フェニックスファイナンス-2章28『奪還と返礼』前編
前回までのあらすじ
ルヌギアという異世界のオプタティオ公国に転移した鷹峰亨は、異世界で金融・投資ビジネスを始めた。そんな中、魔族の侵攻が始まる。そこで鷹峰は魔族による侵攻を止めつつ、金山を奪取して大儲けする作戦を考え出す。鷹峰は借金苦のギルドや銀行との交渉を経て金山の所有権を確保し、金山獲りに乗り出した。
オプタティオ公国南部のエパメダ近辺に侵攻してきた魔族軍が陽動作戦を始めた頃、金山を攻めていた鷹峰達は、最後の仕上げに取り掛かった。
本編
ルヌギア歴 1685年 6月19日 AM0時10分 ラマヒラール金山
時は6時間ほど遡る。
鷹峰達は金山の砦に攻めかかるタイミングを伺いながら、闇に紛れて砦付近の茂みに潜んでいた。前方にうっすらと見えるのは、砦の頑丈そうな石造りの門と、その横にスラっとそびえる高さ4メートルの土塀である。
「あのコボルト、ちょっとウトウトしてませんか?」
横にいるロゼが、前方を指差して小声で言った。土塀から上半身を出して外を見張っていたコボルトが、土塀に肘をついて頭を乗っけている。
ただ、コボルトが現在戦っている睡魔がドルミールガスによるものなのか、生物の体内時計によるものなのかは判然としない。
「うーん、眠そうなのは確かだが…」
「ロゼの言う通りよ。間違い無いわ」
言葉を濁した鷹峰を遮り、ソニアが断定した。いつもなら「おいおい、何を根拠に」と問い質すところだが、こと戦闘の場面において彼女が判断を誤るとは考えられない。
「ハイディ、矢の準備をしておいて」
「りょうかーい」
言葉に詰まった鷹峰をよそに、ソニアがハイディに指示を出したその時だった。門の内側から、「ポン・ポン」という発射音が響き、天に向かって赤い火の玉が2つ上がっていく。
「赤玉2発!」
若い傭兵が嬉しそうに声をあげた。火の玉はシルビオからの合図で、赤玉2発は「ドルミールガス噴出装置の起動成功・攻撃を開始されたし」を意味する。
「よし! 嬢ちゃん、見張りを頼む」
「あいさー!」
ボメルの指示を聞き、ハイディは素早く立ち上がって矢を放った。彼女の手を離れた矢は、吸い込まれるようにコボルトの眉間に突き刺さる。コボルトは「ゲッ」という短い声を出して、土塀にもたれかかった。
「突入部隊は進め! 支援隊は光石を投げ入れろ!」
ルヌギア歴 1685年 6月19日 AM0時10分 ラマヒラール金山
メルティノリッチは金山の司令官室で仕事に励んでいた。昨日は昼頃から山に来ている人間を襲撃しようと外出していたため、事務的な処理が溜まっているのだ。
「んだかぁ…、今晩は静かだぁ?」
メルティノリッチは違和感を感じて独り言を口にし、書類にハンコを押す手を止めた。
いくら真夜中といっても、採掘作業は交代で続けられているし、見張り番もいる。少しくらい世間話の声であったり、物資を運ぶ音が聞こえてきてもよいのだが、砦全体が静まり返っている。
「うーん…」
見回りにでも行こうかと背もたれに体を預けて背伸びをしていた時だった、「コン!」と石が何かにぶつかった音が聞こえた。体の動きを止めて耳を澄ましていると、似たような音が連続して、20回,30回と続く。
「なんだぁ!?襲撃だぁ!?」
直感的にメルティノリッチは、「人間側が夜間戦闘のために、光石を砦内に投げ込んだのではないか」と感じ取った。彼は事務的な仕事はとんと苦手だし、書類を読んだところで何も頭に入らないタイプの典型的"脳筋トロール"であるが、こと戦闘面での勘は鋭い。
メルティノリッチは愛用の巨大棍棒を手にして立ち上がり、司令官室のドアを勢いよく開けて外に出た。思った通り、投げ入れられた光石が夜の砦内を照らしているのが見えた。
「何が起きて…、おおっと、お前大丈夫かぁ!?」
周囲に問いかけようとしたメルティノリッチだが、踏み出した右足が地べたに寝転んでいるリザードマンを踏んづけてしまった。
「おい、起きろだぁ!」
メルティノリッチはリザードマンの肩を掴んで揺すったが反応は無い。熟睡したままだ。さらに周囲に目を向けると、コボルトやヘルハウンド、採掘に従事しているワームまで、砦のあちこちで眠りこけている。
「こっちにトロールがいるよ!」
司令官室のある建屋の屋上から甲高いコボルトの声が聞こえた。昨日、人間の拠点を襲撃した際、耳障りだったコボルトの声だ。
そう思って目を向けると、身長150センチ程度のコボルトがモザイク模様に包まれ、人間の少年に変化していくところだった。
「お前! 何をしているだぁ!?」
「あ、ヤベッ!」
少年は身をかがめて姿を隠した。どうやら変化魔法で変化したのではなく、魔法を解除して人間の姿に戻ったようだ。
少年がコボルト姿だった時、メルティノリッチは不快な声を遠ざけようと、強奪物資を砦に輸送するよう命じた。少年は変身した姿で物資を運び入れるフリをして、まんまと砦の中に侵入し、何らかのイタズラ工作を実行したのだろう。
「待つだ……ぁ?」
棍棒を思いっきり投げつけようとするが、体の反応が鈍い。頭も少しボーっと、モヤがかかったような状態になっている。催眠の工作は継続中で、このままでは自分も危ないということだ。
「クソったれだぁ。逃げるだぁ!」
メルティノリッチは即座に逃亡を決断し、砦の門に向かって走り出した。砦は自分の城であり、自分の誇りでもある。だが、死んでしまっては元も子も無い。砦を自分の墓標とする気などさらさらない。
「いたぞ! 倒せ!」
司令官室の建屋の角を曲がり、門を視界に捉えたところで、剣を持った人間の男が3人走り寄って来た。メルティノリッチは走る勢いを緩めずに突っ込み、アッパースイング気味に棍棒で薙ぐ。
「退けだぁ!!」
棍棒は3人中2人に直撃し、数十メートル先まで叩き飛ばした。もう1人も、かろうじて直撃は避けたものの、頭を掠められたようでその場に膝をつく。トドメの一撃を与えている暇はない。男を放置し、メルティノリッチは門に駆け寄って棍棒で鉄の閂(かんぬき)を破壊する。
「よし、あとは外の敵を突破するだけだぁ!」
勢いよくメルティノリッチは門を開けて外に駆けだした。だが、彼は2歩目で急ブレーキをかけた。本能が止まれと言っている。
「大将が、いの1番で逃げようっての?」
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