フェニックスファイナンス-2章23『ちょうど良さげな平社員』前編
前回までのあらすじ
ルヌギアという異世界のオプタティオ公国に転移した鷹峰亨は、異世界で金融・投資ビジネスを始めた。そんな中、魔族の侵攻が始まる。そこで鷹峰は魔族による侵攻を止めつつ、金山を奪取して大儲けする作戦を考え出す。鷹峰は借金苦のギルドや銀行との交渉を経て金山の所有権を確保し、金山獲りに乗り出す。
同時に、オプタティオ公国南部のエパメダ近辺では、侵攻してきた魔族と、公国軍が衝突を始めた。鷹峰達は金山を獲るために、作戦の仕上げとなる策略を始動させる。
2章23『ちょうど良さげな平社員』前編
ルヌギア歴 1685年 6月15日 夕刻 ラマヒラール金山中腹・人間側拠点
<金山攻略のデッドラインまであと3日>
ラマヒラール金山の攻略が始まってから、ロゼはロッサ金属鉱山のギルドオーナーであるイゴールの指揮する南西斜面攻略班に同行している。この日の夕刻、南西斜面の小さな洞窟に築いた補給拠点に魔族が襲撃してきた。イゴールとロゼが2,3日前から撒いていた『餌』に、魔族側がまんまとかかった格好である。
「待つだぁー!」
「バケモンに待てと言われて待つ奴がいるかぁー!」
コボルト達が補給拠点から奪った物資を必死にバケツリレーしているのを横目に、補給拠点洞窟の入り口付近で、叫び声をあげながら巨大なトロールと傭兵のフラッドが鬼ごっこをしている。両者それぞれ巨大棍棒とブロードソードを片手に持ったまま走り回っており、抜き差しならない状況に見える。
「フラッドくんは演技が上手いですねぇ」
洞窟の外にある茂みに隠れて、フラッドとトロールの鬼ごっこを眺めながら、イゴールが感心したような口調で言った。
「そうですね。演技こそ迫真ですが、魔法薬で一時的に筋力強化していますから、本気になればもっと速く走れるはずです」
イゴールの隣にいたロゼは落ち着いた声で同意した。戦闘力の点では並クラスの傭兵であるフラッドだが、こと演技力に関しては抜群に高いとロゼは感じている。テッセラ商事で爆弾騒ぎを起こした際も緊迫感のある演技をしていたし、今も余裕で逃げ切れる状態なのだが、拠点が襲撃されて大変だという雰囲気を醸し出すために上手く立ち回っている。
「彼は傭兵ではなく、舞台役者の方が向いているのかもしれません」
ロゼが率直な意見を言うと、イゴールは笑ってそれに応じる。
「ははは、確かにそうかもしれない。彼がバルザー金庫の取り立てとして、私のギルドに来ていた時も結構怖かったんだよなぁ。舞台のお仕事が向いているかもしれないね」
補給拠点が襲撃されているという緊急事態において、イゴールにもロゼにも余裕があるのは、これが策の内だからだ。
ラマヒラール金山の砦を落とすには、新兵器のドルミールガス噴出装置をなんとかして砦内に運び込んで起動しなければいけない。そのための策の一環で、ワザと補給拠点を襲うように仕向けのだから、襲撃に来てくれて逆に喜ばしいとすら言える。
「追っかけてくんなよ! もう物資は十分奪っただろうが! さっさと帰れ!」
夕日を背に浴びながら、洞窟から少し離れた岩壁をよじのぼりつつフラッドが喚いた。
「うるさいだぁ! 物資もお前も俺のモノだぁ! お前を食うのは俺の権利だぁ!」
「そんな権利なんてねぇよ! 盗難と傷害で訴えてやる!」
「人間の裁判所なんて怖くないだぁ!」
トロールはフラッドの貼り付いている岩壁の下で、ドスドスと地団駄を踏み、棍棒を岩肌にぶつけながら降りて来いと喚いている。あの巨体で傾斜のきつい岩壁を登るのは無理なのだろう。
「そもそも、トロールを相手取って裁判って可能なのですかな。準弁護士の先生はどう思われますか?」
ロゼが準弁護士だと知っているイゴールは、冗談めかして問いかけた。ロゼは頭の中のクレアツィオン法律全書のページをめくり、正答を瞬時に練り上げて答える。
「連合の法律においては不可能ですね。トロールが誰か人間のペットだった場合、その管理責任を問うという形式で裁判することは可能ですが…。あのサイズをペットと言うのは無理がありますね」
「3メートル以上あるよね。あれだけ大きいと、裁判所のドアをくぐるのも無理だろうなぁ」
「そもそも、壊さずに入るという知性を持って無さそうにも見えます」
「あはは、ロゼさんの指摘は鋭くて面白いねぇ。さて、そろそろこちらも撤収しようか」
フラッドが岩壁を登り切り「あばよデカブツ!」と吐き捨てて見えなくなったのを確認して、イゴールは静かに立ち上がった。今回は襲撃されることまで想定していたのだから、当然逃走ルートも確保している。
ロゼは小さい声で「了解です」と返事した。
攻略完了の目途である6月18日まであと3日。ロゼ達はあと2回、物資を収奪"され"なければいけない。
ルヌギア歴 1685年 6月17日 夕刻 ラマヒラール金山中腹・人間側『真拠点』
<金山攻略のデッドラインまであと1日>
ラマヒラール金山の奪還に10日を要するのには理由がある。それは、奪還後に防衛用物資(食料・水・武器・鉄材・木材)を直ちに搬入できるように準備を整えなければいけないからだ。
魔族が即座に"再"奪取部隊を編制して行動を始めた場合、機動力の高い種族だけならば1日もかからずに金山の砦に到達する。そのため、人間側は金山奪還後に素早く防衛体制を整えることが不可欠である。
ここ3日ほど、鷹峰は金山砦北側に設置したフェニックスファイナンスの真の物資集約拠点にいた。打ち捨てられていた木造小屋を改装して倉庫兼奪還作戦本部とし、そこで奪還後も含めた物資の集積と作戦の統括を行っている。
「シルビオ、このクラルス解毒液って、こんな色だったか? ロッサキニテの魔法材店に行った時に見たものは、もっと沈殿物が光っていた印象があるんだ。確か、消費期限があるって言ってたよな?」
鷹峰は木箱から解毒薬の瓶を取り出して、隣にいるシルビオにかざして見せた。いつぞや、投機目的の商品を選んでいた際に同じ解毒薬を見かけているが、その時は沈殿物がもっと発光していたように記憶している。
「どれどれ? ああ、これは大丈夫だよ。ってか、むしろ製造直後の新鮮な商品だね。クラルス解毒液の沈殿物は製造直後は発光していなくて、徐々に発光して液体化していくんだ。沈殿物が完全に無くなって2週間後くらいが消費期限ってトコ」
「なるほど。了解了解」
そう言って鷹峰は、瓶を割らないようにそっと藁を敷き詰めた木箱に戻した。
「買い出しと運搬を担当してくれているのは、ハゲおじさん紹介の傭兵さん達でしょ。なら大丈夫だよ。ザっとチェックしておけば…」
その時、コンコンと扉をノックする音が聞こえ、続いて低い男の声が響く。
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