フェニックスファイナンス-2章19『立ち合いは徐々にあたって』後編

2020年4月11日

2章19『立ち合いは徐々にあたって』後編


ルヌギア歴 1685年 6月8日 ラマヒラール金山・東側斜面にある見張り小屋

<金山攻略のデッドラインまであと10日>

ラマヒラール金山(山としての正式名称は"ラマヒラール山")は、ロッサキニテから東に約20キロの場所に存在する山で、頂上部の高さは約1600メートルに達する。

東側斜面に、北東と南東に伸びる二本の尾根に囲まれた猫の額ほどの平地部分(高度1300メートル)があり、そこが『金鉱石の採掘基地』兼『砦』となっている。フェニックスファイナンスが最終的な攻略目標としているのもこの場所である。

初期偵察を担当したクレタによると、この砦にこもる魔族は大小総勢約130匹。トロール族やコボルト族といった人型魔族を中心に、山岳地でも俊敏に走り回れるヘルハウンド族や、鉱山の坑道を掘り進む虫系のワーム族が少々といったところらしい。

対するフェニックスファイナンスが金山奪取のために集めた傭兵は約60名。この60名で金山を包囲して追い込んでいくこととなる。

そして、ソニアはその中で優秀な人間20名を選りすぐった部隊を率いて、最も危険な山の東側に回った。なぜ東側が危険かと言えば理由は単純で、魔族が麓と行き来する経路が東側に集中しているからだ。砦があるのが東側斜面で、魔族の勢力圏も山の東側となるため、自然と東側斜面が補給線となっているのだ。

「射撃開始!」

ソニアが指示を出すと、部隊員10人が弓を構えて、山の斜面にある見張り小屋に向かって一斉に矢を放つ。数十本の矢が空を飛んで、見張り小屋の壁にトスントスンと突き刺さっていく。

放たれた矢の内のいくつかは小さな窓に吸い込まれるように、小屋内に入って行った。「ンギョーー」と、小屋内から魔族の出したと思われる濁った悲鳴が聞こえる。

「よし、射撃を一時停止! 後退!」

10本ほど小屋内に矢が入ったのを見て、ソニアは凛々しい声を張って攻撃を停止させる。いつも軽装のソニアだが、今日ばかりはさすがに最低限の用心として、上半身だけの薄めのプレートメイルを着込んでいる。

「出てきますかねー?」

大型の弓を手にしたハイディが、いつもより気持ち短めの語尾伸ばしで声を掛けて来た。

ハイディは作戦会議で「矢の的が一杯いる方に行きたいでーす」と挙手して、ソニアの隊に加わった。行軍距離が最も長く、登ったり下りたりが激しい隊なので、体力的について来られるかどうかが気掛かりだったが、どうやら要らぬ心配だったようだ。

「3分待ちましょう。それでも出て来なかったら…。うーん、どうしよっかな」

どうやって追い出しをしようかと考えつつ、ふとハイディの手元を見ると、マッチと油を取り出して火矢の準備していた。思いの外ハイディは戦術センスに優れており、戦場で次にすべきことがすぐ頭に浮かぶタイプのようだ。「自分よりいくらか優秀な指揮官になれそうだな…」と感じる。

「火矢の準備しときますねー」

「お願い」

優秀な参謀がいると助かるな、と思い直してソニアは小屋に視線を戻した。

現在ソニア達は、ラマヒラール金山の斜面に点在する見張り小屋や補給用の拠点を、東側の麓から片っ端に叩きつつ、砦を目指して山を登っている。

その目的は2つ。1つは麓との連絡を絶ち、『物資の補給を絶つこと』。もう1つは、見張り小屋や補給拠点の魔族を砦に避難させ、砦の魔族の数を増やして、砦の『物資を消耗させること』だ。


「あ、出てきましたー。1,2,…、コボルト系が5匹上に逃げていきますー」

1分後ハイディが、拠点の背後から山肌を駆け上っていく小さい影を見つけて、微かに残念そうな声を出す。火矢を打つタイミングを逃したからだろう。

「残念。でも、コボルトは当たりよ。あいつら見かけによらずガッツリ食べるから」

「確かに、砦の飢えが進むならオッケーですねー」

ハイディと頷き合ってから、ソニアはまた指示を出す。

「1班2班は周辺警戒! 3班は見張り拠点の内部を調べてから、破壊に取りかかって!」

こういった破壊活動&追い出しを、山の北西側においては鷹峰をリーダー(実質的にはボメル)とする隊、南西側においてはロッサ金属鉱山のイゴールをリーダーとする隊が担当している。

この3隊が歩調を合わせ、今日中には高度900メートル地点まで包囲網を狭める予定だ。

「うーわ、ハイディさんの黒羽矢がコボルトの頭打ち抜いてるゼ。楽に死ねただろうなぁコイツ」

バー『鳥の巣』のアローズコーナーで、ハイディに連戦連敗している常連客の若手傭兵が小屋の中から報告を上げた。どうやらコボルトの死体が1匹転がっているらしい。

「えへへー。あ、でも殺しちゃうとマズイんですよねー」

砦に追い込むことも目的の1つであるため、可能な限り生かして逃がさねばならない。とは言え、追い込むためには小競り合い程度の戦闘は必要となるため、何匹か倒してしまうのは致し方ない。

「そうだけど、屋内に隠れている相手までは見えないから仕方ないでしょ。運よ運」

「いえ、実力ですよー。窓の内側に一瞬頭が見えたので、『えーい』と狙ったんですよー」

ハイディは胸を張って自慢げにそう言った。一瞬のチャンスに、弓の名手としての本能が掻き立てられたのだろうか。90メートル程度離れた地点から、一瞬だけ見えた頭を射抜くとはもはや神業である。

しかし、ちょっと待て。

「それはつまり、つい手元が動いて、"無駄に"当ててしまったということ?」

ソニアがハイディ問いかけると、ハイディはハッと失言に気付く。

「ええとそれはそのぉー、的を目にして狙わない手はないというかー…」

「つい、やっちゃったと?」

ジトッとした目でソニアは問い詰めようとしたが、ハイディは視線を大きく逸らして、山頂の方を仰ぎ見る。

「さーて、次は、どういう経路で登っていきましょうかー」

自分に向けられた追及を誤魔化すように、ハイディは見張り小屋の防壁替わりとなっていた土嚢の上に登り、斜面を見上げつつ行軍経路を考え始めた。

太陽がちょうど真上に来ている。金山攻略の目標日まであと10日。ソニア達が今日中に潰さなければいけない拠点はあと2つだ。

2章20前編に続く

※プロローグから最新話までの全話リンクはココ

※「最新話の更新を知りたい」という読者様は下のボタンからフォローしてくださいネ!