フェニックスファイナンス-2章26『主導権を取り戻せ』後編

2020年4月23日

目次

本編


ルヌギア歴 1685年 6月19日 AM6時頃 エパメダ 南平原の公国軍本陣

スタフティは強がるようにそう応えてから、即座に頭を思考モードに切り替える。

市街地に魔族の奇襲部隊が侵入したとして、どこからやって来たのか。リリオの森の足止め防衛線は突破されていないし、北側の山越えも確認されていない。

海路で半島の南側をグルっと時計回りに大回りして、エパメダの西側に上陸するというルートは考えられる。ただ、沿岸部にも監視は置いているし、魔族軍ことオプタティオ前線は陸棲魔族がほとんどで、海上移動を苦手としているため、可能性は低い。奴らが大きな船舶を保有しているという情報も無い。

とすると、最も可能性が高いのは、少数の高機動部隊による北側大迂回ルートだ。

「少数の機動部隊が北回りでやって来て、陽動に動いているってトコですかねェ」

「その可能性が高いですね。足の速い魔族数十匹程度の小隊なら、5日程で迂回可能でしょう」

レッドはそこまで言ってから、首をすこし傾けて、眉間に皺を寄せる。

「ただ、魔族軍が進軍を開始した20日ほど前の時点で、別働隊を作って、ゆっくりと進軍していた可能性も捨てきれません」

その指摘はもっともだ。確率としては低いが、ゼロではない。

「可能性ゼロとは言えねぇッスね。つうことは、早急にチェックしないとダメか」

もし千匹超の部隊であるなら、市街地に甚大な被害が出てしまいかねない。

早急に対処すべきと考えたスタフティは、指示を伝えようと護衛兵の1人を呼ぶ。

「ギオットくーん! 本陣予備部隊の1~3番隊を市街地の警戒に向かわせ…」

スタフティがそこまで口にして、ギオットという若い男性兵が走り寄ってきた時だった。

ドゴーンという低く重い音が東側から飛来し、地面が微かに揺れる。

「うおっ、もー、今度は何ぃ!?」

不平を言う子供のようにスタフティは口を尖らせた。


「爆発ですね。市街地の方からじゃないです。山の方です!」

「山ってことは、山崩れでも起こそうっての? いや、それはねーか」

レッドが指摘した通り、音の発信源は市街地よりもっと東側の山間部の方と思われる。だが、山間部の辺りに、魔族が爆破して破壊すべきものなど何もない。

爆破によって川の流れを変えて公国軍を水攻めとするとか、土砂崩れによって公国軍や市街地を攻撃するといったことが可能な地形でもない。

「トンネルを作ったゾ! って演出しようとしてんのかなぁ」

そんな推察を披露していると、果たしてその通りの報告が舞い込んでくる。

「爆発のあった地点から、敵軍が出てきました!」

「ほうらね」

報告を聞いて苦笑いしながら、スタフティはレッドに水を向ける。

「陽動でしょうね。いくらなんでも、開戦から10日間でトンネルを開通させるのは無茶です。ただ、こちらについても…」

スタフティはレッドの言おうとしたことを先読みして、言葉をついだ。

「1ヶ月以上前から、トンネル工事だけ先行して秘密裡に進めていたなら、可能ッスね」

10日間でトンネルを開通させるのは不可能だ。だが、10日よりもっと前の段階で工事がスタートしていた場合はその限りでない。

「面倒ッスねぇ。こっちも8割方陽動なんでしょーけど、軽視できねぇや。ギオットくーん! 第2大隊のほ…」

気を取り直して、スタフティは指示を出そうとした。だが、再度その行為は遮られる。息も絶え絶えの状態の伝令兵が、倒れるように眼前に駆け込んできた。

「スタフティ将軍! 西のエパメダ港が襲撃され、民間船が何隻か燃やされています!」

「おいおいおい、またかよ!」

そう言って、スタフティは頭を抱えた。

「オプタティオ前線は陸棲魔族ばっかりなんで、せいぜい放火して逃げる程度だと思うんスけど…」

「おそらくこれも陽動でしょう。ただ、水上戦に強い魔族を、応援として外部から呼んだ可能性も否定しきれません」

「それなんだよなー」

傭兵業を営んでいる魔族企業も数多く存在する。水棲魔族を追加招集している可能性は否定できない。

「クソッ、どれも放置するワケにゃいかねーか」

3ヶ所とも"おそらく"陽動である。ただし、それは希望的観測の域を出ない。

もし大部隊が市街地に入り込んでいたら、もし山間部を貫くトンネルが開通していたら、もし港が完全に占拠されてしまったら、という可能性がゼロでない以上、兵を割いて対処するしかない。

「3ヶ所全てに対応するのですか? 陣形を崩すことになるのでは…?」

レッドが険しい表情で尋ねてきた。

「3つとも陽動だと言う確証はねェから、放置は危険ッス。だから、現在の最善手は陣形を崩してでも最速で3ヶ所の敵をブッ潰し、最速で陣形を再構築するしかねぇッス」

完全に後手に回ってしまったとスタフティは悔恨しつつ、サングラスをかける。

「ただ、それを待ってはくれねぇだろうなぁ」

レッドにだけ聞こえる声で本音をボヤいてから、スタフティは指示を出し始めた。


ルヌギア歴 1685年 6月19日 AM6時頃 エパメダ リリオの森

「なんだか、今朝は不気味だな」とイエロー・レインボーは感じていた。

いつもなら魔族たちの声が聞こえ始める時間帯なのだが、今日は静まり返っている。

新兵器設置ポイントにて、周辺警戒を担当している公国軍の兵達も同様の感触を持っているようで、無駄口も少なめにじっと魔族軍のいる東側を睨みつけている。

そこに、偵察に出ていた若い公国兵の男が戻って来た。

「いつもと違った陣形を組んでいます。中央にだけ兵を集めている様子です」

「新しい動きだな。本部にも連絡してくれ」

このポイントにてリーダーを務める壮年の男性士官が指示を出し、「了解」と偵察兵が返そうとした時であった。

ヒュンヒュンと空気を裂く音とともに、多数の矢が飛来して周辺の地面や木に突き刺さる。いつもより明らかに、射撃攻撃の「密度」が高い。

「これは、中央突破するつもりですかね?」

新兵器設置用に掘っていた塹壕に隠れるように姿勢を下げつつ、イエローは士官に訊いた。

「その可能性はあります。力押しかもしれません。おい、状況も併せて本部に連絡だ!」

「了解!」

偵察に出ていた若い公国兵は、身を屈めつつ、後方に向かって小走りに出て行った。不穏な空気を感じ取って、イエローは頭の中でボヤく。

「なんだかスマートじゃない1日になりそうだなぁ」

2章27前編に続く

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