フェニックスファイナンス-2章26『主導権を取り戻せ』前編
前回までのあらすじ
ルヌギアという異世界のオプタティオ公国に転移した鷹峰亨は、異世界で金融・投資ビジネスを始めた。そんな中、魔族の侵攻が始まる。そこで鷹峰は魔族による侵攻を止めつつ、金山を奪取して大儲けする作戦を考え出す。鷹峰は借金苦のギルドや銀行との交渉を経て金山の所有権を確保し、金山獲りに乗り出した。
そして、鷹峰が金山への最終攻撃に取り掛かった頃、オプタティオ公国南部のエパメダ近辺に侵攻してきた魔族軍はついに決戦へと向かって動き始めた。
本編
ルヌギア歴 1685年 6月19日 AM6時頃 エパメダ 市街地東側
朝霧の中、アンティカートのかすれた声が響いた。
「よし、この辺でいいだろう! 準備を急げ!」
魔族軍ことオプタティオ前線の幹部ゴブリンであるアンティカートは、エパメダ市街地の東側に来ていた。彼と彼の率いる陽動隊は、人間の新兵器の効果範囲と山間部の僅かな隙間を通り抜けて、ここに到達したのだ。
本来、この山間部と森林の隙間ルートは山上の見張り小屋から丸見えとなり、上からの投石や魔法攻撃に晒されて進軍は難しい。だが、昨晩バギザが山間部南端の見張り小屋を潰したこと、そして霧によって視界が遮られていることにより、進軍が可能となった。
「どうだい? 土は硬いかい?」
アンティカートは、山の斜面で工作を始めたゴブリン族の部下に向かって訊いた。部下の視線の先では、1メートル近い体長のモグラのような魔物が猛スピードで穴を掘っている。
「想定より柔らかいです。あと5分程度で準備できます」
「分かった。まだ時間はある。焦らず慎重にね」
アンティカートはゆったりと落ち着いた口調でそう言ってから振り返り、別の部下に声をかける。
「幻術の方はどうですか?」
「こちらは準備万端です。穴が開き次第、幻術を発動できます」
顔なじみの古参デーモンが、幻術用の魔法材の入った小ビンを少し掲げつつ即答した。機動性と魔法適性を重視した結果、アンティカートの率いる陽動部隊はデーモンとゴブリンの混成部隊となっている。
「分かりました。では、合図があるまで待機してください」
アンティカートは頷いて、丁寧な言葉づかいで指示を出した。
彼の率いる隊の陽動作戦は2段階に分かれている。
第1段階は、山の斜面において火薬による大爆発を起こすことだ。爆発の轟音によって公国軍(人間側)の注意を引くとともに、山の斜面に魔物が通れるような大穴を開けて「東西貫通トンネルが開通したのではないか?」と疑念を抱かせるのが目的である。
続けて、第2段階では幻術魔法を使用して、穴から大軍が出てくるような演出を行う。エパメダ市街地東側に大部隊が展開していると公国軍に錯覚させ、対応のために陣形を崩さざるをえない状況を作り出す。
「さて、いざ決戦の時ですかな」
先ほどのデーモンが、じっと準備完了を待っているアンティカートに話しかけてきた。
「ええ。これから数時間が勝負ですね」
陽動開始と同時に、本隊が力攻めで森を突破して敵陣に雪崩れ込む手はずとなっている。攻め切ることができれば勝ち、攻め切れなければ、力攻めで生じる被害によって敗北必至だろう。
「しかし、こんなヒヤヒヤする戦をさせられるとは…。我らの族長にして、大株主のエフィアルテス様が仕組んだことですが、あまりにもリスクが高すぎます。巻き込まれる方は堪ったものではありませんよ」
デーモンは腕を組みながら、鼻で笑って言った。
「はは、心中はお察し申しますが、あまり族長批判のようなことは口にしない方が良いですよ。聞かなかったことにしておきます」
アンティカートは温厚な表情で人差し指を口の前に立ててそう言った。
「おおっと、仰る通りです。かたじけない」
その時、エパメダの市街地から「カンカン、カンカン」と鐘が鳴り響いてきた。市街地においてバギザ達が破壊活動を始め、それに反応した人間の衛兵が火の見櫓に登って鐘を鳴らしているのだろう。
「始まりましたね。では配置について、爆破の衝撃に備えてください」
デーモンに再度待機指示を出し、アンティカートは斜面の工作部隊に歩み寄る。
「準備完了しました。いつでも爆破できます」
「よし。1分後に爆破し、作戦を開始する」
会社にとっても、アンティカートにとってもここが正念場である。
ルヌギア歴 1685年 6月19日 AM6時頃 エパメダ 南平原の公国軍本陣
「ふぅあああ」
士官用テントの中、掛け布団がわりの毛布を跳ね除けて寝台から立ち上がったスタフティは、あくびをしながら体を伸ばした。寝足りないのは間違いないが、この緊迫した状況で3時間程眠れたのは幸運と言えるかもしれない。
スタフティはテーブル上に置いたサングラスを手に取って胸ポケットに差し込み、「さてさて、霧チャンは晴れてくれたかねェ」と呟きながらテントの外に出た。霧はまだ残っているが、朝日がそれを貫いて目に飛び込んでくる。
「おっと」
と言いながら、右の掌で太陽を遮ったその時、市街地からカンカンと鐘が響いてきた。
「さっすが俺。ジャストタイミングウェイクアップだーな」
キザに苦笑いしてから、スタフティは耳をすませて鐘の音に集中する。
本来、火の見櫓の鐘は市街地での火災発生を知らせるために使用される。これは戦時中でも変わらず、「敵軍による奇襲や放火」を知らせ、注意と避難を促すことが期待されている。
だが、両軍が一触即発のピリピリした状態で、「市民生活におけるボヤ騒ぎ」の鐘を鳴らされてしまうと、公国軍が過剰反応して右往左往させられる事態になりかねない。
そのため、スタフティはエパメダ到着後に市民の代表者と役場の重役を集め、次のように通達を出した。
「ただのボヤ騒ぎや、市民同士のトラブルなどで鐘を鳴らす際はひたすら連打すること。魔族軍による攻撃が懸念される場合は、2回鳴らして1泊置くこと」
果たして、今鳴っている鐘はどちらか。
「残念ながら2回に1拍です。敵襲です」
自分で答えを出すまでもなく、それは横から与えられた。レッド・レインボーが緊張した面持ちで、いつの間にか隣に立っていた。
「やっぱり敵ちゃんが仕掛けてきましたか」
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