フェニックスファイナンス-2章18『交渉はランチの前で』中編

2020年4月11日

2章18『交渉はランチの前で』中編


「た、逮捕?」

「当たり前だ。それ以外にどんな道があるのだ?」

ビブランが挑むように尋ねるが、ザンザラは「うっ」と言葉に詰まる。

「公国が放置し、その上でパモストン子爵に情報が伝わってしまえば、子爵は自身のメンツを賭けてオプタ銀行を潰すしかなくなる。しかし、貴行が潰れると、公国経済も巻き添えで大きな被害を受けるのだ。ゆえに、公国としては責任を持って解決に導かねばならん」

「……」

ザンザラは何かを言おうと手を浮かせて、口を開けるが言葉にならない。

「頭取、諦めてこちらに協力してくれないかね。それがオプタ銀行にとっても公国にとっても、そして頭取にとっても最善なのだ」

歯の浮くセリフだとビブランは思いつつ、精一杯優しい表情を浮かべてそう言った。

ザンザラは目を瞑ってしばらく黙考したが、観念したように肩を落とす。

「どうしろと言うのです?」

落ちた。鷹峰の書いたシナリオ通り過ぎて癪に障る。

だが、ビブラン自身もそれに乗るしか無い。ビブランに決定権はなく、この場においては彼も演者の1人でしかない。

「鷹峰君」

呼びかけると、鷹峰が素早く書類をザンザラの手元に滑らせる。

「こちらからの要求はこの通りです」

<バルザー金庫顧客の債務整理に関する、オプタ銀行への要求>

1.総額6億フェンを現金で当方口座に納めること。内訳は以下の通り。

・法定利子を超える金額に対する過払い金1億フェン

・強奪した金品の被害額1.5億フェン

・取り立ての際に破損した物品の修繕費0.5億フェン

・取り立てによる肉体的、精神的苦痛に対する賠償金2億フェン

・海運ギルド『ホナシス』がサピエン入港禁止措置で受けた営業被害に対する賠償金1億フェン

2.7ギルドのバルザー金庫からの借金総額53億フェンは帳消しとすること。

—以上—

「ちょっと待ってくれ。これじゃあ、こちらの丸損じゃないか!」

書類を一読したザンザラが不満を表明したが、鷹峰は落ち着き払って言い返す。

「そうです。あなた達が悪いことをしたのだから当然でしょう。被害届をとり下げて、事を大げさにしないのですから、これくらいは当然です」

「無理だ! これでは私の経営責任が問われてしまう!」

ザンザラは立ち上がって強く言ったが、鷹峰は冷めた口調を崩さない。

「そんな都合はこちらの知ったことではない」

「その7つのギルドたちは、借金を踏み倒そうとしていたんだぞ! 借りた金を返さずに済むというのは道義に反するだろう!」

これがこの男の本心なのかもしれない。加えて、この場を乗り切ったところで50億も貸した金を帳消しにされては、彼の銀行内での立場が維持できないということもあるだろう。


ビブランはそろそろ自分の出番だと考え、この場の「調停者役」として口を開く。

「頭取、もう少し落ち着いてくれたまえ。部屋の外に聞こえていい話でもあるまい。それに、実質的な示談交渉なのだから、被害の賠償をするのは当然だろう」

「それは分かります。だが、帳消しはやり過ぎです」

ザンザラはビブランに縋るような目線を向けてそう言った。

「帳消し? ちょっと書類を見せてくれ」

ビブランは眉根を寄せながら、鷹峰の出した要求書をザンザラから受け取って内容をチェックする。帳消しという部分については知らないという台本なのだ。

「ちょっと待て、1の被害賠償はいいが、2の帳消しは聞いていないぞ」

ビブランが鷹峰を責めるように言うが、鷹峰はこれにも冷淡に言い返す。

「事前にお伝えする必要がありましたか?」

「必要は無い。どんな要求をするかはキミの自由だ。だが、この案に私は賛同しかねる。頭取の言う通り、これでは借りた側の逃げ得を許すことになる」

鷹峰は心底面倒そうな顔を浮かべて、隣に座る大臣に向き直る。

「ですが、これらの7つのギルドに借金を返済する余力はありませんよ。借金が今のまま残っては、賠償金も結局は返済に充てられてオプタ銀行に戻るだけです」

「それは分かる。だが、帳消しはやり過ぎだ。元の形に戻すべきであって、それ以上を求めるというのは認められない」

「あなたも面倒な人だな。ならば、どうしろと言うのですか? 案も無く、交渉の当事者でも無いのですから黙っていてください」

目の前で2人がヒートアップし始めて、ザンザラは驚いて何も言えずにいる様子だ。どちらに乗るのが得かと計算しているようにも見える。

「案ならある。元に戻して、猶予を設ければいいのだ。バルザー金庫に残っている貸し出しを、オプタ銀行からの貸し出しに戻し、利子を設定し直した上で3年の返済猶予を設ける。猶予期間の内にギルド経営が立ち直ったならば借金は返せるだろう。それが元のあるべき姿だ」

「なるほど、理屈は分かりました。だが、あなたが当事者でないことに変わりはない」

鷹峰はそう言い切って視線をザンザラに向けようとする。だが、その肩をビブランが掴む。

「ならば私も、覚悟を持って当事者になろう」

「何を言って…」

鷹峰が抗弁するのを制して、ビブラン大臣は強い決心をにおわせるように話す。

「鷹峰君、キミがその方針を貫くなら、私は自らの政治生命を賭けてそれを止める。確かにザンザラ頭取たちは道義に背く行為をした。しかし、だからと言って被害を受けた側が道義や法の範疇を超えるやり返しをしてはいかん。この国の法と、今までの判例を無視してしまってはいかんのだ」

「政治生命とは……、本気で言っていますか?」

「本気だよ。司法だろうが大臣権限だろうが何だって使って止めるぞ」

鷹峰は大臣をバカにするように「ははっ」と嘲笑してから言い捨てる。

「いまさら道義ですか? 大臣、あなたはそんなキャラでは無いでしょう」

「私にも気に入らないことの1つや2つはある。これがその1つだ」

2章18後編に続く

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