フェニックスファイナンス-2章24『順調の過去形』後編
2章24『順調の過去形』後編
<金山攻略のデッドライン当日>
「てめぇ! 去年のトロールか!」
「何だぁ? 俺は貴様のようなハゲは知ら…」
「喰らえやあっ!」
ボメルは相手のトロールを知っている様子だったが、その答えを待たずに、吠えるように巨斧を振り降ろして襲い掛かった。ガキンという、金属と岩石の衝突音が響く。
「ぬおお! なんだぁ! 人間のわりに凄いパワーがあるだぁ!」
トロールは巨大な棍棒の両端を手で持ち、ボメルの斧を受け止めながら、どこか喜んでいるように言った。
「おいおい、アレを受け止められるヤツがいるのかよ」
思いもよらぬ状況に鷹峰は呆けた声を漏らした。昨日までの戦闘においては、魔族だろうが、煉瓦の小屋だろうが、監視用の櫓だろうが、ボメルは全てを斧で真っ二つに両断してきたのだ。その斧を、このトロールは正面で受け止めている。
「クッ、うおおお!」
ボメルとトロールがつばぜり合いを繰り広げる姿を見て、傭兵の1人が勇気を奮い立たせてトロールの左側面に回り込んで斬りかかろうとする。
「邪魔するなだぁ!」
しかし、トロールはそう一喝してボメルの斧を受け止めたまま左足をあげ、傭兵に蹴りを入れる。傭兵は「ゴッ」と嗚咽を漏らしながら物凄い勢いで吹っ飛び、山道の遥か先に落下した。
「こんなバケモノは反則ではないか」と鷹峰は戦慄する。以前事務所にやってきたエフィアルテスとは別種の、単純な暴力によるプレッシャーが胸を締め付けてくる。
「ボーっとするな! イヌもいるぞ!」
状況に飲み込まれて棒立ちになっているのをボメルが戒めた瞬間、こんどは大きくしなやかな"猟犬"が鷹峰の眼前を風のように横切って、残った1人の傭兵に噛み付こうと飛び掛かった。ヘルハウンドと呼ばれる魔族である。
「おわっ! させるかよ!」
傭兵はすんでの所で、右手に持っていた円形の盾を横に払う。すると、幸運にもその盾がヘルハウンドの顔面にクリーンヒットした。
「キャウン」
と悲鳴を上げてヘルハウンドは地面にへたり込んだが、また次のヘルハウンドが傭兵の背後から飛び掛かる。
「危ない! 後ろ!」
鷹峰が叫び、傭兵が振り向くが反応は間に合わない。そのまま、覆いかぶさるように傭兵はヘルハウンドに組みふされる。
「あんちゃん! すまねぇ前言撤回だ! 離れてくれ!」
ボメルが斧をもってバックステップしてトロールから距離をとりつつ、鷹峰に向けて叫んだ。
「な、しかし、皆さんを置いて…」
「あんちゃん達を気にしながら、闘えるほど俺は器用じゃねぇし、それで済む敵でもねぇ!」
「ぐはは、逃がしはせんのだぁ!」
鷹峰を一喝しようとするボメルに、今度はトロールが棍棒を振り下ろし、ボメルは「フン!」と軽く気合を入れながら、それを斧で受け止めた。
ボメルはクレアツィオン連合において十指に入ると言われる豪傑だが、彼は「1対多で周囲を気にせずに斧を振り回す」という戦闘スタイルを得意としており、こういった護衛的なシチュエーションは大の苦手である。
「おい、そこの男が逃げないように捕まえるだぁ!」
トロールはボメルに向かって棍棒を連続的に叩きつけつつ指示を出した。鷹峰は自分がターゲットになったことを自覚し、キョロキョロと周りを見る。
「下だ!」
寝転がって、ヘルハウンドと組み合っている傭兵が、必死の形相で叫んだ。
視線を下に向けると、盾で殴られて伸びていたはずのヘルハウンドが立ち上がり、口を大きく開いて鷹峰の喉元に噛みつかんと、跳躍を開始したところであった。
目に映る光景、耳に入る音声がスローモーション動画のようにゆっくりと引き延ばされていく。万事休すといった状況だが、不思議と恐怖感は大きくない。それよりも、「ここまで来て、詰めが甘かった」という悔恨の思いが強い。「また、俺は死ぬのか」と情けなくなってくる。
その時だった。
ゆっくりと動く視界の右側から、槍の穂先がスルスルと伸びてきてヘルハウンドの腹を貫く。
ヘルハウンドは腹を中心に体をくの字に曲げながら、左方に押し出されて消えていく。代わって、視界に赤い毛玉のような物体が現れて、風のように左側に流れていった。
「ソニア!」
ソニアは鷹峰の前を通り過ぎてから制止し、「ハッ!」とヘルハウンドの腹にとどめの蹴りを入れるようにして槍を引き抜いた。
ソニアは鷹峰の方を向いて無事を確認し、一瞬だけ安堵の笑顔を見せたが、すぐに反転して傭兵の上にのしかかっている方のヘルハウンドに狙いをつけて槍を突き出す。
「ボメル! 離れろ!」
鷹峰の背後からイゴールの叫ぶ声が響く。
ボメルは「クソが! 離れるのはおめぇだ!」とトロールを睨みつけてから力をいれ、棍棒をはじき返す。棍棒ごと払われてトロールは態勢を崩し、「だだぁ!?」と嘆きつつ尻もちをつき、かろうじて防御姿勢をとった。
「的をズラすんじゃねぇよ! ああもう! 撃て!」
イゴールの指令が飛び、矢が雨のようにトロールに降り注いでいく。
「いっでぇ! なんだぁ!? 増援かぁ?」
ガード姿勢のトロールの肩から腕に数本の矢が刺さった。だが、分厚い肉がダメージを軽減させている様子で、致命傷には至っていない。
「ちッくしょうだぁ!!」
トロールは叫びながら立ち上がり、山道横の木陰に走り寄り、メキメキと音を立てながら、木をさらに1本引っこ抜く。
「全員伏せろ!」
「覚えてろだぁ!」
ボメルの叫びとトロールの叫びが重なる。同時に本日3本目の木が投擲され、鷹峰の頭上を飛び越えていった。
ズーンという木の落下音が後方から響いた後、鷹峰がトロールの方を見やると、山道から外れて木々の中に逃走したようで、姿は見えない。ズシンズシンというテンポのよい巨体の足音が微かに聞こえたが、それもすぐに遠ざかって聞こえなくなった。
「大丈夫? 怪我はない?」
脱力して座っている鷹峰にソニアが訊いた。彼女の足元には2匹のヘルハウンドが事切れて倒れている。
「ああ、助かったよ。ありがとう」
鷹峰は差し出された手を握って立ち上がりながら、礼を言った。砂まみれの鷹峰と比べると、ソニアの体には1点の土汚れも付着していない。おそらく、彼女は飛んでくる木に対して、伏せてすらいない。見切ったのだ。
「去年、砦を攻められた時、仲間があいつにやられたの、5人。目の前で、あいつに食べられたわ」
イゴールが「去年のトロールか」と叫んでいた理由が分かった。因縁の敵と言うことか。
「あんなバケモノ、倒せるのか?」
鷹峰の口から不安が付いて出た。だが、ソニアはそれを打ち消すかのように強い意志で即答した。
「倒せるか倒せないかじゃない。私があいつを倒す」
金山攻略のデッドラインは今晩だ。怖気づいている暇などない。
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