつつ一息ついていた。前線に所属する魔族達に支払う3月末の給金・配給になんとかメドがついたからである。

ちなみに、『株式会社〇〇前線』というのは、クレアツィオン大陸各地に派兵されている魔族の前線部隊の事である。ただ、鷹峰の生まれた世界の軍といった組織と違うのは、前線部隊そのものが株式会社化されている点だ。

『株式会社オプタティオ前線』はその名の通りオプタティオ公国に派遣されてきた魔族の占領部隊であると同時に、人間から略奪した物資、あるいは奪い取った領地から取れる産品などで利益を上げ、株主に配当として還元する企業でもあるのだ。

「しかし、この財政状態ですと、今期も株主配当を減額するしか無いかと……」

デガドの側近であるアミスタが言った。アミスタはマーマン(半漁人)であるが、最近は心労のせいか、ウロコの輝きが日に日に失われていっている。「水揚げ一週間の傷みモノ。刺身は無理」と一部の部下からは揶揄されている始末である。

「やはり実質的には赤字になりそうか?」

「収計結果が概ね判明するのは半月後ですが、まず間違いないかと」

デガドは椅子に座り直し、大きくため息をついてから言った。

「今年もあの糞株主どもに頭を下げて、罵倒されねばならんのか」

オプタティオ前線は、昨年赤字決算で株主への株式配当を減額した。それゆえ株主達から命令された一発逆転勝負で、ラマヒラール金山(ソニアが防衛隊をやっていた金山)に攻めかかり、奪取に成功したのだった。

しかし、金山を奪取したものの、あまりにも犠牲が大きすぎた。死亡した魔族の遺族慰労金や負傷兵の医療費が大きな負担となり、金山で稼いだ利益を上回る出費を強いられている。

また、減額したとは言え、オプタティオ前線の株主配当はいまだに高額であり、それも経営の大きな重荷となっている。

「だいたい、あやつらの話に乗ってこの始末じゃろうが。欲を出して金山攻略などやらねば、今年は黒字になったかもしれんのに! そもそも、利益の前に、どれだけの魔族が犠牲になったのか分かっておるのかあの拝金主義者どもは!」

デガドは激昂したが、激昂の相手が違っていることに気が付いた。

「すまぬ……、お主に怒りをぶつけるのはスジ違いじゃな……」

アミスタはむしろ、表情を綻ばせて答えた。彼は、デガドの義憤あるところが魅力だと感じているのだ。

「いえ、私も同じ考えでございます。残念ながら当社の株主達は、前線の兵にどれだけ犠牲が出ようと、結果的に自分さえ儲かればよいと考えておりましょう」

魔族は人間で言うところの『人権』の概念が希薄である。それゆえに、鷹峰のいた世界の『強欲資本主義』をより極端にしたような社会が形成されているのだ。

ルヌギアにおいては、『魔界の沙汰も金次第』なのである。


ルヌギア歴 1685年 3月30日 アテス・ポリテリア城

この日、鷹峰とソニアはビブラン大臣に呼び出され、ポリテリア城に来ていた。

城の衛兵に案内され、大臣執務室に入って行くと、悪趣味なまでに豪勢な調度品に囲まれた、これまた悪趣味に黒光りする木製のデスクに向かい、ビブランはふんぞり返っていた。

「突然呼び出してすまないね」

「いーえ、別に」

腰を浮かすことなく礼を言った大臣に、ソニアが如実に悪態をついて返答した。

「……、まぁ掛けてくれたまえ」

ビブランはソニアの態度に少しムッとしながらも、部屋の右手にあるソファを指さした。鷹峰とソニアがそこに座ると、ビブランも対面に移動して腰を下ろす。

「なにやら借金回収でご活躍のようだね」

あれ以降も、鷹峰達は昼間にツケ回収に精を出していた。女将さんから付き合いのある酒屋や食品卸のギルドを紹介してもらい、それらの回収も十数件ほど成功させ、当面の生活資金くらいは確保できたのだ。

「大したことはしていませんよ。ただのツケ回収です」

「それにしちゃ回収率が高いって噂だ」

「取り立てられないような話は請けませんからね。選り好みしているだけですよ」

ソニアは黙ってムスッとしている。余程大臣が嫌いなのだろう。鷹峰が単刀直入に聞いた。

「で、御用件はなんでしょうか?」

「日本の金融屋は不良債権の処理が得意との噂を聞いたんだが、鷹峰クンもそうかな?」

不良債権とは、簡単に言ってしまえば企業が持つ『焦付きツケ』だ。回収の期待ができない貸し出しのことを指す。日本では、金融機関のバブル期の放漫経営が祟り、1990年代後半に多額の不良債権が明るみに出て社会問題になった。

「得意かどうかは分かりません。日本人の並以上くらいの知識はあると思いますが」

「ふむ、まぁ良いか。今日呼んだのは不良債権処理の話でな。カイエン銀行オプタティオ支店の不良債権処理に協力してやって欲しいのだ」

ソニアが反応する。

「また、おっきいトコから話が来たものね」

馴染のない銀行名だったため、鷹峰は聞いた。

「カイエン銀行ってのは?」

「クレアツィオン連合を構成する13国全てに支店を持っている大銀行じゃよ。13国全てに店舗があるのは、ロイヤルクレスト銀とカイエン銀の2つじゃから、連合内の2大バンクの片方といったトコロじゃな」

