フェニックスファイナンス-2章22『敵の腹の中』後編

2020年4月11日

2章22『敵の腹の中』後編


メルティノリッチとしては「拒否するだ。死んでも持ち場を取り返してこいだぁ」というのが本音である。だが、コボルトの多いこの砦の中でそれを言ってしまっては、反乱の火種を自ら作るようなものだ。

「当たり前だぁー! 誰がダメだ言っただぁ!」

しかし、不機嫌な表情はいかんともしがたい。メルティノリッチは、心の奥底を隠してニコっと笑えるような器用な魔物ではない。

「はい! 分かりました。ありがとうございます」

コボルトは「お前の顔はダメだと言っているじゃないか」と思っただろうが、それは口に出さずに礼を言って頭を下げた。こちらは最低限の利口さを持ち合わせているようだ。

「念のため状況を聞かねとダメだぁ。避難してきた奴の誰か1人みつくろって、ここに来るように言うだぁ」

「分かりました。では」

いそいそとコボルトは、メルティノリッチのいる司令官室から出て行った。

「けっ、バカチビ族だぁめ」

コボルトが出て行ったのを確認し、種族差別の嫌味を言ってから、メルティノリッチは大きな木造りの司令官椅子に腰かける。

状況を聞いたところで、おそらく収穫などない。20人程度の人間部隊が小屋や見張り塔を襲撃して来て、魔族が逃げ出すとその拠点に入って破壊する。それの繰り返しで、典型的な嫌がらせ戦術である。

食料や水を麓からの補給に頼っているこの拠点は、補給路を潰されてしまうと、備蓄物資を消費していく一方となってしまう。

「なぜに俺がこんなことに悩まされるだぁ…」

メルティノリッチは元来、頭を使って戦術を練ったり、部下に指示を飛ばしたりするのではなく、自ら武器を持って戦いたいタイプである。戦闘において自慢の棍棒で人間を滅多打ちにして、動けなくなったところを喰らうのが趣味であり、生きる目的であるため、それが実行できる場所に身を置きたいのだ。

ただ、当然金山を放棄するワケにはいかないし、自らの力で戦果を上げ、勝ち取った砦の防衛隊長というポジションも他の魔物に渡したくない。この役職はメルティノリッチのアイデンティティでもある。

いっそ、人間がこの砦に乗り込んで来てくれれば良いと思う。そうすれば戦えるし、倒した人間を食えるし、コボルト共を前線に立たせて処分できるし、一石三鳥である。


などと不穏な想像をしていると、先ほど指示した通り、逃散兵の1匹が状況報告にやって来て、ドアをコンコンとノックした。

「入るだぁ」

「失礼します!」

特有の甲高い声で反応があり、扉が開きコボルトが隊長室に入って来る。

「お? おいおい、お前、大丈夫だぁ?」

現れたコボルトは手や腕を包帯でグルグル巻きにしていた。かなりの重症そうに見える。

「だ、大丈夫です。火傷です。すぐに治ります! それよりもお見せしたいものがあります」

コボルトは何らかの紙片を腰元のポーチから取り出して、貴族に貢物でもするかのように両手で掲げて差し出した。敬意を示す意図はなく、身長差があるからそういう体勢をとっているだけだが。

「何だぁ?」

「逃走経路にあった、人間の野営地だったと思われる場所で発見しました。焚火の中で燃え残っていたのです」

「どーせくだらんメモか何かだ…………、だぁ?」

そう思って紙片を乱暴に広げたメルティノリッチだが、中身を見てギョッと目を見開く。

「これは奴らの包囲布陣図だぁ?」

金山の砦周辺の地図に、いくつもの×印と、1つの〇印が描かれている。もしこれが人間側の拠点を表しているのであれば重要情報だ。襲撃してきた人間側部隊を撃退するという戦術的な意味でも、そこで人間と戦ってメルティノリッチ自身の"喰欲"を満たすことができるという意味でも重要である。

「そうだと思われます。第3監視小屋の南東にある×印の場所で、これを発見しました」

やや得意げな声色でコボルトが反応した。

コボルトの言うことが本当であるなら、×印は一晩限りの野営地などを示していると推測される。と言うことは、1つしかない〇印は、長期的な拠点なのかもしれない。

「この〇印の場所は、どんなところだぁ?」

「山の南西斜面にある森林エリアで、ちょうど、小さな洞窟のあるところです」

ドンピシャだとメルティノリッチは確信した。

「お前、バカチビ族のくせに中々役に立つだ」

「ありがとうございます!」

コボルトは気をつけの姿勢から、深く頭を下げた。

「よし、出撃の準備だぁ。お前が道案内だぁ」

興奮してしまい、「バカチビ族」と失言したことにも、怪我人に道案内しろと無茶苦茶を言っていることにも気付けてないメルティノリッチであった。

<金山攻略のデッドラインまであと3日>

2章22.5前編に続く

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