フェニックスファイナンス-2章22『敵の腹の中』前編

2020年4月11日

前回までのあらすじ

ルヌギアという異世界のオプタティオ公国に転移した鷹峰亨は、異世界で金融・投資ビジネスを始めた。そんな中、魔族の侵攻が始まる。そこで鷹峰は魔族による侵攻を止めつつ、金山を奪取して大儲けする作戦を考え出す。鷹峰は借金苦のギルドや銀行との交渉を経て金山の所有権を確保し、金山獲りに乗り出す。
同時に、オプタティオ公国南部のエパメダ近辺では、侵攻してきた魔族と、公国軍が衝突を始めた。魔族軍こと、株式会社オプタティオ前線を率いるCEOデガドと、公国軍を率いるスタフティの駆け引きが始まった。

2章22『敵の腹の中』前編

ルヌギア歴 1685年 6月14日 午後 エパメダ南東・リリオの森

<金山攻略のデッドラインまであと4日>

レッド・レインボーはここ5日間ほど、スタフティ将軍に付き添うというお役目を担い、足が棒になるほどエパメダ周辺を連れまわされていた。

スタフティは見た目こそチャラいが、職務には忠実で、任務達成のために、言葉通り『労を惜しまない人間』である。そのため、何かトラブルや異常が発生すると現場に急行して自ら状況を把握し、事後処理の指示を出す。それが一段落して作戦本部に帰ると、また何かトラブルや異常が発生して現場に行き…と1日中忙しなく動き回る。

加えて、スタフティ自身が何かを閃いたことで、全く予定になかった場所に出かけるというケースも幾度かあった。昨日などは、正午頃に「海から敵陣を見よう」と、突然言い出し、10㎞西の港まで走って移動してから船に乗って視察をおこない、港に戻ってまた10キロ引き返して日没後に作戦本部に帰って来た。

スタフティは、所作以外の点においては非常にスマートな人間であり、可能な限り彼の活躍を目に留めたいとレッドは感じているのだが、肉体的にはかなりハードである。

将軍であるスタフティには、当然ながら常時護衛兵が10人ほど付いているが、彼らでも4~5時間ごとに交代する体制となっている。それとなく護衛兵の1人に聞いたところ、

「将軍に同行するのは職業軍人でも半日が限界ですよ。レッドさんは民間人でいらっしゃるのに、よく耐えられますね。何か運動や武道でもされていたのですか?」

と、逆に感心されてしまった。

今日も今日とてスタフティは「森の中の櫓の上から敵陣を見たい」と突然言い出した。結果、今2人は新兵器設置ポイント②の1キロメートル後方(西側)に設置された見張り櫓の上から、東側を見据えていた。

「レっさん、敵ちゃんの動きが何か変っスよね?」

疲れから少しボーっとしようものなら、スタフティから突然こういう質問が飛んでくる。彼はひょっとすると、レッドが気を抜こうとするタイミングすら見切っているのかもしれない。

レッドは櫓の手すりから両手を離し、直立して回答する。

「同感です。ここ2日間ほど、こちらの戦術を探っている様子でしたから、そろそろ何らかの対策を打ってくるのではと思っていましたが…」

6月10日の朝から、公国軍(人間側)は、鷹峰やシルビオとレインボー兄弟が開発したドルミールガス噴出器(対魔族の広域催眠兵器)をリリオの森の東側に4基並べ、魔族の進軍を阻んでいる。加えて、4基の効果範囲に隙間を設け、そこを突いてきた魔族を伏兵殲滅するという戦術を実践している。

ただし、この戦術に魔族軍が正面からハマってくれたのは、魔族が森に足を踏み入れた6月10日と11日くらいのものであった。12日から昨日13日にかけては、魔族側は攻勢の手を緩め、こちらの布陣や兵器の正体を見極めようという行動に切替えてきた。

例えばゴーレム族と獣族がペアになり、どこまで進むと睡魔が襲って来るか試したり(獣族が眠り落ちると、ゴーレムがそれを背負って後退する)、伏兵が構えているポイントや兵器のありそうな場所に、投石機を用いて攻撃をしたりといった、「探り」を入れて来たのだ。

「だけど、そうやって、散々茶々入れてきやがった敵ちゃんが選んだのは、結局対策皆無の『ただの力押し』と」

「そうです」


リリオの森の東側に漂っている土煙を視界に捉え、聞こえてくる狼のような雄叫びを聞きながら、2人はお互いが同じ感触を抱いていることを確認した。

土煙も雄叫びの声もここ2日間に比べるとずっと大きく、森の南北に渡って多数の魔族が森を踏破しようと前進していることが分かる。だが、森に入るとこちら側の新兵器によって眠らされて無力化され、沈黙してしまうため、土煙も雄叫びも森の東端からこちら側に全く近寄って来ない。2日間探りを入れたにも関わらず、魔族側は単純に前進するという無謀な策を実行しているのだ。

「こちらとしては、時間を稼げるので幸運と言えるのかもしれませんが、無為無策すぎる点が引っ掛かって逆に不気味です。自分は軍事の専門家ではないので、あくまでも素人の感覚論にすぎませんが…」

「ドルミールガスの効果範囲や、伏兵ポイントは見極めているハズなんスよねー。なのに、無駄だと分かっている力押しとはねぇ。無能な魔族が指揮官やってんなら『バカだねぇ』ってな話で済むんスけど、相手はあのデガドなんで、なにか裏があるんじゃないかって思うんスよね」

魔王デガドの話はこれまでも何度かスタフティの口から出ていた。彼の語るデガド評を総合すると、勇猛果敢でありながら、様々な手を打ってくる老練な魔族司令官と言ったところだ。

その評価からすれば、現在の魔族軍の作戦行動はデガドらしくない無謀なものであり、「何か裏で奇策を進めているのではないか」とスタフテイとレッドの不安を掻き立てるのである。

「うーん、カッコつけて言えば『どうも腑に落ちぬ』ってヤツっスねぇ……、あっ」

腕を組んで名軍師的な雰囲気を出そうとおどけていたスタフティが、櫓の下の方に目を落として何かに気付いたようだ。こうなるとスタフティの行動は早い。彼はレッドの予測通りタタタッと小気味よい音を立てて梯子を下り始める。

「おーい、そこの落とし穴工作班! 浅い、浅いよソレ! 落とし穴は3メートル掘れって通達したでしょーが!」

魔族側が森に深く侵入してきたケースを見越して、現在森の全域において罠の設置が進められている。その一環で落とし穴を掘っている部隊に手落ちがあったようだ。

2章22中編に続く

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