今日から始める異世界M&A-2章18『交渉はランチの前で』

前回までのあらすじ

ルヌギアという異世界に転移した鷹峰亨は、債務整理ビジネスや投機に手を出したが、魔族側からの思わぬ横槍を受けて利益を圧迫されてしまった。鷹峰は、リベンジを期すためにラマヒラール金山の奪還に向けて動き始め、下準備の最後に債務整理交渉をセッティングした。

2章18『交渉はランチの前で』

ルヌギア歴 1685年 6月5日 ロッサキニテ・オプタ銀行本店前

飲食店がランチ営業を始めた頃、ビブランは待ち合わせ場所のオプタ銀行本店前に到着した。小雨が降っており、雨が馬車の屋根を叩いている。

2日前に鷹峰と話した後、ビブランはオプタ銀行の動きについて役場に探りを入れた。すると、案の定、テッセラ商事での爆発事件と、盗品発見をモミ消そうと動いてことが分かった。

ただ、そうするには騒ぎが大きくなりすぎていた。深夜の爆弾騒ぎで野次馬が多数集まった上に、警衛兵5名が現場判断で捜索を始めて複数の盗品を発見し、クヌピ・テッセラの身柄を拘束してしまったのだ。ロッサキニテ役場の上層部は「賄賂は受け取らない」と門前払いしたようだが、本音は「モミ消そうとしても無理」と言ったところだろう。

そう考えていると、馬車のドアをコンコンとノックする音が聞こえた。見ると、紺のスーツに身を包んだ鷹峰が、傘を手に顔を覗かせている。

「あの服は日本で『勝負時』に着る正装だと言っていたが、『金をむしり取りたい時』の間違いではないか?」などとビブランは思いながら、

「では行って来る。1時間後にまた来てくれ」

と御者に指示して馬車から降りた。

 

ルヌギア歴 1685年 6月5日 ロッサキニテ・オプタ銀行・幹部用応接室

オプタ銀行本店に入ると、行員に案内されて幹部用の応接室に通された。

「お待ちしていましたビブラン大臣。ご無沙汰しております」

応接室のドアを開けると、営業スマイルを浮かべた頭取のザンザラ・アラハが立っていた。顔には見慣れた”おちょぼ口”がついており、これを見るとビブランはいつも「何か吸いたいのかね?」と言いたくなる。長身痩躯で、口以外のパーツは整っているだけに勿体ない。

「いやいや、突然押しかけて済まないね。あと、今日はもう1人来ていてね」

そう言って、ビブランは鷹峰に目を向けた。

「ザンザラ頭取、お初にお目にかかります。フェニックスファイナンスの鷹峰と申します」

鷹峰が折り目正しく頭を下げるが、ザンザラは目を見開いて停止する。

「ふぇ、フェニックスファイナンスだと!? 貴様が…」

どうやら、自分達を追い込んでいる組織の名前くらいは掴んでいたのだろう。

「頭取、立ち話もなんだから、座って話をしようじゃないか」


ビブランと鷹峰が並んで座り、大きなテーブルを挟んだ反対側にザンザラが着座する。

「鷹峰君、そちらの用件から話したまえ」

「ありがとうございます。では」

鷹峰はビブランに軽く礼を言ってから、ザンザラに向き直って話し始める。

「頭取、本日私は、バルザー金庫の債務に悩むギルドの代表者として参りました。バルザー金庫はご存知ですよね?」

「だ、誰かが私達の親族を装って作った、あやしげな金融業者ですね」

トラブルが起こった時は「知らぬ存ぜぬ」とか、「私達も騙された被害者」ということにして対処しようと考えていたのだろう。すべてを”そういうこと”にして、トカゲのしっぽ切りをすれば、追求から逃れられるだろうと。

だが、もはや、”そういうこと”では済まない状況なのだ。

「では、そのあやしげな業者が、貴行の不良債権の借り主を運よく見つけ、弱みに付け込んで出所不明な資金を高利で貸し出し、借り換えをさせた。そして、取り立てと称して金品を奪い、偶然貴行のグループギルドであるテッセラ商事に持ち込んで換金していた。というご認識ですか?」

