フェニックスファイナンス-1章4『法律は用法用量を守って正しくお使いください』後編
1章4『法律は用法用量を守って正しくお使いください』後編
まさか法律論で押して来るつもりか、と鷹峰は眉間に皺を寄せた。飲み屋のツケに返済期限なんて取り決めは普通存在しない。近いうちに払ってくれるという信用の上で帳簿に『ツケる』のだから。
「意地の悪いことをおっしゃる。ツケってのはお互いの信用の上で成り立つ取引でしょう。お宅はご自分のギルドの信用を損ねても構わないとの方針でいらっしゃるのでしょうか?」
ロゼがムスっとした表情で返す。
「信用などと曖昧な表現をされても、よく分かりません。当方は弁護士ギルドですので、法に則って対応をしているまでです。それとも、信用を損ねるというのは、こちらのギルドの悪評でも吹聴するという脅しでしょうか? それこそ客商売であるパルテノさんの信用を損ねることになると思いますし、営業妨害でこちらから訴える必要が出てくるかもしれません」
ソニアは黙って聞いている。鷹峰が返す。
「いえいえ、ウチは悪評をバラ撒くような事はしませんよ。脅しに聞こえたのなら謝ります」
一瞬譲歩すると見せかけて、鷹峰は再度喧嘩をふっかけた。
「しかし、お若いのにくだらない屁理屈は一丁前の御様子ですね。こちらのギルドは若手教育にさぞかし熱心なのでしょうね」
ロゼは無言で鷹峰をじっと見ている。
「ま、これ以上の嫌味はやめておきましょう。どうあっても今日は支払うつもりは無いと?」
「はい」
脈無しだなと判断したソニアは、「はぁっ」とため息をついて立ち上がろうとした。だが、鷹峰がそれを制するように口を開く。
「ところで、こちらのギルドは法律相談を受けてくれたりするのでしょうか?」
いきなり話が変わったため、ロゼは不審に思ったのか警戒感を示しながらも答える。
「ええ。随時受け付けています。指名も可能で、1時間5000フェンです」
鷹峰はさきほど取り立てたお金の中から千フェン札を5枚取り出して机に置く。
「では、借金の取り立てについて法律的なご相談に乗って頂きたい。指名はロゼ=プリテンダさんをお願いします。10分ほどお時間いただければ結構ですよ」
ソニアは鷹峰の言動にゾクゾク来るものを感じた。鷹峰がここからどう切り返すのか興味を持ちつつ席に座り直す。
ロゼはどうしたものか迷っていたが、ここで弱いところを見せるわけにもいかないと考えたようで、鷹峰の置いた紙幣を手元に引き寄せつつ、作り笑顔を浮かべて聞いた。
「ご相談の内容を伺えますでしょうか?」
「ギルドとギルドの間の貸し借り、具体的には飲み屋の焦付きツケの回収についてお聞きしたい。まず、返済期限について特に取り決めが無い場合、法律上それを決める権利はどちらにあるのでしょうか? もしくはそんな権利は存在しないのでしょうか?」
ロゼが苦虫を噛み潰したような表情になる。しばらく黙った後、答えた。
「期限の取り決めが無い場合は、貸主(この場合は酒場側)にその権利があります。ただし、指定できる期日は1カ月以上先となります。金額が100万フェン以上だと、もう少し細かい日付の規定がありますが……」
最後の方は消え入るような口調であった。
それを聞きつつ、「一瞬で決着させやがった」とソニアは感心した。自分がニヤけているなと感じつつ、鷹峰を見る。しかし、彼はまだ笑っていなかった。
「次に、こういったケースで、利子について取り決めが無かった場合、貸主が請求可能な利子率などは法律で決まっていますか?」
「とくに取り決めがない場合、年率9%を上限として、貸主に決定権があります」
「利子率に関して事前合意が無かったならば、9%までは貸主が勝手に後付けで設定できるということですか?」
ロゼは大きく息を吸ってから答えた。
「……ええ。そうです」
「もう1点、さきほど返済期日を指定できるとお聞きしましたが、それを過ぎても返済されない場合、返済遅延による損害金を相手に請求することはできますか?」
ロゼの目から光が消えていく。
「……請求可能です。そちらも年率9%が上限で、利息とは別計算になります」
鷹峰はニッコリ笑って話をまとめにかかる。
「なるほど。では法律相談はここまでで結構です。ありがとうございました」
そして頭の中で計算をまとめて、ロゼに向かって言った。
「最後に再度そちらへのツケの催促となります。まず、法律に従って返済期限を来月末に設定します。請求金額は、法律に従って利息年率9%を加えた55万4千フェン(※1)。期日に支払われない場合は、別途法律に従って年率9%の遅延金を加算していきます」
(※1:年率9%をルヌギアの1年=15ヶ月で割ると月0.6%、18ヶ月分で10.8%。50万×10.8%=5万4千フェン)
ロゼは俯きかげんになり、左目の下をひくつかせている。
「おっと、法律相談を打ち切るのが早かったかな。この認識で法律上や利子計算に問題はありませんよね? それとも返済期限や利子率を通告する書面が必要でしょうか?」
ロゼは一瞬顔をあげ、絞り出すように答えた。
「いえ、承りました……」
鷹峰がソニアに目配せして立ち上がり、会議ブースから出ていく。鷹峰はわざとらしく去り際に譲歩案を言い渡した。
「一つご提案を忘れていました。今月末までにお支払い頂ける場合は、利息を取るつもりは御座いません。50万で結構です。それでは失礼します」
ギルドを出るなり、喜色満面でソニアが鷹峰に話しかける。
「あんたすごいじゃない! 法律知識はないって言ってたのに!」
ニヤリと笑いながら鷹峰が返す。
「現に知識は無かっただろ。仕入れてその場で使っただけだ」
ソニアは「やるじゃん!」と言いながら、バシッと鷹峰の背中を叩いた。
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