「クレアツィオン連合?」

「なんじゃ、まだそんなことも知らないのか?」

「最近新しい地名・人名が嵐のように耳に入ってきていましてね。整理しきれていません」

大臣はふぅっと息をついて説明をし始めた。

「大きな範囲から順に説明しよう。まず、キミの元居た世界に対し、こちらの世界はルヌギアと呼称されておる」

鷹峰の頷きを確認して続ける。

「ルヌギアは現在、大きく分けると四つの勢力・国家に分かれておる。クレアツィオン連合、アルモニア共和国、独立商都アヅチ、そして魔族。クレアツィオン連合はその名の通り複数の国家による連合で、クレア教を国教とする国が所属しておる。オプタティオもその一つじゃ」

「魔族は分かるんですが、あとの二つは?」

「アルモニアは約500年前に、クレア教の教義に反対する人間が海を渡って独立した国家じゃ。クレアツィオン大陸の西側に存在するアルモニア大陸を領土としておる」

「独立商都アヅチは? 私の元いた日本にも似た地名があったんですが」

「アヅチは約300年前に召喚された日本人、第六天魔王が、魔族も人間も自由に商いができる土地として建国・独立した商都じゃな。今やこの世界の金とモノの流れを牛耳る巨大都市じゃよ」

第六天魔王でアヅチ、さらに商業の中心地。これはやっぱり信長本人なんじゃなかろうかと鷹峰は思いつつ言った。

「なるほど。だいぶ理解が進みました。ついでにお聞きしますが、どうしてカイエン銀行さんは不良債権を抱えることに?」

「ここ1,2年オプタティオは景気が悪くてな。ギルド・個人ともに破産が増えておる。借金のカタに土地や建物を没収しても、不動産価格が落ちてモトがとれん」

バブル崩壊後の日本、サブプライムローン破綻後のアメリカ、どこも似たようなものだ。不景気の一種のモデルケースと言えるかもしれない。

大臣はトレードマークの鼻ヒゲをくるくると人差し指に巻きつけながら続けた。

「で、カイエン銀行オプタティオ支店も経営状態が悪化しておってな。年明けに支店長が堅物に変わったんじゃが、『このまま不良債権処理が進まないようであれば、オプタティオ域内での億単位の新規融資や借り換えを凍結せざるをえない』と言ってきよった」

異世界に来ようとも、「不況時は回収第一」という金融機関のやり口は変わらないらしい。金融機関も一営利企業なので、他に道が無いのも確かであるが。

「なるほど。そうなったら金を借りて新しい事業なんてできっこありませんし、借り換えまで凍結されたら破産するギルドや個人がさらに増加するでしょうね。金融や経済を担当するビブラン大臣として対策のために動かざるをえないと」

ビブランは大仰に頷く。

「そういうことじゃ。面倒ではあるが、国内融資を絞られては景気が上向くはずもないからのう」

ここで鷹峰は1つの違和感を持った。なぜ銀行に資金注入をしないのかということだ。

「そんなに不良債権が問題なら、お金を印刷して銀行に補填してやればいいじゃないですか。そうすれば銀行も回復して、融資凍結も回避できるんじゃないですか?」

ビブランは鷹峰をバカにするようにワザとらしくため息をついて返答した。

「それができればやっておる。しかし、キミは知らんのだろうが、フェンの発行ができるのはクレアツィオン連合政府なのじゃ。オプタティオ公国に通貨発行権は無いのじゃよ」

通貨発行権とはその名の通り「お金を印刷(鋳造)して、発行する権利」である。鷹峰の生まれた日本で言えば、通貨『円』を発行する権利となるため、当然ながらその権利を持っているのは『日本政府』である。

「……フェンって、クレアツィオン連合の共通通貨なんですか?」

「そうじゃよ」

このケースは鷹峰のいた世界のヨーロッパ共通通貨『ユーロ』を想像すると分かり易い。ユーロを発行できるのはECB(欧州中央銀行)だけであり、ユーロ圏各国は勝手に通貨を発行することができないのだ。

「なるほど。ありがとうございます。状況が掴めました」

うむうむ、とビブランが頷き、元の話に戻る。

「で、不良債権処理の手伝いは引き受けてくれるか?」

鷹峰は少し悩んだが、自分の懐事情を考えると、話に乗るしかないように思えた。

ソニアの方を見ると、彼女は一刻も早くこの部屋を出たいと考えているようで、視線はあさっての方向を向いている。

「わかりました。とりあえずそのカイエン銀行さんとやらにお邪魔して、モノを見て考えます」

それを聞いたビブランの顔が不自然なまでに明るくなった。

「そうか! それは良かった。先方に連絡しておくよ!」

こりゃ成功報酬のマージンか、紹介料でも銀行から取るつもりなのだろうと鷹峰は思った。

~~続く~~

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