そんな都合のいい話など起きるわけがない。しかし、ザンザラはおちょぼ口をぴゅーと鳴らしながら息を吸い込み、全てを”そういうこと”にして、言い訳を続ける。

「認識も何も、バルザー金庫とやらが何をやっていたかは知りません。クヌピ(テッセラ商事代表)が何をやっていたかも現在調査中です」

「バルザー金庫に強奪されたサピエン王国のパモストン子爵のゴブダーン織が、テッセラ商事から見つかったことも、貴行のあずかり知らないことだと?」

ここで、平静を装っていたザンザラの方がピクッと震える。

「え、いや、何の話やら知りませんね…」

「分かりました。ならば、私はこの事実をパモストン子爵にお伝えします。構いませんね?」

「待ってくれ! それは困るよ!」

「なぜですか?」

「なぜってキミ、事実関係が判明するまではだねぇ…、ええと」

ザンザラは口ごもる。ザンザラ自身が本当に潔白なら「勝手にやれ!」と腹もくくれるだろうが、そうでないのだから歯切れも悪くなって当然だ。

ここでビブランが視線を鷹峰に移すと、鷹峰もビブランを見ていた。「あなたのセリフの番ですよ」と言われているようだ。

「頭取、本当のことを話してくれないかね。これ以上シラを切るのであれば、こちらとしては立ち入り検査で帳簿を見せてもらうしかなくなる」

「なんですと!?」

ビブランは大げさにため息を1つついてから続ける。

「借り換えをさせる時、ギルド側の借金規模によっては10億フェン程度の資金をバルザー金庫に渡さねばならない。そんな大金を捻出した証拠を、帳簿から消し去るのは困難だ」

「何を根拠に!? それに、公国がどうしてそこまでするのですか!?」

「放置すれば外交問題になりかねんのだ。現状、織物を預かった海運ギルドから被害届が出ているし、そのギルドの代理人を務める鷹峰君もこう言っている以上、公国としては真相究明を進めるしかない。そして、バルザー金庫とオプタ銀行の関係が明白になった段階で関係者全員を逮捕し、子爵に事情を説明して詫びるしかないだろう」

「た、逮捕?」

「当たり前だ。それ以外にどんな道があるのだ?」

ビブランが挑むように尋ねるが、ザンザラは「うっ」と言葉に詰まる。

「公国が放置すれば、子爵は自身のメンツを賭けてオプタ銀行を潰すしかなくなる。しかし、貴行が潰れると、公国経済も巻き添えで大きな被害を受けるのだ。ゆえに、公国としては責任を持って解決に導かねばならん」

「……」

ザンザラは何かを言おうと手を浮かせて、口を開けるが言葉にならない。

「頭取、諦めてこちらに協力してくれないかね。それがオプタ銀行にとっても公国にとっても、そして頭取にとっても最善なのだ」

歯の浮くセリフだとビブランは思いつつ、精一杯優しい表情を浮かべてそう言った。

ザンザラは目を瞑ってしばらく黙考したが、観念したように肩を落とす。

「どうしろと言うのです?」

落ちた。鷹峰の書いたシナリオ通り過ぎて癪に障る。

だが、ビブラン自身もそれに乗るしか無い。ビブランに決定権はなく、この場においては彼も演者の1人でしかない。

「鷹峰君」

呼びかけると、鷹峰が素早く書類をザンザラの手元に滑らせる。

「こちらからの要求はこの通りです」

<バルザー金庫顧客の債務整理に関する、オプタ銀行への要求>

1.総額6億フェンを現金で当方口座に納めること。内訳は以下の通り。

・法定利子を超える金額に対する過払い金1億フェン

・強奪した金品の被害額1.5億フェン

・取り立ての際に破損した物品の修繕費0.5億フェン

・取り立てによる肉体的、精神的苦痛に対する賠償金2億フェン

・海運ギルド『ホナシス』がサピエン入港禁止措置で受けた営業被害に対する賠償金1億フェン

2.7ギルドのバルザー金庫からの借金総額53億フェンは帳消しとすること。

—以上—

「ちょっと待ってくれ。これじゃあ、こちらの丸損じゃないか!」

書類を一読したザンザラが不満を表明したが、鷹峰は落ち着き払って言い返す。

「そうです。あなた達が悪いことをしたのだから当然でしょう。被害届をとり下げて、事を大げさにしないのですから、これくらいは当然です」

「無理だ! これでは私の経営責任が問われてしまう!」

ザンザラは立ち上がって強く言ったが、鷹峰は冷めた口調を崩さない。

「そんな都合はこちらの知ったことではない」

「その7つのギルドたちは、借金を踏み倒そうとしていたんだぞ! 借りた金を返さずに済むというのは道義に反するだろう!」

これがこの男の本心なのかもしれない。加えて、この場を乗り切ったところで50億も貸した金を帳消しにされては、彼の銀行内での立場が維持できないということもあるだろう。

