フェニックスファイナンス-2章21『勝ち目は自ら作るもの』後編

2020年4月11日

2章21『勝ち目は自ら作るもの』後編


バギザが席に戻ったのを見計らって、デガドはアミスタを呼んだ。アミスタはオプタティオ前線に所属する半魚人族、及び海棲魔族のリーダーであるが、デガドの指示していた作業に取り組んでいたため会議には参加していなかった。

呼ばれたアミスタは、何やら書き物をしていたらしく、墨や絵具を体中に飛び散らせた姿で、丸まった大きな紙を抱えて天幕の中に入って来た。それを見たアンティカートが、冗談めかして言った。

「アミスタ君、まさか、魚拓にでもなるつもりかね!?」

「はい、釣り上げられる前に練習しておこうと……って、違いますよっ!」

アミスタも空気を読んでノリツッコミで応じ、議場が「ワハハ」と笑いに包まれた。先ほどまでの険悪な雰囲気がウソのように消えている。デガドがアミスタを側近に置いているのは、こういう芸当ができるからなのだろうと、バギザは感じる。

「アミスタ、始めてくれ」

デガドは笑いが落ち着いたのを見計らってアミスタに指示を出した。アミスタは「はい」と言って、テーブルに抱えていた紙を広げる。紙にはリリオの森周辺の地図が描かれており、森の東端には赤い円が4つ並んでいる。

「では、現時点で判明していることを説明いたします」

アミスタは学校教師の持っているような指示棒を取り出し、地図を指しながら説明を始めた。

「我々はここ3日、リリオの森の東側で足止めを食っています。人間側が何らかの仕掛けを施しており、我々が森の東端に近づくと、ほとんどの魔族が睡魔に襲われ、眠りこけてしまって前進できないからです」

アミスタは一瞬顔を上げて全員の表情を見て、疑問を浮かべている者がいないことを確認して続ける。

「この仕掛けですが、おそらくドルミール草粉末を気化して、この円の範囲内に散布しているものと思われます」

「ドルミール草粉末だと!? そうか、それで我らゴーレムには効果が無かったのか」

先ほどまで怒り狂っていたゴーレムがガンガンと頭に手をあてて、納得の声を挙げた。ゴーレムはある種の魔法生命体であり、呼吸や飲食という生命活動を必要としていない。鼻粘膜や咽喉粘膜も持たない(発声するための口はある)ため、ドルミール草粉末の催眠成分がほとんど吸収されないのだ。

「そうです。3日間の情報を集めて精査した結果、この範囲に入って眠ってしまうのは、いわゆる『有機生命体の魔族』ばかりと判明しました。これは、ドルミール草粉末の効く魔族と99%一致します。技術的な面はまだ不明ですが、ドルミール草粉末を気化して使用しているのは、ほぼ間違い無いかと思われます」

アミスタから仕掛けの正体を聞いた濃灰色のガス状魔族が、積乱雲のような自分の体を揺らして笑う。

「確かに我らもなんともありませんな。まぁ、我らは眠るというメカニズム自体を持たない種族ですがね。ウハハハハ」

「ドルミール草粉末ねぇ。じゃあ、隙間を設けたのはなぜだろうねぇ? 隙間なくビッシリ敷き詰めればゴーレムやガス魔族を除いて、完全に止められて楽だろうにねぇ」

お局デーモンが地図上の円と円の隙間を指差して疑問を示すと、アミスタがそれにも応えて自説を述べる。

「伏兵で我が方にダメージを与えることが第一目的と推測されます。眠らせるだけでは、進軍妨害にはなりますが、ダメージは与えられませんからね。もしくは、技術的な問題があったのかもしれませんし、全面に敷き詰めるほどの予算や時間が無かったのかもしれません」

出席者一同が「なるほど」と口々に表明して頷き合う。ただ、表情を見る限り、「これは厄介な仕掛けだ」という不安感が勝っているようにバギザの目には映る。


「仕掛けについては分かりました。しかし、どう攻めますか? 全軍で森を進めない以上、迂回するしか無いように思いますが、海岸迂回も山越えも現実的ではないですよね?」

続いてバギザが今後の方針を聞くと、アミスタに代わってデガドが答えた。

「うむ。海岸は知っての通りニククラゲで埋まっているし、海"路"で西に回ろうとしても、船の準備だけで数十日はかかる。山を越えようとしても、この辺りの東側斜面は傾斜のきつい岩山になっていて、山頂には人間側の監視塔が連なっている。軽量級の魔族で山を登ろうとしても、上から攻撃されて壊滅必至だろう」

デガドが一端言葉を切ったタイミングで、アンティカートがそれ以外の可能性を確認する。

「山にトンネルを掘ったり、森を焼き払うというのは時間がかかり過ぎますかな?」

「うむ。森に火をつけては、鎮火させるのに10日はかかる。それに、森を焼き払ってもこの仕掛けごと破壊できる保証は無い。トンネルだと開通までに1ヶ月半はかかるだろう。と言って、少数精鋭で仕掛けの隙間を突破し、森を抜けたとしても、エパメダ平原に出た瞬間に180度囲まれて、弓矢と遠隔魔法が嵐のように降って来るであろう」

オプタティオ前線に時間的余裕はなく、森を突破する進軍ルート以外はとりようがない。だが、森を突破したところで、相手の待ち構えている陣形のど真ん中に、ひょっこりと顔を出すことになる。矢玉を撃ってくださいと言っているようなものだ。

事実上の八方塞がりだと言える。しかし、デガドには何か秘策があるようで、自信と決意に満ちた表情を浮かべている。

「だから、我々がこの苦境を乗り切る道は1つしかない。平原に待ち構える敵の陣形を乱し、同時に少数精鋭を先頭に森を突破し、一気に人間側の本陣に雪崩れ込んで司令官の首を獲る」

「な……」

事前に作戦を聞いていたと思われるアミスタ以外全員が絶句した。理屈は分かるが、森の向こう側に自由に行くことすらできない状況で、どうやって敵陣を乱すというのか。

「何か、敵陣を乱す策があると?」

アンティカートが訊くと、デガドは頷いて答える。

「別動隊を2つ作り、人間側に陽動をかける。1つは幻術に優れる部隊で、こちらはアンティカート、あなたに任せたいが、どうだろうか?」

「承りましょう。もう1つの隊は?」

「もう1つは機動力に優れた魔族で編成した部隊、こちらは…」

デガドはそう言って、バギザを指差す。

「バギザに任せる」

アンティカートと違い、バギザに拒否権は無い。しかし、それは身分が違うからではない。ワーウルフの同族で、固い信頼関係があるからこそだとバギザは解している。

「承知しました」

バギザは迷いなく即答した。

<金山攻略のデッドラインまであと5日>

2章22前編に続く

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