フェニックスファイナンス-2章22.5『復讐の復習』前編

2020年4月11日

2章22.5『復讐の復習』前編 

ルヌギア歴 1685年 6月15日 ロッサキニテ・アローズバー『鳥の巣』

<金山攻略のデッドラインまであと3日>

鷹峰達はラマヒラール金山の攻略に取り掛かっているが、女将さんは1人ロッサキニテに残ってバーの営業を続けていた。店を休みにする案もあったのだが、債務整理ビジネスの際に知り合ったギルドのメンバーで「ギルドからの給料が遅延していて金欠なので、短期のアルバイトを探している」という者が数名いたため、ランチタイムとディナータイムのみバイト雇用する形で営業続行を決めた。

この日、ランチ営業を終えてバイトを送り出し、夜の仕込み作業に入ろうかというタイミングで一人の来客があった。グレーのベストを羽織り、安っぽいベレー帽をかぶった、中肉中背の男だった。存在感の希薄な、どこにでも居そうな40代くらいの男性である。

「あら、お久しぶりね」

「どうもご無沙汰しています。ええと、ちょっとお時間よろしいですかな?」

男は帽子を取って礼儀正しく一礼して問いかけた。女将さんはバーカウンターの中から、対面のカウンター席を指差して応える。

「いいわよ。座ってちょうだい。何か飲む?」

男はカウンターに座りつつ、手を振って恐縮の意を示す。

「いえいえ、お構いなく」

「じゃあ協力はできないわね。情報が欲しければ、対価を払わないとね」

「これは一本取られました。では、ノンアルコールのフルーツジュースで」

女将さんに悪戯っぽく返されてしまい、男は注文を口にした。

「公国諜報部のエースは相変わらず真面目ねぇ。じゃ、特別に高級フルーツジュースを…」

「ランチビュッフェの残り物じゃないのですか?」

「そんなところに諜報的センスを持ち込むと、人生楽しくないわよ」

女将さんはそう答えてから、氷を入れたグラスにジュースを注いで男の目の前に出した。

「で、今日の目的は何かしら?」

男はジュースを一口飲んでから、用件を伝える。

「ここ最近の、フェニックスファイナンスさんの行動の意図が見えませんで、上がピリピリしておりましてね。何をしようとしているのか、聞いて来いと指示された次第です」

女将さんは折り畳みの木製椅子を開いてバーカウンター内に座りつつ、眉間に皺を寄せる。

「ひょっとしてビブラン大臣の差し金?」

女将さんが訊くと、男は「ふふっ」と鼻で笑ってから答える。

「あのアホの言うことなど、諜報部にとってはどうでも良いことですよ。それよりも、あなたとスタフティ将軍が会ったという件、ロッサ金属鉱山を買収した件、そしてデモニック族のトップがこちらの事務所に来たという件に、上がピリピリしていましてね」

「ああ、そういうことね。別に公国にたてつくようなことはしないし、むしろ国益にかなうことをしているわよ」

「そこを詳しくお聞かせいただければと」

女将さんは話すメリットとデメリットを天秤にかけ、どうしようか一瞬悩んだ様子であったが、ため息をついて「しょうがないわね」と言って経緯を話し始めた。


「最初、ロッサ金属鉱山に近づいたのは、単に債務整理で儲けようとしただけで、買収するつもりは無かったわ。ただ、シルビオ君が転がり込んできて、どうやら魔族が戦争を起こそうとしているって情報が得られてから、状況が変わったの」

「と言いますと?」

「債務整理一本じゃなくて、戦争で値上がりする物資を先に買い占めて一儲け、って話が動き出したの。何を買い占めるかは色々と悩んだみたいだったわ」

「最終的にはドルミール草粉末を選んだと」

男が先回りして、女将さんのセリフを奪っていった。

「そうなんだけど、そこまで知ってるの? ウチのこと嗅ぎ回りすぎじゃない?」

「仕事ですので、ご容赦ください。それで、どうしてドルミール草粉末を選んだのですか?」

女将さんは肩をすくめてから、説明を続ける

「人間側が戦争の際に必要な物資を買い占めて値上がりしちゃうと、公国軍や傭兵の皆さんの邪魔してるようなものじゃない。儲かるかもしれないけれど、そういう人達を邪魔するのは本意じゃないし、ギルドに悪評が立っちゃう可能性だってあるわ。だから、『魔族に催眠効果を与えられるけど値段が高すぎて、軍や傭兵はほとんど使用しない』って特徴からドルミール草粉末を選んだの」

「なるほど。確かに、ドルミール草粉末を買い占められて頭を抱えるのは、それを鎮痛剤にしている魔族くらいなものですからな」

「それで、買占めを進めて1週間くらいだったかしら。300kgくらい確保して、相場も上がってきたって時に、オプタティオ前線大株主のデーモン、エフィアルテスが嗅ぎつけてやって来たのよ。『買い占めている分を全部売れ。そうしないと他所からドルミール草粉末を大量に持って来て相場破壊するぞ』って脅しにね。ところで、あのお爺ちゃんは魔界では有名な製薬会社のオーナーなんでしょう?」

エフィアルテスの名前が出て、軽く笑みを浮かべていた男は表情を引き締めて答える。

「ええ。アルツナという魔界最大の製薬会社のオーナーです。ドルミール草粉末から製作している鎮痛剤が主力製品の1つでして、脅してきたということは、原料高騰が放置できなかったのでしょう」

「エフィアルテスが、大株主としてオプタティオ前線に戦争を指示したとウチは見ているけれど、諜報部さんはどう見ているの?」


「十中八九間違いありません。エフィアルテスとしては怪我人、もとい怪我魔族を続出させて、自社の薬剤を大量に売りつけようと目論んでいるようです。それ以外の大株主も似たようなもので、戦争と言う一大イベントに便乗して儲けようとする輩ばかりです」

女将さんは興味深そうに男の話を聞いている。魔族との接触がご法度となっているオプタティオ公国内において、魔界の情報を得るのは至難であり、貴重な情報といえる。

「それで、300㎏は売ったのですか?」

「300㎏売ったわよ。ただし、買占めの時に『混ぜ物をする不届きな売り手がいるんだ』ってシルビオ君が警戒してて、ちゃっかりと純度90%に統一して買占めをしていたの。それを、近隣の取引で標準とされる70%に薄めてからデーモンのお爺ちゃんには売ったわ」

「薄めてですか…、と言うことは薄めた分、ええと、純度70%換算で85㎏くらいは保有されていると」

「当時はね。今使用しているとこよ」

「は? どういうことですか?」

「それはこれから順番に説明するわ」

女将さんもジュースを小さいグラスに注いで、喉を潤してから続ける。

「エフィアルテスに商売を邪魔されたことが、タカミネ君的にはどうも気に入らなかったみたいで、ギャフンと言わせてやろうって言いだしてね。まぁそういうわけだから、この時点でウチの主目的は打倒エフィアルテスに変わったと言ってもいいかもしれないわね」

「デーモン族をギャフンとは大それたことを…。これが大和魂というヤツですかな」

「で、そんな時に、ボメルさんがやって来てラマヒラール金山を奪還すれば戦争を止められるってことを教えられたの。戦争を止めることができれば、折角ウチからドルミール草を奪い取ったのに、鎮痛剤が売れなくなるわけでしょ。そうすればエフィアルテスに一泡吹かせることもできるじゃない?」

2章22.5後編に続く

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