フェニックスファイナンス-1章4『法律は用法用量を守って正しくお使いください』前編
前回までのあらすじ
証券会社の若手社員である鷹峰亨(たかみねとおる)はルヌギアという世界に召喚されてしまった。この世界に召喚された人物はなんらかの神通力を持つらしいが、鷹峰にはこれといった能力は発現しなかった。鷹峰はしばらくの間寝床を貸してもらう酒場の『ツケ』の取り立てで日銭を稼ごうと動き始めた。
1章4『法律は用法用量を守って正しくお使いください』前編
ルヌギア歴 1685年 3月21日 アテス・ポリテリア城下町
「大した見立てね。こんな簡単に取立られるなんて思ってもいなかったわ」
大通りを歩きながらソニアが言った。2人は昨晩選別したツケ回収ターゲットから、2件の回収を成功させたのだ。合計約20万フェン、鷹峰達の取分は3割なので6万フェンになる。
「また旦那が勝手に……、ってパターンだったからな」
今日ターゲットとしたのは、酒場とは城を挟んで反対側に位置する富裕層住宅街である。召使いを雇う程の邸宅ではないが、土地と1戸建てを持ち、比較的豊かな生活をしている家庭が多いエリアだ。こういった家庭は周辺の評判を気にするため、門前でツケの話を始めれば大抵は払ってくれるのだ。
「さすがに昼間となると、城下町って雰囲気になるね」
昨晩歩いた時は閑散としていた大通りも、昼間となると食料品から貴金属に雑貨まで様々な商店が開き、市民で溢れかえっている。荷馬車も頻繁に行き交っており、物流の盛んな土地であることがうかがえる。
地元を誉められた誇らしさからか、一瞬ソニアは微笑んだが、すぐに複雑な表情になった。
「昔と比べれば、これでもちょっと寂しいくらいなんだけどね。不景気で倹約倹約ってね」
「不景気で倹約すりゃ、もっと不景気が深刻化するだけなんだがな」
鷹峰のなにげないフレーズがソニアには理解できなかった。
「どういうこと?」
「私の収入はあなたの支出、私の支出はあなたの収入って言ってね。みんなが支出を絞れば、みんなの収入も減る。不景気の悪循環だよ」
「ふーん。じゃあ、どうすればいいのよ?」
「みんなで一斉に金を使う。って口で言うのは簡単なんだが、実際は難しいな」
期待した私が馬鹿だったとソニアはため息をついた。
「さて、次はギルドのお客さんか。大口だったよな」
ソニアが昨晩書き写したメモを見ながら答える。
「ええ、フレグノッス弁護士ギルドだね。昨年の新年会の50万」
「結構な額だな。昨年ってことは、1年2ヶ月前か?」
「そうね」
鷹峰はツケが焦げ付いている経緯を考えつつ言った。
「払うのを忘れてましたってのなら楽だが、何かと法律の理屈で来られると厄介だな。そもそも1年以上も滞納している段階で、踏み倒す気だと思うが」
「あんた法律は強いの?」
その質問に鷹峰はいたずらっぽく笑みを浮かべながら答えた。
「こっちの法律にはとんと弱いね」
「はぁ……。聞いたアタシが馬鹿だったわ。さて、ここね」
東西に伸びる大通りから一本路地を北側に入ったところに、頑丈そうな石造りの2階建の事務所があった。
扉を開けて入って行くと正面に受付があり、右手側には小会議用のミーティングブースが二つ設けられている。受付には、40代くらいのふくよかな女性が肘をついて、暇そうに座っている。
「すいません。こちらから飲み代のツケが払われておらず、取立に伺ったんですが」
鷹峰が声を掛けると女性はパッと目をあけ、こちらに向けて言った。
「ツケ? ええっと、どちらの酒場さん?」
鷹峰に代わってソニアが答える。
「西市街アクロポリス通りのパルテノって酒屋よ。昨年の新年会分。金額は50万フェン」
女性はふぅっとため息をついて立ち上がり、
「ちょっとお待ちください」
と言って奥に入って行った。
しばらく待つと、受付の横の扉が開き、1人の若い女性が出て来た。光沢のある金髪をボブカットで短く整えており、「私几帳面ですが何か?」とでも言いそうな雰囲気である。身長は鷹峰より少し低く、歳は高校生から大学生くらいに見える。白ワイシャツにベストを羽織り、黒のロングスカートと、鷹峰の働いていた証券会社の制服のようにスキのない恰好である。
その金髪女性はあからさまに不機嫌な表情をしていた。「なぜ私がこんな仕事を」とでも言いたげな雰囲気である。おおかた、上司に「適当にあしらって帰せ」とでも命令されたのだろう。ツケが常態化している問題児ギルドなのかもしれない。
「ご用件は私が承ります。あちらのブースにどうぞ」
金髪女性に促され、受付横のブースで彼女と向かい合って座った。
「初めまして、こちらの準弁護士のロゼ=プリテンダと申します」
『準』弁護士ってなんだろうと思っている鷹峰に代わり、ソニアが返す。
「パルテノの店員のソニア=ジョアンヴィスよ。こっちは鷹峰亨」
ロゼの表情が変わる。驚いている様子であった。
「……まさか、金山防衛隊の副隊長をされていたソニアさんですか?」
「そうよ。今は落ちぶれて町酒場の用心棒だけどね」
ソニアはそこそこの有名人なのだろうと鷹峰は思った。事実、さっき大通りを歩いている時も2,3度声をかけられて世間話をするような場面があった。言葉を失っているロゼに対し、鷹峰が先に用件を言った。
「さて、早速用件に入りたいんですが、昨年1月にパルテノで開いたおたくの新年会のツケ、50万フェンの払いがまだなので催促に伺いました」
言葉を失っていたロゼが我に返り、コホンと一息入れてから返す。
「申し訳ありませんが、金額が金額なので、すぐにお支払いするわけにいきません。それに、ツケの返済期限などは決まっていないと思うのですが」
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