フェニックスファイナンス-2章28『奪還と返礼』後編

目次

本編


身長と同じくらいの槍を持った赤髪の女だった。昨日メルティノリッチが人間側を襲撃した際、救援に駆け付けて一瞬でヘルハウンド2匹を屠った槍使いだ。

何人もの人を喰らってきたメルティノリッチには、「この赤髪は美味い」という確信がある。それと同時に「今一番出会いたくない相手」という確信もある。逃げ出したところで、間違い無く追い付かれるからだ。

どう出ればよいかと、モヤのかかった頭でなんとか思考を巡らせていると、赤髪が睨むような目線を向けつつ、問いかけてきた。

「眠くはないの?」

「う、うるさいだぁ!」

とは言ったものの、眠気はどんどん強まっている。瞼は重いし、足元もおぼつかない。

これは万事休すかと思っていると、赤髪が一瞬で距離を詰めてきた。「刺される」と予感したメルティノリッチは、反射的に体を横に向け、左肩を前に出すようにしながら両腕でガード姿勢をとる。

直後、「プスッ」という、気の抜けた音が微かに聞こえた。見ると、赤髪がメルティノリッチの左肩に注射針を指し込んでいる。

「なにするだぁッ」

メルティノリッチはそう言って腕を横に振る。赤髪は腕を避けるように、注射針を抜きつつ後方に跳躍した。

「なにを打ち込んだだぁ?」

「ドルミールガスの中和剤。ドルミールガスで眠らせた魔族を、緊急で起こすために作ったレアな薬よ」

「ドルミールガス?」

問い返しながら、メルティノリッチは頭にかかっていたモヤが晴れていくように感じる。

「そう。あんた達の苦手なドルミール草粉末のガスよ」

おそらく、人間どもは催眠効果のあるドルミール草粉末を使って、何らかの工作をしたのだろう。そして、その効果を解除する薬剤を自分に打ったのだ。

「なぜ、俺を起こしただぁ?」

「ちゃんと絶望して死んでほしいから」

「……、ほざけだぁ」

何をしたいのか意味不明な女だ。だが、お陰で助かったと言える。

「で、どう? 目は覚めた?」

赤髪が訊いてきた。瞼の重さは無くなったし、手指にも力が入るようになってきた。今なら思い切り棍棒を動かすことも可能だろう

「もうちょっと……だぁ!」

メルティノリッチは答えを濁しながら、右手に持った棍棒を思い切り突き出した。だが、棍棒は何にも当たらず空を切った。赤髪は上半身を少し右に傾けて、攻撃を避けたのだ。

「んだぁがぁ!」

苦い表情を浮かべつつ、メルティノリッチは素早く棍棒を振り上げ、垂直に3度連続で振り下ろす。赤髪は体の軸を少し動かして、全て紙一重で避ける。「ならば」と地面スレスレを狙って横に薙ぎ払うと、最小限のジャンプでそれも避けてしまう。


「動けそうね。安心したわ」

赤髪は無表情でそう言ってから、スッと槍を突き出してきた。予備動作が無い上に、異様に速い。メルティノリッチはなんとか左腕を前に出して、胸への直撃を避けた。

「ぬぐぁ」

そこから赤髪の猛烈な突きが始まった。メルティノリッチは棍棒を両手で持ち、体の前面に出して盾のように使うが、腕や足に切り傷が10,20と刻まれていく。このままでは勝ったところで逃げられる状態ではなくなってしまう。

「シッ、シッ」

とテンポよく赤髪は突きの手を緩めない。最早躊躇している暇はない。メルティノリッチは賭けに出る決意をする。

「ぐうぉぉぉ!」

突如メルティノリッチは吠えた。こういう相手に対処するには、棍棒が折れることを覚悟した上で、全力で大上段から棍棒を振り下ろし、地面ごとぶっ壊すしかない。吐いた息を吸いながら、両手で棍棒を思い切り持ち上げた。

その時、赤髪の槍が加速してメルティノリッチの頭上に向けて2度突き出された。途端、両手から棍棒の重みがスッと消え、「ドサッ」という落下音が後背から聞こえる。

「だぁ?」

目線を上に向けると、青みがかった自分の血がボタボタと音を立てて顔に落ちて来た。両手首がパックリと割れて、血が流れ出ている。

「あぁぁあああぁぁぁぁ!」

激痛が後からやって来た。腱を切られ、手に力が入らない。

「もうお終い?」

赤髪は涼しい表情で不満を口にした。メルティノリッチは叫び続けながら、手首から血が流れ出てくるのも構わずに、右腕ごと赤髪に向かって振り下ろす。しかし、その攻撃も空を切って当たらない。

「シッ」

赤髪は最小限の横ステップで攻撃を避け、小さく息を吐いた。メルティノリッチの右肩に激痛が走る。見ると槍の鋭い穂先が右肩から抜かれるところだった。スピードが速すぎて槍の動きがほとんど捕捉できない。実力が違い過ぎる。

「ぃぃひぃ」

錯乱したメルティノリッチは声にもならない悲鳴をあげながら、赤髪を追い払うよう左腕を横に振り、前方に駆けだした。このバケモノから一刻も早く遠ざからないといけない。

だが、今度は前に出した右足に力が入らない。勢い余って、メルティノリッチは横向きに寝転ぶような姿勢で倒れ込んだ。右足のふくらはぎが焼けるように痛い、左足は足首から先の感覚が無い。両手両足を完全に潰されてしまった。

恐怖に震えながら首を起こすと、真横に赤髪が立っていた。

「意味なんて無いことは分かってたわ」

残念そうに溜息をついてから、赤髪はそう言った。声色と眼光から伝わる怒りが、命乞いが無駄であることメルティノリッチに伝えている。

「……ひ、あぁ…」

首を絞められているわけでもないのに、喉が締め付けられるようで、声が出て来ない。赤髪は右手をクルリと捻って槍を回転させ、穂先を寝転んだメルティノリッチに向けた。

「それじゃあね。あの世で、私の仲間に詫びて回りなさい」

眉間に槍の穂先が刺さった。メルティノリッチが最後に見たものは、大将首を獲ったというのに、表情一つ変えていない赤髪の女であった。

ルヌギア歴 1685年 6月19日 AM1時00分 ラマヒラール金山

「タカミネの兄ちゃん、制圧完了だ。寝入ってる奴らは縛って、崖からつき落としておいたぜ」

鷹峰が砦に入ってキョロキョロとしていると、ボメルが巨斧を担ぎながら報告してきた。

「了解です。それじゃあ物資の搬入に移ってください。疲れているところすいません」

「ははっ。ま、疲れているのは事実だが、油断はできねぇからな」

トレードマークのスキンヘッドをペシペシと叩きながらボメルは去っていった。入れ替わりに、イゴールが近寄ってきた。目に少し涙を浮かべている。

「タカミネさん、ありがとうございました。こんなに早く金山に帰って来られるとは、夢にも思っていませんでしたよ」

「いえ、イゴールさんの協力あってこそですよ。それに、イゴールさんに本領発揮して貰うのはこれからですからね。採掘をしっかり回して、がっぽり稼いでもらいますよ」

鷹峰が笑みを浮かべてそう返すと、イゴールは右手で涙を軽く拭ってから、力強く答える。

「ええ、やってみせましょう」

金山は奪還に成功した。これで、フェニックスファイナンスの金銭上の利益は確定したと言える。

「あとは、エパメダの方が思惑通り終戦となればいいんだがなぁ…」

鷹峰は真っ暗な空を見上げながら、しみじみと呟いた。

2章29前編に続く(執筆中)

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