フェニックスファイナンス-2章24『順調の過去形』前編

2020年4月11日

前回までのあらすじ

ルヌギアという異世界のオプタティオ公国に転移した鷹峰亨は、異世界で金融・投資ビジネスを始めた。そんな中、魔族の侵攻が始まる。そこで鷹峰は魔族による侵攻を止めつつ、金山を奪取して大儲けする作戦を考え出す。鷹峰は借金苦のギルドや銀行との交渉を経て金山の所有権を確保し、金山獲りに乗り出す。
同時に、オプタティオ公国南部のエパメダ近辺では、侵攻してきた魔族と、公国軍が衝突を始めた。鷹峰達は金山を獲るために、作戦の仕上げとなる策略を始動させ、魔族の防衛部隊がそれに乗って動き始める。

2章24『順調の過去形』前編

ルヌギア歴 1685年 18日 PM16時頃 ラマヒラール金山中腹

<金山攻略のデッドライン当日

「進むだぁ!」

20匹のコボルトと3匹程度のヘルハウンドと共に、メルティノリッチは斜面を駆け下りていた。樹木が多い場所ではないが背の高い野草が繁茂しており、視界は良くない。拠点には打ってつけの場所である。

メルティノリッチは「どうも人間達は東斜面に優秀な兵を割いているらしく、それ以外の場所は間抜けな兵が多いのではないか」と感じている。東側斜面は未だに通行がほぼ不可能であるが、南西側斜面では人間の拠点を破壊し、物資を奪うことに2度成功している。そして今は、3度目の成功に向けて、別の拠点らしき場所に急行しているのだ。

その時、先頭のヘルハウンドが「アオーン!」と大きな鳴き声をあげた。どうやら獲物をみつけたらしい。

「あそこです。茂みの中に、荷車があります!」

拠点をみつけたと報告をあげてきたコボルトが得意げに言った。耳が痛いくらい高い声のコボルトだ。

メルティノリッチが「うるさい黙れ」と怒鳴りつけようとしたその時、茂みが人為的に刈り取られた場所と大きな荷車が視界に入ったため、どうでもよくなった。

「あっただぁ!」

3メートルの体長を誇るメルティノリッチが、楽に乗り込めるサイズの荷車がそこに置かれていた。馬でここまで引いてきたのか、ハミ(馬の口にあてる轡)も落ちている。収奪されるために大量の物資をわざわざ馬車で運んでくるとは、殊勝な人間たちだ。

「人間の兵は俺が倒すだぁ! お前たちバカチビ族は物資を確保するだぁ!」

高揚した声でメルティノリッチは指示を出した。小型獣人魔族であるコボルトは、戦闘力において劣っている種であるが、魔族の中では比較的器用で、生真面目な種族である。ピンハネや横領をするような個体で溢れ返っている魔族社会において、物資確保を任せられる稀有な種族と言える。

「メルティノリッチ様! 護衛を!」

高い声のコボルトが偉そうに提案してきた。さすがに怒鳴りつけたい衝動が抑えられない。

「うるさいだぁ! 弱いバカチビは邪魔だぁ! お前たちは物資を守るのが、適材適所だぁ!」

メルティノリッチが生きる喜びとしているのは、人間を痛めつけて動けなくしてから"喰らう"ことだ。彼はいつも通り、その喜びを優先しようとそれっぽいゴタクを並べただけなのだが、珍しくもっともらしい理由となった。


「人間どもどこだぁ! 出てこいだぁ!」

大声でメルティノリッチは叫んだ。だが、それに反して返ってきたのは、

「うわぁ! 逃げろぉ!」

という人間の男の声であった。感覚的ではあるが、すでに十二分に距離が離れているように聞こえる。これもまた、東側斜面以外の人間兵の特徴である。弱いことを理解しており、襲撃されれば迷いなく撤退する。

「しかし」とメルティノリッチは気を引き締める。今回は策を考えて来たのだ。

「待つだぁ! 勝負しろだぁ!」

メルティノリッチは叫びつつ、2匹連れてきていたヘルハウンドに目配せする。大型の猟犬のようなヘルハウンド達は「オン!」と短く鳴いて了解の意を示して、大きく駆けだした。

「はぁはぁ……、これで次の拠点には奇襲できるだぁ……」

ヘルハウンド達がメルティノリッチの遥か前方に消えたあたりで、メルティノリッチは足を止めて一息ついた。ヘルハウンドに命じたのは、撤退する人間兵を秘かに追尾し、次なる人間の拠点を割り出すことである。

「メルティノリッチ様! 水の樽が6つと、干し肉と乾パンがありました! 物資を早速砦に運ぼうと思いますが、よろしいですか?」

高い声のコボルトが収奪物資の報告と、輸送許可を具申してきた。大量の水が手に入ったのは大きい戦果であり、早急に砦に運び込む必要がある。

されど、人間を追撃して、早急に痛手をおわせることもまた必要である。こちらは金山を防衛するという戦術的観点と、自分の欲望を満たすためという2つの観点で重要なのだ。

メルティノリッチはどちらを優先すべきか迷ったが、先ほどから高音の声でストレスの元となっているコボルトの顔を見て、1つのアイデアを浮かべた。

「分かっただぁ! お前はバカチビ共の半分を率いて、責任を持って物資を砦に運び込むだぁ!」

物資輸送を任せてしまえば、迅速な物資輸送も追撃も同時に進めることが可能となる。加えて、耳障りなコボルトとも離れることができる。

「了解しました!」

声の高いコボルトの返事を耳にいれ、メルティノリッチはヘルハウンド達が消えていった方向に走り出した。

 

<金山攻略のデッドラインは今晩である

2章24中編に続く

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