フェニックスファイナンス-2章23『ちょうど良さげな平社員』後編
2章23『ちょうど良さげな平社員』後編
「誰がハゲおじさんだオイ」
噂をすれば何とやらだ。ハゲおじさんことボメルが扉の外にいるようである。同調して会話をする前で良かったと鷹峰は安堵する。
「誰がって、鏡を見たら分かるんじゃないかなぁ」
聞こえないように、シルビオは小声でボソッと軽口を続けながら、扉の鍵を開けに向かった。
「ったく、人の悩みも知らないで、俺がどれだけ育毛に…、ああ、タカミネのあんちゃんもいたのか」
扉を開けると、そこには何かを俵巻きにして担ぎ上げているボメルがいた。鷹峰はつとめて柔和な表情で返事する。デリケートな話題は早急に変えるべきだ。
「お疲れ様です。どうしましたか?」
「ああ、ちょうどいいコボルトがいたんで捕まえてきたぞ。置いていいか?」
「ありがとうございます。そこに置いてください」
「よっこいしょ」
ボメルは鷹峰に言われた通り、木の柱の下に俵巻きをドサッと乱暴に置いた。その大きさは1.4メートルくらいで、人間の子供サイズである。
「ちょうどシルビオサイズだ」
そう言って、ボメルは俵巻きの片端につけていた布を取ると、中から青色の獣毛におおわれた、狼か猪かといった顔が覗く。コボルトという小型魔族の顔で、どうやら気絶状態のようだ。
「うーん、その言い方は何か不本意だけど、確かに同じくらいかな。化けるにはちょうどいいかも。あんまり特徴的な傷跡とかも無いみたいだし」
シルビオがムスっとした表情で同意した。明日以降、砦を奪還するための策として、シルビオは防衛魔族の1匹に化けて、砦内に侵入することが求められる。
魔族は部下の匹数を管理できないほど馬鹿ではないため、侵入時は「本物と入れ替わる」ことが必須である。その入れ替わる個体探しを、鷹峰はボメルに頼んでいたのだ。
「これくらいなら、光が歪んだりはしないのか?」
鷹峰はシルビオに顔を向けて訊いた。変化魔法は光を操作することで物体の姿形を偽る魔法で、触れることが可能な実体のダミーまで作る魔法ではない。そのため、実体があると見せかけている部分に何かが触れようとすると、その周辺の空間が歪んだり、モザイク模様が現れるといった事象が生じる。
そうなると変化の魔法がバレてしまう可能性があるため、可能な限りシルビオと似た背格好の魔族がベターなのだ。
「大丈夫じゃないかな。鎧を着ている分、体が僕より大きいけど、内側に着込めば分からないよ」
「声も聞くか?」
鷹峰が納得したのを目で確認してから、ボメルが腰に提げていた水筒を手に取ってシルビオに聞いた。
「うん、やっちゃって」
シルビオは頷いて即答した。変化の術で化けるには、当然ながら声真似も欠かせない。今回は変声魔法も併用すると言っていた。
「うし。オイ、起きろクソ魔族!」
ボメルはコボルトの額をパンパンと叩いてから、腰に提げていた水筒の中の水をバシャバシャとコボルトの顔にかけ始めた。ややあって、コボルトは反応を見せる。
「…ヌ、ンゴッ、ゴホッ!」
かけられた水が気管支に入ったからか、コボルトはむせかえってから、周囲を見回す。
「な、なんだお前たちは!? ぬ? う、動けない……、縄?」
思っていたより高い声だ。声変わりした成人男性には発声不可能な音域だと鷹峰は感じ、眉間に皺を寄せる。
コボルトは自分が縛られていることに気付いた様子で、動転して青ざめている。
「お、俺を捕まえてどうするんだ? 俺は何も知らないし、そんな重役でもない! ただの万年平社員だぞ!」
「ぷははっ、万年平社員って」
魔族が重役とか平社員という言葉を使ったことに、想像とのギャップがありすぎて鷹峰は小笑いしてしまった。魔族が株式会社を組織しているとは何度も聞いた話だが、雇用制度まで鷹峰の生まれた世界に似ているらしい。
「おいおい、情けない言い草だな。捕虜らしくシャキッとしろシャキッと」
ボメルが額に手をあて、説教くさく言った。
「俺に価値なんてない! 捕らえる意味はない平社員だぞ! 餌代だけ無駄になるぞ!」
「分かった分かった。じゃあここで死ぬか?」
「い、いや、それはお掃除が大変でしょうから…。平社員ですし…」
急にしおらしく言葉を濁した。どうやら自分を徹底的に無価値に貶めることで、解放してもらおうと考えているらしい。
「シルビオ、声は真似できそうか? かなり高いように感じるんだが」
不毛な会話を打ち切らせようと、鷹峰はシルビオに水を向けた。それに対し、シルビオは人差し指を振りながらチッチッチッと舌を鳴らし、笑みを浮かべて返答する。
「ヨユーだよ。ま、見ててみなよ。いや、聞いててみなよって言うべき?」
「分かった分かった。早くしろ」
ボメルが横からバッサリと軽口を一蹴した。シルビオはお手上げポーズをとって肩をすくめて、足元に置いていた魔法杖を手に取った。
「はいはい。それじゃやってみるよ。そーらよっ」
魔法杖先端の水晶がキラリと光ると同時に、シルビオの周囲に霧が立ち込め、その中で影が震え始める。
「あーあー、いやもっとだな、あーあー」
霧の中から、シルビオの調"声"が聞こえる。声が徐々に高くなり、コボルトの声に近づいていく。
「お、おい、貴様ら、何を考えているんだ? 俺はただの平社員なんだぞ」
本物のコボルトの方が、状況を理解できずに不安そうにつぶやいた。平社員だという、どうでもいい主張は続けるようだ。
「うーあー、俺は、俺は、よし」
シルビオの声が本物と大差ない音となると同時に霧が消え、中から薄青色の小さい獣が顔を覗かせる。横で俵巻きにされているコボルトと瓜二つの魔物がそこに現れた。
「いや、本物はもう少し青が濃いな。光石の光を考えろ」
しかし、ボメルの目からは違いが見てとれたようで、彼は天井の光石ライトを指差した。シルビオは無言で、獣毛だらけの親指を立てて「了解」の意を示してから、その手で自身の体をペタペタとタッチし始める。
「……すごいな」
鷹峰はマジックショーを見て驚いたように感嘆した。シルビオが手で触れた部位が一瞬モザイク模様に乱れ、元の形に収束しつつ毛色が暗くなる。コンピューターグラフィックスで色調を変えているようだ。
「よし、そんなもんだ。喋ってみろ」
全身の青色が濃くなったの見て、ボメルが期待を込めた声でシルビオに伝えた。
「あー、あー、コホン」
高い声で最後の調声をし、咳ばらいを1つ入れてから、シルビオは言った。
『俺は平社員だぞ!』
イッツ・パーフェクトだ。
「お、俺は本当に平社員なんだ……、信じてくれ…」
横で寝転んでいるコボルトは、涙を目に浮かべながら、そう訴え続けていた。
金山攻略のデッドラインまであと1日。明日、勝負を決める。
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