フェニックスファイナンス-2章22『敵の腹の中』中編
2章22『敵の腹の中』中編
「申し訳ありません! ですが、ええと、ここ数日は前に出てきているゴーレムが2メートルくらいだから、2メートルで良いと今朝がた本部伝令の方からお達しがあったのですが?」
穴の底に設置する竹やりの束を降ろしていた、そばかすの多い女性工作兵が立ち上がり、緊張した声でそう答えた。
「おいおいおい、嘘はダメでしょー、俺ちゃん怒ってないから正直に面倒だったって……」
軽く叱りつけようとした、スタフティだったが女性兵の顔を見て、言葉を止める。
「マジか? 本当に伝令があったのか?」
恐らく、彼の"心眼"は「彼女の言っていることは嘘ではない」と見たのだろう。
「ほ、本当です。……確かに言われました。…と思います」
女性兵が問い質されて自信を失ったその時、彼女の背後の穴からいそいそと髭面の男が出て来た。おそらく、上役の男性で、穴の中で作業をしていたと思われる。
「将軍! 申し訳ありません。気付いておりませんでした。ただ、こいつの言っていることは本当です。いつもと違う伝令の兄さんでしたけど、確かに言われました」
この言葉を聞いてレッドは眉間に皺を寄せた。情報の取り扱いを重要視しているスタフティは、伝令兵とのコミュニケーションを可能な限り直接取っている。ここ数日間、そのコミュニケーションの場に同席してレッドが側聞したところによると、今回の公国軍の伝令体勢では、本部からの伝令兵は、伝令先の隊に対して2,3人に固定されているということだった。
「A班に伝令するのはMさんかNさん」、「B班に伝令するのはXさんかYさん」と言ったように、担当者が決まっているのだ。つまり、何者かが伝令に成りすまして偽情報を流している可能性がある。
「レっさん、これはどうすべきですかねぇ?」
スタフティは胸ポケットからサングラスを取り出しつつ、声だけレッドに向けて問うた。
「すぐに全伝令兵を集めて今朝方の行動をチェックすべきです。合言葉も現時点のものは全て破棄し、更新した方が良いでしょう」
レッドは力強く即答した。サングラスをかけたスタフティは軽く頷いて、将軍付きの護衛の1人を呼んで指示を出す。
「ピアジョちゃーん! 今のレっさんの話は聞こえたぁ?」
「はっ」
「実行するよん。集合時間は日没。全伝令兵を本部に集めてちょーだい。新暗号はそれまでに俺が考えとく」
「了解しました!」
「ヨロロン! あ、工作の皆さんは、手間かけて申し訳ねーけど、穴を3メートルで掘り直してね! 頼りにしてっからね! ヨーソロ!」
スタフティは電光石火の如く指示を出し、さぁ行けと言わんばかりに指をパチンと鳴らした。
部下達が敬礼をしてから動き始めたのを確認し、彼はレッドに向き直る。
「レっさん、さっきは謙遜して『自分は軍事の専門家じゃない』って言ってましたけど…」
スタフティはニヤリと笑い、ワザとらしくサングラスをクイっと上げて続ける。
「レっさんは優秀な専門家になる才能がある、なぁんて俺は超思うっスよ」
リリオの森での足止めは、やっと折り返し地点を過ぎた。
最低でもあと4日、スタフティとレッドは魔族軍をリリオの森に留める必要がある。
ルヌギア歴 1685年 6月15日 正午 ラマヒラール金山・山上の採掘基地(兼防衛砦)
<金山攻略のデッドラインまであと3日>
「まーた避難兵だぁー?」
金山坑道の入り口から少し進んだ場所に設置された隊長室で、トロール族のメルティノリッチは、3メートルほどの巨体で仁王立ちしながら、不機嫌さを隠そうともせずに言った。
メルティノリッチは株式会社オプタティオ前線に所属するトロール族のリーダーで、個体戦闘力で言えば社内トップ5に入る魔物である。昨年、この金山を奪取した際に獅子奮迅の活躍を見せたことから、金山の防衛隊長に任命され、現在に至っている。
「どこの拠点だぁ? 何族の弱虫どもが避難してきたんだぁ?」
トロール族なまりの独特なイントネーションでメルティノリッチは問いかけた。
「は、はい。西側斜面の第3監視小屋から我らコボルトの同族が逃げて参りました」
「まーた、人間の部隊にやられただぁ?」
「はい、そのようです」
メルティノリッチがギロっと睨みつけながら問うたからか、1メートル程度に満たない部下のコボルトは、野犬のような顔を震わせながら詳細を答えた。
ここ5日間ほど、麓の監視小屋や見張り塔からの逃散兵が、この砦に上がってくるケースが激増している。人間の小部隊が包囲網を狭めるようにして山上に向かっているからだ。
現状で推測するに、人間の部隊は多くても100人程度の少数で、こちらの砦を力攻めで奪ってくるような直接的脅威ではない。ただ、砦に逃げ込んできた魔族兵が増加して、食糧不足と水不足が発生しているのが悩ましい。
「何匹逃げて来ただぁ?」
不機嫌な表情のままメルティノリッチは問いかける。部下のコボルトにとっては質問どころか、詰問といった状況である。
「7匹でございます。あ、あ、あのぅ…、う、受け入れても良いでしょうか…?」
顔色を伺うような視線を向け、部下のコボルトはメルティノリッチに尋ねた。このコボルトも現在砦で起きている食糧不足と水不足を認識しているため、司令官が逃げて来た同族を受け入れてくれるのか不安なのだろう。
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