フェニックスファイナンス-2章27『喉元に刃を』前編
前回までのあらすじ
ルヌギアという異世界のオプタティオ公国に転移した鷹峰亨は、異世界で金融・投資ビジネスを始めた。そんな中、魔族の侵攻が始まる。そこで鷹峰は魔族による侵攻を止めつつ、金山を奪取して大儲けする作戦を考え出す。鷹峰は借金苦のギルドや銀行との交渉を経て金山の所有権を確保し、金山獲りに乗り出した。
鷹峰が金山への最終攻撃に取り掛かった頃、オプタティオ公国南部のエパメダ近辺に侵攻してきた魔族軍はついに勝負に出た。陽動部隊によって敵陣を乱すことに成功した魔王デガドは、自ら本隊を率いて突撃を始める。
本編
ルヌギア歴 1685年 6月19日 AM6時20分 エパメダ南東 リリオの森
陽動部隊が敵の誘引を始めたという報告を受け、デガド率いる本隊はリリオの森へ突撃を始めた。
本隊は、ヘルハウンド、デーモン、ゴーレム、リザードマン、スライム…など、それぞれの種族のエースを集めて編成した精鋭部隊である。この精鋭部隊で森を一気に突破して公国軍本陣に雪崩れ込み、スタフティという敵将の首をあげることが本日の戦術目標だ。
「進め進め! 走り抜けろ!」
投石機によって無数の大石が頭上を飛び越えていく中、デガドは部隊の中央やや前方の位置で走りつつ、檄を飛ばしている。
現在、人間側の公国軍はリリオの森に何らかの仕掛けを施しており、魔族がその効果範囲に足を踏み入れると眠らされてしまう。
仕掛けの効果範囲はリリオの森全域に渡るわけではなく、眠らされずに通行できる隙間は僅かにある。しかし、そこには公国軍の伏兵が潜んでいる。仕掛けの範囲内と範囲外、どちらに進むのも地獄と言える。
ただ、軍を先に進めるためには、どちらかに狙いを定めて突破しなければいけない。そこで、デガドは後者の伏兵エリアに狙いを定めた。多少の被害は覚悟した上で、戦闘能力の高い個体を集めて中央の伏兵エリアを一気に突破し、敵の防衛ラインを食い破る。
「霧をよく見よ! 霧の境目から向こう側に足を踏み入れるな!」
木々の間を駆けながらデガドは叫んだ。
公国軍は催眠ガスを放出した上で、大気の流れを魔法で制御してガスを一定空間内に充満させている。この催眠ガスは無色無臭であるため、効果範囲を識別することは難しい。
だが、霧のような「目で見て、空気の流れが分かる天候」に置かれると、効果範囲内と範囲外の大気の流れが違うため、その境目が視認できる状況となる。
「霧が出て、こんな状況になるとは…」
「天運が向いているのかもな。効果範囲が分かりゃあ、伏兵の位置も予想しやすいぜ」
という声が後続の魔族から聞こえてくる。
「天運など信じたところで裏切られるだけだぞ」と茶化したくなるが、部下達の士気が上がっているのならば邪魔をするべきではない。
それに、効果範囲が分かれば、敵兵が待ち構えている位置を推測できるのは事実だ。人間側の視点に立って、「隙間を通って来た魔族を包囲殲滅するためには、どういう陣形を組めばいいか」と考えれば、自ずと配置は推測できる。あとは、防御の薄いと思われる場所から食い破っていけばよい。
「隙間が広がり始めました!」
最前方を走る赤髪のヘルハウンドが速度を落とさずに後方に向かって叫んだ。効果範囲は複数の円形が南北に並んでいるため、その隙間は砂時計を横に倒したような形となる。最も狭いところを抜けたということは、敵伏兵の潜んでいるポイントが近いということだ。
「よし! 第1隊は左を潰せ!」
「了解しました!」
デガドの指示を受け、赤髪のヘルハウンド達が枝分かれして、ガスの充満するエリアの外縁をなめるように左方に駆けていく。逆にデガド達は右側にガスのエリアを見つつ、伏兵の潜んでいるであろう場所に飛び込んでいく。
そのまま15秒ほど走ると、デガドは前方の草むらに人間の気配を感じ取る。その一角に隠れているのはおそらく3人。
デガド達ワーウルフ族は、目も耳も鼻も人間より圧倒的に発達している。おおよその場所にさえ目星がつけば、潜んでいる敵を見つけることは容易い。
「あそこだ!」
「承知ッ!」
指示を受け、若いリザードマンが一気に跳躍して草むらの前に立ち、大型のブロードソードを右手にとる。リザードマンは少し息を吸い込み、雄叫びをあげながら草むらごと敵兵を刈り取った。
「おおぉぉぉぉ!」
「うがっ」
という小さい悲鳴とともに、腹を切られた男が2人宙に舞った。
同時に、隠れていた草むらが取り払われ、2人の1歩後ろにいた1人の少年兵が視界に入った。同僚に訪れた突然の悲劇を目にして、その少年兵は顔を青くして硬直している。
「ひっ…」
そう呻いて腰の短剣に触れたところで、リザードマンは1歩踏み込み、少年の胸にブロードソードを突き立てた。
「フン、青二才が」
リザードマンが無感情な声で言う。経験の少ない時期に、魔族の精鋭とまみえてしまったのが少年の運の尽きであった。
「よし、初手はまずまずだな」
「はい。奥へ進みましょう」
その時、デガドの耳が鋭敏に「シュッ」という物体の掠れる音を捉えた。ミリ秒単位の即断でデガドは視界に注意を向け、飛来する矢を視界に捉える。
左斜め上方、木の上から放たれた矢は、デガドの頭に命中するコースで迫ってきている。なかなか腕の立つ弓使いがいるようだ。
「おっと」
だが、デガドを仕留めるにはいかんせん矢の速度が遅すぎた。デガドはさっと体を沈めて難なく矢を避け、足元で絶命している少年兵の腰から右手の爪でつまむようにして短剣を抜く。
「フンッ!」
上半身だけ起こして、右腕に力を少し込めて短剣を射手に投げつける。飛んできた矢の倍のスピードで短剣は射手に襲い掛かった。
「えべっ・・・」
喉に短剣が突き刺さって、弓使いは木から落下していった。
「敵襲だ! 警戒! 武器を構えろ!」
異常に気付いた公国軍の伏兵隊から、声があがり始めた。幸先よく4人を処理できたが、奇襲で一方的に倒せるのはここまでのようだ。そう易々と突破を許してくれる手合いではないのだろう。
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