ビブランはそろそろ自分の出番だと考え、この場の「調停者役」として口を開く。

「頭取、もう少し落ち着いてくれたまえ。部屋の外に聞こえていい話でもあるまい。それに、実質的な示談交渉なのだから、被害の賠償をするのは当然だろう」

「それは分かります。だが、帳消しはやり過ぎです」

ザンザラはビブランに縋るような目線を向けてそう言った。

「帳消し? ちょっと書類を見せてくれ」

ビブランは眉根を寄せながら、鷹峰の出した要求書をザンザラから受け取って内容をチェックする。帳消しという部分については知らないという台本なのだ。

「ちょっと待て、1の被害賠償はいいが、2の帳消しは聞いていないぞ」

ビブランが鷹峰を責めるように言うが、鷹峰はこれにも冷淡に言い返す。

「事前にお伝えする必要がありましたか?」

「必要は無い。どんな要求をするかはキミの自由だ。だが、この案に私は賛同しかねる。頭取の言う通り、これでは借りた側の逃げ得を許すことになる」

鷹峰は心底面倒そうな顔を浮かべて、隣に座る大臣に向き直る。

「ですが、これらの7つのギルドに借金を返済する余力はありませんよ。借金が今のまま残っては、賠償金も結局は返済に充てられてオプタ銀行に戻るだけです」

「それは分かる。だが、帳消しはやり過ぎだ。元の形に戻すべきであって、それ以上を求めるというのは認められない」

「あなたも面倒な人だな。ならば、どうしろと言うのですか? 案も無く、交渉の当事者でも無いのですから黙っていてください」

目の前で2人がヒートアップし始めて、ザンザラは驚いて何も言えずにいる様子だ。どちらに乗るのが得かと計算しているようにも見える。

「案ならある。元に戻して、猶予を設ければいいのだ。バルザー金庫に残っている貸し出しを、オプタ銀行からの貸し出しに戻し、利子を設定し直した上で3年の返済猶予を設ける。猶予期間の内にギルド経営が立ち直ったならば借金は返せるだろう。それが元のあるべき姿だ」

「なるほど、理屈は分かりました。だが、あなたが当事者でないことに変わりはない」

鷹峰はそう言い切って視線をザンザラに向けようとする。だが、その肩をビブランが掴む。

「ならば私も、覚悟を持って当事者になろう」

「何を言って…」

鷹峰が抗弁するのを制して、ビブラン大臣は強い決心をにおわせるように話す。

「鷹峰君、キミがその方針を貫くなら、私は自らの政治生命を賭けてそれを止める。確かにザンザラ頭取たちは道義に背く行為をした。しかし、だからと言って被害を受けた側が道義や法の範疇を超えるやり返しをしてはいかん。この国の法と、今までの判例を無視してしまってはいかんのだ」

「政治生命とは……、本気で言っていますか?」

「本気だよ。司法だろうが大臣権限だろうが何だって使って止めるぞ」

鷹峰は大臣をバカにするように「ははっ」と嘲笑してから言い捨てる。

「いまさら道義ですか? 大臣、あなたはそんなキャラでは無いでしょう」

「私にも気に入らないことの1つや2つはある。これがその1つだ」

そう答えた大臣を鷹峰は睨みつける。

無言の睨み合いが5秒くらい続いたが、鷹峰が根負けした様子で「チッ」と舌打ちして椅子に座り直して足を組んだ。

「いいでしょう。しかし、いくつか条件をつけさせてください」

「なんだ?」

「まず、3年の猶予期間中は利子ゼロとし、3年後の利子率は、元々オプタ銀から借りていた際の利子率に戻していただく。加えて、債権譲渡も禁止です。再度、バルザー金庫のような業者に貸主が変わるのはゴメンですので」

「うむ。それは当然だろう。なぁ頭取」

「え? ええと、ううむ……」

いきなり妥協案の相談に入ったと思ったら、突然判断を求められてザンザラは頭が真っ白になった様子だ。だが、かろうじて頭の中の動く部分で、「帳消しより数段マシなのは間違いない」と計算を立てたようで、すぐに頷いて賛意を示す。

