フェニックスファイナンス-2章20『ここは地獄の一丁目』前編

2020年4月11日

前回までのあらすじ

ルヌギアという異世界に転移した鷹峰亨は、異世界で商売を始めた。魔族の侵攻を止めつつ、金山を奪取して大儲けする作戦を立案し、所有権や予算の準備などを整えた鷹峰達は、ついに金山奪取に向けて兵を動かし始めた。

2章20『ここは地獄の一丁目』前編

ルヌギア歴 1685年 6月10日(AM10時) エパメダ南東・リリオの森

<金山攻略のデッドラインまであと8日>

「敵軍が森の東端に接近中です。このままいけば、15分ほどで先頭部隊が森に入ります」

報告を受けたスタフティは、偵察隊のベテラン兵に問い返す。

「おーけーおーけー、ちなみに、敵ちゃんの先頭部隊はどんなタイプの奴らよ?」

「混成ですが、足の速い中小型の獣族が多いです」

獣族は野生の肉食動物に近い魔族だ。狼や犬といった動物と似た特性を持っており、臭いに敏感で、俊敏かつ動体視力に優れ、夜目も効く。そのため、獣族と森の中で戦闘するというのは、一般的な軍事戦術セオリーとしては悪手である。

だが、今回は話が違う。彼らは普通の獣と同じく、呼吸によってドルミールガスを吸い込むため、催眠効果が出やすい。新兵器の披露には打ってつけだとレッドは感じる。

「んじゃ作戦通り、バシッと痛い目に合わせちゃいましょーか。バトルがバッチーンと始まったら、防衛線の崩壊がどっかで起きてねぇか、しっかり監視してネ」

昨夕から、スタフティは防衛ラインの最終チェックのために、新兵器(ドルミールガス噴出装置)の各設置ポイントと各伏兵ポイントを巡回しており、現在はイエローが兵器稼働を担当する北から2番目の新兵器設置ポイントに来ていた。ちなみに、新兵器設置ポイント1(最北)から順に、グリーン、イエロー、パープル、シアンの順に兵器稼働を担当しており、レッドはアドバイザーとしてスタフティに付き添うことになっている。

「了解しました」

「ヨロピク!」

礼儀正しく敬礼して出て行く偵察兵に対し、スタフティは右手の人差し指と中指を揃えておでこにあて、そこからピッと指さすように別れのジェスチャーを返した。

オプタティオ公国民で、スタフティと同世代のレッドにとって、『最年少の"心眼"将軍スタフティ』というのは耳にタコができるほど聞いたことのあるフレーズである。同世代にそんなスマートな人物がいるのかと、淡い憧れがあったと言っても過言ではない。ただ、こんな人物だとは聞いたことがなかった。このチャラさは最高軍事機密なのかもしれない。

「イエちゃーん、先方は獣族さんだってよ。結構当たりじゃね?」

スタフティは2,3歩下がって、新兵器を敵の攻撃から守るために掘られた小さめの塹壕の中に向かって呼びかけた。塹壕の中から、イエローがひょこっと顔を出して応える。

「ベストエネミーじゃーん。超楽勝」

イエローがチャラい言葉遣いで返答する。どうしてこうなった。

イエローは、兄弟の中で唯一ファッションにこだわりが有ったり、息抜きにダンスホールに行ったりする陽キャだ。だが、ここまでチャラい会話ができるとは思ってもいなかったし、スタフティと意気投合するなど予想外も甚だしい。この戦争が終わって無事に家に帰れたとして、イエローとどんな風に日常会話すればいいのかが悩ましい。

「イエちゃん、新兵器さんの御機嫌はいかが? うまく動いてくれそーなの?」

「ご機嫌? そうだなー、普通じゃねーの」

「普通って何だよ普通ってー」

「ぎゃはははは」

「「ウぇーい」」

スマートさの欠片もない会話をして笑い合い、よく分からないタイミングで2人はハイタッチを交わす。終始この調子である。同じ場所にいるのが少々、いや、"かなり"苦痛である。

そんなフザけた態度をとっていたと思っていたら、スタフティは急に表情を硬く一変させて、首をグルっと回しながら周囲を見渡し、嵐のように指示を出し始める。

最初のターゲットは大きなブナの木の上に陣取った、ベテラン弓兵だ。スタフティは木を下から揺らすように2,3度手で押しながら口を開く。

「上のチョイ悪オジサン! 矢じりに日の光が当たって反射してるよぉ! 隠れてんだから、見つからないように気をつけてね!」

「し、失礼しました!」

そして、新兵器設置作業で、切り傷を負って治療している若手兵のところにいき、

「新人くーん! 消毒液のフタはこまめに締めるんだヨォ! 敵ちゃんは獣族で臭いに敏感なんだゼ! 気付かれちゃうっしょ!」

「申し訳ありません! 了解しました!」

チャラい井戸端会議を開いていたかと思ったら、急にモードが切り替わって指示を出し始めたり、延々と偵察隊や上級士官に対して質問を投げかけて作戦検討を始めたりと、とにかく変化が激しい。

「そういや、新兵器のスペック詳細とか聞いて無かったんスけど、これ一日にどれくらいのドルミール草粉末が必要なんス?」

このように、アドバイザーとして付き添っているレッドに向かって、いきなり質問が飛んでくることもある。

「粉末ベースだと、1日2kg程度ですね。設置環境とか効果範囲の設定によっては、2,3倍必要なケースもあります」

突然の質問だったがレッドは動じずに回答した。数字を聞いてスタフティは頭の中でソロバンをはじく。

「1日2kgかー。キロ単価200万フェンくらいだから、1日で4~500万フェンのランニングコストはきちーねェ。一家に一台とはいかねーか。つーか、この兵器本体って、お値段いか程?」

「ええと、製作原価で…」

と言いかけてレッドは口ごもった。妥当な値段を示せれば、戦後に新兵器を購入してもらえる可能性がある。場合によっては大量受注できるかもしれない。

だが、原価を提示してしまっては買い叩かれる可能性がある。新兵器の値段を聞かれた場合、何と答えればいいか鷹峰に相談しておくべきだった。

「レっさん、ズバリ売値とか考えてなかったっしょー?」

数字の出て来ないレッドを見て、スタフティが冗談めかして言った。

こういう時、スタフティは決まって心の中を読んだように当ててくる。チャラいが、人や状況を見る目はスマートなのだ。『心眼』の異名は伊達ではない。

2章20中編に続く

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