フェニックスファイナンス-2章17『チャラい心眼』後編
2章17『チャラい心眼』後編
女将さんはそう言って鷹峰に話を振った。おそらく、最後の見せ場は譲るという気遣いだろう。鷹峰はやっと自分の番が来たと、少し安堵した様子でゆったりと話し始める。
「私からご説明いたします。ときに将軍、今、半島中の海岸でニククラゲが大量発生しているという話をご存知ですか?」
意図が分からず、スタフティは一瞬戸惑う。
「ニククラゲですか? 軍にも駆除の協力要請が来ているので知っていますよ」
「そうでしたか。実は、先日我々のギルドも依頼をうけて、エパネ海岸で駆除を行いましたが、恥ずかしながら"失敗"しました。一時的に海はキレイになりましたが、数時間もすると海面は元通りピンク一色です。報酬も2割しか貰えませんでした」
「それは残念でしたね」
肩をすくめてスタフティは同情を示すが、鷹峰は表情を一変させニヤリと笑う。悪だくみを思い付いた時の顔だ。
「でも、おかげで閃いたんです。『こいつらを利用できないか』と」
スタフティはまだ得心がいかず、鷹峰を見定めるように目を細めて訊く。
「確かにニククラゲのしびれ毒は魔族にも効きますが、どうやって利用するのです?」
「単純です。リリオの森の南方に位置する海岸10㎞に渡って、吐き気を催すレベルでうず高く、かつ隙間なくニククラゲを敷き詰めて、魔族の通行を遮断します」
スタフティはテーブルに両手をついて立ち上がり、地図と鷹峰の顔を交互に見る。
「おいおいおい、マジ言ってんのか?」
「マジですよ。港で船員の人達から話を聞きましたが、いま半島南部沿岸は、どこもニククラゲでピンク1色だそうです。干し肉を運んだ船の船員は、『どえらい数のニククラゲが船を追っかけて来た』と笑っていました。文字通り『いくらでもいる』んですよ」
「タカちゃん、まさか船で沿岸のニククラゲを…」
シルビオは「タカちゃんって誰だよ」とツッコミを入れたくなるが我慢した。
「ええ。肉を満載した船団15隻で、近海のニククラゲをごっそり集めながらエパメダの海岸まで運んで陸揚げします。船団はもう出港していて、8日には到着予定です」
「手回しがいいねぇ。だがよ、そんな大量にニククラゲを投棄しちゃ、腐臭がやべーだろ」
「この時期は偏西風が強く、困るのは東側の魔族軍です。また、『魔族の進軍を妨害しつつ、漁業関係者を助ける』という大義名分も立ちますよ」
「ははは、おもしれぇな。投棄する理由まで完璧ってかぁ」
スタフティは小笑いしながら椅子に腰を落とす。どうやら、こちらの提案を気に入った様子だ。
だが、はたと何かに気付いて難しい顔を浮かべる。
「作戦の質は超スゲェよ、それは間違いねぇ。ただこれ、上手く行っちゃうと、ほとんど戦闘が無ェよね。伏兵は精鋭部隊にしかやらせらんねーし、下層の兵の手柄チャンスゼロじゃぁん」
そこは盲点だった。確かにそういう不満は出るだろう。とシルビオは感じた。
しかし、その感情を全否定する者がいた。女将さんである。
「スタフティ、今のセリフをもう1度言ってみなさい」
明確に怒りを込めた口調で、女将さんがある種の殺意をスタフティに向ける。先ほど、言葉遣いや姿勢を注意していた時とは、声の温度が違う。
「も、申し訳ありません。言葉が汚く…」
凍える小動物のようにスタフティは返事したが、女将さんの眼光はさらに鋭さを増す。
「そこではありません」
「え、では何が……、あっ!?」
何かに気付いて色を失うスタフティに対し、女将さんが伝える。
「士官学校で何度も教えたはずですよ」
そして、スタフティは沈痛な面持ちで、記憶を掘り起こすようにゆったりとそらんじる。
「軍人たるもの、挙げた首級の数を誇るなかれ、護った民の数こそ誇るべし」
「そして?」
「その心得を、全兵卒にあまねく知らしめることこそ、指揮官の真の役目である」
「よくできました」
そう言ってから、女将さんは表情を崩し微笑む。
「では、お聞きします。こちらの提案をお受けいただけますか?」
スタフティは釣られるように苦笑いを浮かべて答えた。
「超ズルくないッスかぁ? 『はい』としか言えないっスよぉー」
「やべぇ、超、一発殴りてぇ」とシルビオは感じた。
金山攻略作戦がここに始動した。
金山攻略のデッドラインまで、あと15日
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