フェニックスファイナンス-2章20『ここは地獄の一丁目』後編

2020年4月11日

2章20『ここは地獄の一丁目』後編


ワーウルフ族のバギザは、薄青い獣毛に軽甲冑を着込んだ姿で、全軍の先頭をきって森の中央部を進んでいた。

「罠がないか注意して進め! 後続が無事に進める道を確保することも先方の役目だぞ!」

バギザはデガドがオプタティオ前線のCEOに就いた際、同族側近の1匹として入社したワーウルフである。現在は秘書業務を後輩に譲り、50匹程度のワーウルフをまとめる小隊長となり、オプタティオ前線の先駆け部隊を指揮している。

「やっと、戦闘ですね。腕が鳴ります」

草むらを手でよけて、地面の罠をチェックしながら走っていると、今年入社の新人ワーウルフが高揚した表情で伝えて来た。初陣で、やっと手柄を挙げようというタイミングがやって来たのだから、無理もない。

「うむ。デガド様を助けるためにも手柄を立てねばな」

「はい!」

こういう若い兵に「逸るな」と言っても無意味だ。であるなら、モチベーションの腰を折らぬ方がよい。

「隊長、両脇の部隊が遅れています。少し速度を落としますか?」

後方から副長の声がかかり、周囲を見渡す。森の木々に囲まれて確実なことは言えないが、左右の部隊がはるか後方で止まっているように感じるのは事実だ。

「一旦停止!」

「ノロマすぎる」と両脇の隊に内心憤懣を抱きながら、バギザは指示を出した。だが、自隊の最も右側を進んでいた2匹のワーウルフは、その指示を聞かずに前進している。

「おい、ジグ! 止まれ!」

バギザが名前で呼びかけると、ジグと呼ばれたワーウルフは振り返る。目がとろんとしており、睡魔と戦っているような表情である。そして、ジグは口をあけて何ごとか言おうとしたが、声にならぬまま、落ちるように地面に倒れ込んだ。

「ジグ!」

「ようこそ、魔族のみなさーん。早速ですが問題! ここはどこでしょう?」

駆け寄ろうとした時、甲高い人間の男の声が上方から降って来た。どこかの木の上からフザけた口調で語り掛けているらしい。だが、森の中で自分の場所を晒すのは得策ではない。無視して姿勢を低くする。


「おーい、無視かい。寂しいねェ。んじゃ、答えを教えてあげまっしょ」

40メートル先の大樹の枝の上に、声の主と思われる男が現れる。シルバーのメッシュヘアーにサングラスという異様な男だ。

男は得意げに指をパチンと鳴らして、バギザ達のいる草むらを指差す。

「正解は、『地獄の一丁目』です。攻撃はじめ!」

その瞬間、バギザたちの部隊の前方と左右から、100本を超える矢と数百個もの投石が降り注ぐ。

「姿勢を低くしろ! 後退だ! 包囲されているぞ!」

完全に囲まれている、とバギザは瞬時に状況を把握する。人間たちは何らかの罠によって、一部の部隊を突出させ、そこを伏兵で襲撃するという策を実行したのだろう。

「うあっ」

同族の悲鳴が隣からあがる。見ると、新人ワーウルフの右太ももに矢が刺さっている。

「おい、大丈夫か!?」

「クッ、自分に構わずに後退してください!」

「それをやっては、魔族でなくただの鬼畜だ!」

バギザはそう言って、矢石の降り注ぐ中、新人の腕を取って引き寄せる。矢は深く刺さっており、下手に抜くと出血しそうだし、周囲の筋肉ごと抉り取ってしまいかねない。短く折って、救護所に運ぶしかない。

「体を丸めろ! 俺にしがみつけ!」

バギザは新人を抱きかかえ、後方に向かって駆け出す。狙ったように矢が飛んでくるが、左右に大きく跳躍して回避する。

「あと10メートルも走れば、弓では届かぬ」と希望が垣間見えたその時であった。ドスッという音とともに、左肩の背中側に激痛が走る。間違いなく矢が刺さった。だが、いまはそれを確認している間さえ惜しい。走れれば良いのだ。痛みなど後で感じればよい。

「覚えていろ人間どもめ」と恨み節を口にしながら、バギザはリリオの森から東の本陣側へ逃げて行った。

<金山攻略のデッドラインまであと8日>

2章21前編に続く

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