フェニックスファイナンス-2章20『ここは地獄の一丁目』中編
2章20『ここは地獄の一丁目』中編
「売値に関しては、上の人間と相談させてもらってから…」
スタフティの反応を伺いつつ、レッドが商談を先延ばししようとした矢先、スタフティは新兵器の周囲を固める兵達に向かって歩き寄って話しかける。
「おめぇら、いいか、イエちゃ…、イエロー・レインボー氏は外部の協力者だ。キミらの守るべきオプタティオ公国民の1人ってワケ。てぇことは? はいそこのキミ」
「ええと、協力者の身柄の安全を第一として…」
「良くできましたハナマルッ! 要は、体と命張って守れってことよ。んじゃそういうことで、ヨロペコッ!」
その話が終わると、また意地悪な表情にスタフティは戻り、レッドに向き直って金額の話を再開させる。
「本体価格だけどぉー、もろもろの原価300万としてー、エイヤっと利益率7割ぶっ込んだとしてー、1000万フェンってなとーこーろー?」
スタフティはレッドの反応を伺うように、顔を覗き込んできた。利益率は鷹峰と相談することになろうが、原価に関してはほとんど正解だ。
「ノーコメントです」
「レっさんは真面目さんスねぇー」
スタフティは諦めた様子で、お手上げポーズをとる。ちなみに、スタフティは相手との年齢差に応じて、あだ名の語尾を変えていると推測される。
1つ年上のレッドとグリーンは「レっさん」「グーさん」、同い年のイエローとパープルは「イエちゃん」「パーちゃん」、年下のシアンは「シー坊」と呼んでいるのだ。
こんな風にスタフティに掻き回されていると、突如、ドンドンという大太鼓の低音が鳴り響く。音は森の東側、つまり魔族軍のいる方角から聞こえてくる。
「おうおう、敵ちゃんがいきなり突撃モードじゃん。レっさん、商談は後回しだぁね。イエちゃーん、ここは任せたゼ!」
「ウイース。任されたゼ!」
スタフティはイエローが塹壕から右手だけ出して応えたのを確認し、レッドに向かって移動先を告げる。
「レっさん、俺は伏兵による包囲殲滅の有効性を現地確認してぇッス。だから、中央の伏兵ポイントに移動しましょい」
「了解です」
「皆気張って、敵ちゃんに地獄見せてやりましょーや! ヨロリンコ!」
言い放ってから、スタフティは森の中を早足に歩き始める。レッドも遅れないようにそれに続く。
「先生には怒られるんスけど、いざ戦闘ってなると胸は高鳴るんだよなー。こればっかりはどうしようもねーや」
スタフティは歩きながらそうボヤく。そして、胸ポケットから取り出したサングラスをかけてニッと笑ってから、小走りで駆けだした。
「先生って誰ですか?」と聞きたいが、スタフティが小走りで駆け始めたため、タイミングを見失ったレッドであった。
レッド達のノルマはあと8日、この森で魔族軍を足止めすることである。
ルヌギア歴 1685年 6月10日(AM10時) エパメダ南東・リリオの森よりさらに東
<金山攻略のデッドラインまであと8日>
デガドは、周囲に比べて少し高い位置に敷いた本陣から、森の南北幅と同じ程度に広がって指示を待つ全軍を見下ろしていた。
落ち着いた様子で仁王立ちしているデガドだが、内心は「予定より遅れている。素早く森を突破せねば」と、焦燥感が募っている。ここ2日間、人間側の小細工によって進軍が遅れに遅らされてしまった。
まず、フォー河の渡河に手間取った。河に入ろうとすると、赤や緑の液体が上流から流れてきて出鼻をくじかれる。2時間ほどの調査の結果、『ただの絵の具』だと判明し、無視して渡り始めると、今度は大量の丸太や材木が流れてきて負傷兵が出る。丸太や材木に対処しつつ、先頭が何とか渡り切ったと思ったら、河岸には落とし穴と撒菱が大量に設置されていた。上陸が進まず、後ろがつかえていると、そこに大量の電気ウナギや、狂暴な肉食魚が放流されて来て…、といった具合に延々と小細工に振り回されてしまった。
ようやく丸1日かけてなんとか全軍渡り切ったと思ったら、今度は鼻をつく異臭である。傷んだ魚介類のような臭いが海側から漂って来て全軍を襲った。進軍をストップして状況を調べさせると、海岸がニククラゲの死骸で埋まっているという信じ難い報告が上がって来た。デガド自身も現地を見に行ったのだが、言葉通り「肉の壁」になっており、海岸の通行は諦めるしかない状況であった。
「デガド様、森の中にも何か仕掛けがあるのでしょうか? 人間たちは、リリオの森にわが軍を誘い込もうとしているように感じるのですが…」
これから自軍が突撃していく森に視線を向けながら、アミスタがそう懸念を表明した。昨日、異臭が漂い始めた際、「3日間家に帰っていない時のアミスタさんの臭いがするわ」と、ヘルハウンド族の雌個体に言われ、アミスタは大きくショックを受けていたが、どうやら立ち直ったらしい。
「うむ。それは間違いない。海岸を目に見える形で塞いでおいて、森の方は不自然なまでに静まり返っている。『どうぞ森にお越しください』と言わんばかりじゃ」
「ならば、様子を見るべきでは…」
正論ではある。だが、ここ2日の進軍遅延でガタ落ちしてしまった兵の士気を鑑みると、このタイミングでの『様子見』は際限なきモチベーションダウンを引き起こしかねない。
「一理ある。だが、森を恐れては勝負などできぬのだ。ここで日を稼がねば、エパメダ市街地への攻撃は遅れる一方じゃ」
デガドは自分に言い聞かせるようにして、アミスタの問いに答えた。
『魔族軍』こと株式会社オプタティオ前線には多種多様な魔族が在籍しているが、その中核となっているのはデガドと同じ中型の獣族である。『森』という環境は彼らのホームグラウンドと言っても過言ではない。ここで勝負しなければ、どこで勝負すると言うのか。
デガドは意を決し、腹に力を込めて叫んだ。
「太鼓を鳴らせ! 全軍突撃! 森を一挙に抜けよ!」
※プロローグから最新話までの全話リンクはココ
※「最新話の更新を知りたい」という読者様は下のボタンからフォローしてくださいネ!
Follow @KamekichiUpdate
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません