フェニックスファイナンス-2章25『将軍の首は柱に吊るされるのがお似合いだ』前編

2020年4月11日

前回までのあらすじ

ルヌギアという異世界のオプタティオ公国に転移した鷹峰亨は、異世界で金融・投資ビジネスを始めた。そんな中、魔族の侵攻が始まる。そこで鷹峰は魔族による侵攻を止めつつ、金山を奪取して大儲けする作戦を考え出す。鷹峰は借金苦のギルドや銀行との交渉を経て金山の所有権を確保し、金山獲りに乗り出した。

そして、鷹峰が金山への最終攻撃に取り掛かった頃、オプタティオ公国南部のエパメダ近辺に侵攻してきた魔族軍は、人間側の足止め策を打破し、公国軍に決戦を挑もうと動き始めた。

本編

ルヌギア歴 1685年 6月18日 深夜 エパメダ南平原・公国軍本部

「なーんか、ヤベェ雰囲気なんスよね。今夜から明朝あたりが怖い感じー」

高官10名が参加する軍議で、スタフティは天幕の隙間から真っ暗な空を仰ぎ見つつ、珍しく深刻な表情で言った。

「先ほどの雨と、この霧のせいですかな? この時期は乾季なのですが、運が無いですな」

老齢に差し掛かったくらいの男性士官がそれに応えた。

オプタティオ半島、とくに南部のエパメダ周辺は、5月~7月にかけて雨量が少なくなる地域である。この士官の指摘したように、雨が降って霧が出るのは珍しい天候だと言える。

「ちなみに、新兵器は雨や霧に影響されるのですかな?」

老齢の男性士官がレッドに視線を向けて問うた。レッドは「無駄な講釈は省略するぞ」と自分に言い聞かせてから回答する。

「土砂降りの雨、といった状況にならないかぎり、効果範囲や効果の強さには影響ありません。ただ、霧に関しては効果範囲が視認しやすくなることが不安です。範囲内の気流を制御しているため、どうしても効果範囲内と範囲外で霧の濃度に差が出てしまいます」

「範囲内は濃くなるんスか? それとも逆に薄くなっちゃう感じ?」

スタフティが状況を詳しく訊いてきた。細かく言えば条件によって違うのだが、そんな説明をタラタラと語る場ではない。

「状況によります。ただ、今回の設置条件では濃くなると想定されます」


リリオの森は海と山に挟まれたエリアであり、雨が降りさえすれば、霧の発生しやすいエリアと言える。実際に小雨の降っている現在、濃い霧に包まれてしまっている。

そんな場所で新兵器を稼働して気流制御した場合、発生した霧が外に漏れず、蓄積し続けて濃くなってしまう。

「外から見ると、効果範囲内は霧が濃くて、『ここに何かあるんじゃね?』ってバレバレになる。おまけに、内からは霧に邪魔されて、『外で何が起きてるか見えねぇ』てぇいうコト?」

「その通りです」

スタフティが分かり易くまとめてくれたので、レッドは即座に頷いた。霧や煙の類が新兵器の弱点であるのは事実であり、苦々しいが、認めなければ話は前に進まない。それに、幸いなことに、そういった責任追及にかまけるような幕僚はスタフティの周辺にいない。

「ふむ。敵が動くならここですかな?」

「俺がデガドなら、今しかないって考えるだろーねー。ってことで、今晩は警戒度MAXでみなさんヨロポン」

いつもながらスタフティの口調はフザけている。しかし、ここ数日間で最大の警戒感を抱いているようにレッドは感じた。顔つきはいつになく厳しいし、得意の指パッチンも無い。おまけにトレードマークのサングラスは付けっぱなしである。

軍議に出席した士官たちも、スタフティの変化を感じ取ってか、神妙な面持ちで口を揃えて「了解」と返した。


ルヌギア歴 1685年 6月18日 深夜 エパメダ東部・山間部南端の見張り小屋

「なっ、貴様ら一体どこから。敵しゅぅ…グッ」

小屋に入って来たワーウルフを見て、人間の兵は声を挙げて叫ぼうとした。しかし、バギザの右手が素早く反応して、鋭い爪でその喉を掻き切った。

「ここには来ないと油断していたな」

「おのれ」と人間は言おうとしたようだが、声にはならない。多量の血と共に、喉からヒューという音がこぼれ出るばかりで、ついには白目を剥いて横向けに倒れた。

「バギザ様、見張り兵13人を片付けました。他所への緊急連絡も出せていないようです。奇襲成功です」

そこに、他の人間兵を襲撃していた部下が報告にやってきた。ワーウルフ族の若手リーダーであるバギザは「ご苦労」と返しつつ、そっと死んだ人間兵の目を閉じさせた。

先日、バギザを主将として編成された高機動部隊は、ここ数日間走り通しで行軍してきた。全軍で南下してきた道を引き返して北側に大回りし、ラマヒラール金山の南部を通ってオプタティオ半島の西側に出て、人里を避けるように、山沿いを南下してきたのだ。

この経路を同じスピードで人間が踏破するのはほとんど不可能と言える。魔族の中でも身体能力に優れた一部だけが可能な超強行軍である。

「霧が出ていたのが幸運でしたね」

「ああ。だが、この霧では我らの本陣との信号連絡が難しいな」

部下の言った通り、霧が出ているおかげで視界が悪く、見張り小屋の奇襲自体は容易であった。加えて、エパメダ市街地やリリオの森から見張り小屋を視認することは難しい状態であり、見張り兵の全滅を人間側の他拠点が悟ることは無いと思われる。

しかし、外部から見えにくいのは魔族軍としても同じである。魔族軍では、遠距離の通信に大出力の光石による光信号を採用しているが、この霧では魔族軍本陣からの光信号を確認することもままならない。

本隊が攻勢をかける際に、森の北側を突破できるように見張り小屋を制圧し、加えてここで作戦決行の光信号を受け取る予定だったが、後者の目的を果たすのは不可能なようだ。

「その点は確かに悩ましいですね。連絡が無い場合は決行すべしとの取り決めですし、見切り発車せざるをえないかも…」

その時、小屋の木窓の外側から低く、ゆっくりとした声が聞こえる。

「バギザどのー」

2章25後編に続く

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