フェニックスファイナンス-2章19『立ち合いは徐々にあたって』中編

2020年4月11日

2章19『立ち合いは徐々にあたって』中編


デガドは「はぁ」とため息をつきながら、魔王の椅子に座った。この椅子は、行軍時には輿の上に据え付けられている。軍事行動においては、ある種の威圧感を醸し出すことも重要なため、デガドらしくもない派手な骨飾りのついた、真っ赤な革張りの椅子を使用している。

昔は、「貴様の血で、この椅子をさらに赤く染めてくれようぞ」なんてセリフを一度は言ってみたいと思ったものだが、社長業(雇われ魔王業)を20年もやっている中で、そんな淡い思いはどこかに置いてきてしまった。

「この椅子は、やはり落ち着かんなぁ」

そうボヤき、「誰も見ていないし、少しだけ地面に寝そべろうか」と考えた時であった。

「デガド様、エフィアルテス様から陣中見舞いの品が届きました!」

デガドの右腕であるマーマン(半魚人族)のアミスタが、両腕の脇に木箱を抱えてテント内に踏み込んできた。

アミスタはここ数日、本隊周辺の海岸・沿岸の偵察活動を担当しているが、大量発生しているニククラゲに刺されまくっており、顔面は赤く腫れあがってしまっている。そのせいで「体は青魚のくせに、顔面だけはキンメダイ」と、一部の兵から笑われている始末である。

「お主は少し休めと言ったろうに、何をしておるか」

そう言いながらアミスタの抱える木箱を見る。「新発売! 滋養強壮ドリンク・バイロード!」と商品ロゴが描かれている。エフィアルテスが代表を務める製薬会社の栄養ドリンク商品らしい。

「どうせ去年と同じで、賞味期限切れの在庫整理じゃろ」

去年、金山奪取に向けて奇襲部隊を動かしていた際にも似たような木箱が届いた。「奇襲のために身を隠している部隊に、くだらぬ品を輸送してくるな」と怒りを覚えた記憶がリフレインする。

「いえ、今年は新製品の試供品ですね。ええと、エフィアルテス様からの手紙によると、前線の社員達に新製品の『倍労働できるバイロード!』をよろしく伝えて欲しい、とのことです」

アミスタがエフィアルテスからの手紙を取り出し、強烈に時代錯誤感のあるキャッチフレーズを紹介した。ブラック企業だなんだと魔界もうるさい時代に、よくぞこんな売り出し方をするものだ。

「倍労働でバイロードか…、何本くらい届いたのだ?」

「このサイズの木箱が6箱ですね。300本くらいです」

「全員に配るには足らぬから、偵察隊と補給部隊を中心に配ってやってくれ」


デガドはエフィアルテスの手紙を受け取りつつ、分配の指示を出した。どうせグイっと1飲みする製品なのだから、今、働きを求められている部隊に配るのがよいだろう。

「承知しました。では、こちらにも3本ほど置いておきますね」

アミスタはそう言ってバイロードを3本取り出して軍議テーブルの上に置き、木箱を抱え直して出て行った。

デガドは手渡されたエフィアルテスからの手紙に目を落とす。

『後顧の憂いはこちらにて取り除いておいた。薬品の材料となる素材や、戦を妨げる魔法材の買占めは完了済みなので、存分に戦果を挙げることを期待している』

「フン、笑わせおる。何が後顧の憂いじゃ」

デガドはそう吐き捨てつつ、手紙を真っ二つに破り捨てる。

オプタティオ前線を、真に背水の陣に追い込んでいるのはフォー河でなく、利益のために無茶な戦争を要求してくる金汚い株主である。とどのつまり、エフィアルテスこそ後顧の憂いそのものに違いないとデガドは感じる。

「クソ株主に比べれば、橋の無いフォー河なんぞ可愛いモノかもしれんなぁ」

愚痴りながら、アミスタの置いていったバイロードの茶色い瓶に手を伸ばし、蓋を捻って1口飲んでみる。微炭酸が乾いた喉に心地よく沁みていく。

「……存外美味いな」

2章19後編に続く

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