「分かりました」

鷹峰はザンザラが承諾したのを確認し、続く条件を口にする。

「条件はあと2つ。7ギルドの内の1つ、ロッサ金属鉱山ギルドの負債10億フェンに関しては、先ほどの債権譲渡禁止を適用せず、現段階で全て我がフェニックスファイナンスに買い取らせていただく。金額は8千万」

あとは台本通りだ。もはや作業でしかない。

「いくら不良債権だからと言って額面の8%は買い叩きすぎだろう」

「では1億。これ以上は出さない」

「妥協しどころだな。なぁ頭取」

元々強奪しないと返ってこないと踏んだ貸出先なのだ。返済を3年猶予したとしても、その状況が大きく変わっているとは考え難い。1億は望外の回収と考えるだろう。

「承知しました。ロッサ金属鉱山の負債は売却いたします」

鷹峰は納得顔で頷いて最後の条件を話す。

「では最後、バルザー金庫の活動に協力させられていたベリタ傭兵会の処遇についてです。まず、残っている借金については7ギルドと同じ扱いにすること。そして、東区の孤児院の所有権はバルザー金庫からオプタ銀行に戻した上で、10年間は今のまま孤児院を存続させることとし、10年の間にベリタ傭兵会が孤児院を評価額に相当する額で買い取りたいと申し出た場合は、売却することを確約して貰う」

「なるほど、悪い話ではないな。なぁ頭取」

孤児院の運営に金はかかるが、元々が社会貢献のための経費である。追加で懐が痛むわけではない。判断に迷う案件ではないはずだ。

「分かりました」

ザンザラが頷いて交渉は成立した。

鷹峰の事前に思い描いていた落としどころと、1ミリも違わない条件で。


合意書面を取り交わすと、鷹峰は不満顔を浮かべてそそくさと応接室から出て行った。

「はぁ、疲れたなぁ。困るよザンザラ君、こういう問題を起こされちゃ」

ドアが閉まって気配が遠のいたのを確認してから、ビブランは恩着せがましくザンザラに文句をつけた。

「申し訳ありません。また、条件交渉に関しても非常に助かりました」

「そうだろう、そうだろう。帳消しとなっちゃ、キミが銀行内で地位を維持できんからなぁ」

ザンザラはテーブルに額をこすりつけんばかりの勢いで頭を下げる。

「仰る通りです。この御恩は一生忘れません」

「ははは、そう硬くならなくてもいい」

そしてビブランは思い出したように続けた。

「ああ、しかし、そうだね。恩と言うのであれば、1つお願いがあるんだが、いいかね?」

「勿論です。なんでしょうか?」

「実は、公国の予算が…」

ビブランは、悩み顔で公国の資金難について、”相談”という名の”恐喝”を始めた。

◇◇◇

外に出ると雨は上がっており、晴れ間が覗いている。

鷹峰が仏頂面をさげたまま銀行から出ると、通りの反対側でソニアが待っていた。

「どうだった?」

硬い表情を崩さずに歩いていくと、ソニアは少し心配そうに尋ねてきた。

ソニアのすぐ隣まで近寄ってから、鷹峰は小さくニッと笑って、親指を立てる。

「想定していた条件で上手くいった。賠償の吹っかけも成功で、6億で合意だ」

「さすがやるじゃん!」

ソニアは表情を崩して、バチンと鷹峰の背中を思い切り叩いた。攻撃的な意思を感じる強さである。

「いてっ! おい、手加減してくれよ」

「わざとらしく仏頂面さげてきた罰」

いたずら心がバレていたかと反省しつつ、鷹峰は気を取り直す。

「それで、傭兵の皆はもう決起集会に集まっているのか?」

この後、ラマヒラール金山奪還に協力してくれる傭兵達をバー『鳥の巣』に招いて、決起集会を開くことになっている。

「とっくに集まってるわ。酒を前にして『待て』の状態だから、上手く演説しないと荒れるわよ」

「そりゃ責任重大だな」

鷹峰はスーツのジャケットを羽織り直し、ラペルを下に引いて襟元を整えてから、ネクタイをキュッと締めなおした。
「さぁ、行こうか」

下準備は整った。ここからが大勝負である。

~~続く~~

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2 件のコメント

    • まちこさん、コメントありがとうございます!

      大勝負頑張って書いてます!正座したままお待ちください!

      ただし、次回投稿タイミングは保証しかねますので、
      なんらかの念仏や祈りを捧げつつお待ちいただけると幸いです。
      そうすれば、筆者の投稿遅延に際しましても、心安らかかと思われます。

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