フェニックスファイナンス-2章22.5『復讐の復習』後編

2020年4月11日

2章22.5『復讐の復習』後編


「確かに、エフィアルテスとしては痛いでしょうね」

「でしょ。だから『じゃあそれを実現しつつ、ついでに大儲けしよう』って話になったのよ。そうそう、こんな描き物をしてね」

女将さんは戸棚から、ボメルの描いた半島地図を取り出して男に見せ、話を続ける。

「あなたも知っての通り、金山に人間側の部隊がいる状態では、魔族は本拠地を空にして遠征なんてできないわ。それは、『本拠地を奇襲してください』って言うようなものだから」

「ええ。オプタティオ半島における、対魔族戦略の常識ですな」

「この理屈の見方を変えれば、『エパメダで両軍が大きくぶつかる前に金山を落とせば、魔族軍は撤退せざるをえない』とも言えるわ。そうなれば、エフィアルテスにギャフンと言わせられるし、ウチは金山を得て大儲けができるかもしれないわね。その上で、最小限の被害で戦争も止められるって寸法ね」

「そういう狙いだったのですね。では、スタフティ将軍に接触したのは、金山奪還の兵力を借りるためですか?」

男は、女将さんに真意を問い詰めるような視線を向けて尋ねた。スタフティが私的な理由から軍を動かしていないかと探りを入れているようだ。

「スタフティは軍事力を私的流用するようなことはしないわよ。たとえ私が頼み込んだとしてもね。そういう人間だから、私は彼を将軍に推したのよ」

女将さんは少し睨み返すような目で答えた。


「ならば、なぜ接触を?」

「ウチの金山奪還作戦と共同歩調を取らないかって提案をするためよ。ウチが独力で金山を落とすということを伝えて、金山を落とすまでの期間、エパメダにいる魔族軍を足止めするための作戦を提案したの。その上で、スタフティは公国軍の将軍として、その提案に乗っただけよ。別にウチの作戦が失敗しところで、当初の予定どおりエパメダ南平原で公国軍と魔族軍が正面衝突するだけだから、軍のトップとして妥当な判断をしたはずよ。これでも何か文句がおありかしら?」

不機嫌な感情を表に出して女将さんが答えると、男は少し焦った顔で、両手広げて前に出して横に振りつつ弁解する。

「わかりました、わかりました。疑るような問い方をしてすいません。別に、我々はスタフティ将軍を排したいとか思っているわけではありませんよ」

「はいはい、今日はそういうことにしといてあげるわ。それで、スタフティと合意ができたから、債務整理問題を片付けるついでに、ロッサ金属鉱山の権利を6割買い取ったの。折角金山を奪ったのに、所有権がないと一銭の得にもならないでしょ」

「『ついでに大儲け』のために、ロッサ金属鉱山を買収したということですか?」

「ええ、そういうことね」

「では、魔族軍をエパメダで足止めする作戦というのは、ええと、何をどうやって実行しているのですか? なにやら海運ギルドを抱き込んで海岸をニククラゲで埋めて通行不可としたところまではこちらも掴んでいるのですが、リリオの森で足止めできているメカニズムがさっぱり掴めないのです。すでに1週間ほど足止めに成功しているようなのですが…」

女将さんは少し得意げに口角を上げてから答える。

「さっき話に出て来たドルミール草粉末を薄めた際に出た約85㎏だけど、それを使用して足止めしているわ。粉末をただ投げつけるんじゃなくて、催眠効果のあるガスに変える。さらに魔法でガスの拡散を一定範囲内に留めるっていう新兵器を開発したの。それをリリオの森で起動して足止めしているってわけよ」

「ガ、ガス化ですか? そんなことが可能なのですか?」

そんな突飛な発明品によって足止めをしているのか、と男は驚愕の表情を浮かべて訊いた。

「もちろん私達だけじゃ無理よ。だから、債務に悩んでいた化学系ギルドの、レインボー…、ええと、何て名前だったかしらね。変な5人兄弟がやってるギルドなんだけど、そこを買収した上で、協力して開発したの」

「なんともまぁ大胆な兵器を…」

男はそう言ってから椅子に体重をあずけ、「ええと」と少し考えてから再度口を開く。

「話をまとめたいのですが、まず、フェニックスファイナンスさんの行動目標は、『①商売の邪魔をしてきたエフィアルテスに一泡吹かせる』と『②金山奪還による利益確保』ですね」

「失礼ね、戦争を止めて、被害を最小限にすることも考えているわよ」

女将さんが口を尖らせて言ったので、男は頭を掻いて詫びながら話を続ける。

「失敬失敬、『③戦争を止めて、被害を最小限にする』も忘れてはいけませんね。では、エパメダでの足止めを成功させ、公国軍と魔族軍が正面衝突する前に金山を奪還し、魔族軍を退却させられれば、①,②,③全てが達成されて作戦大成功といったところですかな?」

「ええ。それが一番望ましいケースね」

「足止めに失敗したり、金山奪還が遅れて魔族軍と公国軍の正面衝突は始まってしまったが、なんとか金山奪還には成功した、という場合は①のエフィアルテスに一泡というのは限定的で、③は達成できない。ただ、②の利益確保は達成できるので作戦"小"成功と?」

「作戦失敗でいいわよ。失敗だけど、そこまで悪くないってところかしら」

そう答えてから一呼吸入れて、女将さんは落ち着いた表情で最悪のケース付け足した。

「そして、金山奪還ができなかった場合は作戦大失敗ね。デーモンのお爺ちゃんの思惑通りに事が運び、公国軍は大きな被害を受け、エパメダ周辺は壊滅的な状態になってしまうわ。最悪魔族に占領されるわね。おまけにウチは投下した予算全てが無駄となって大赤字、ってところかしら」


男は必要な情報を聞き終えたようで、出されたジュースを飲み干し、1万フェン札をカウンターに置いて立ち上がった。

「ありがとうございました。お陰様で情勢が把握できました」

「どういたしまして」

「では、これにて失礼いたします」

「今度は普通にお客様として、後輩さんでも連れてディナータイムに来てちょうだいね」

「はは、人前では群れない仕事なんですがね。ま、検討させてもらいます」

そう言って出て行こうとする男を女将さんは見送った。しかし、男がバーの入り口の扉に手をかけた時、女将さんは何かを思い出したように呼び止めた。

「待って、1つ釘をさしておくのを忘れていたわ」

「はて? 何でしょうか?」

男が振り返ったのを確認して、女将さんは「釘」を口にする。

「今回の件に関して情報を提供してあげたのは、公国諜報部が情報を得ようと金山やエパメダの前線に出しゃばってきて、下手な立ち回りをしないようにするためよ」

「ええ。承知しておりま…」

分かっている旨を答えようとして男の息が詰まる。さきほどの会話で嫌味を言ってきた時とは、全く異質の殺気が男に突き刺さり、首筋に刃を押し当てられているような感覚に陥る。

「それなのに、その好意を無下にして、ウチの作戦の邪魔をするような行動をしようものなら」

女将さんはニッコリ笑って、男に通告する。

「諜報部ごと潰すわよ」

「金山攻略のデッドラインまであと3日ね」

男が店から出たのを確認して、女将さんは思い出したように呟いてから立ち上がり、仕込み作業を再開した。

2章23前編に続く

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