フェニックスファイナンス-2章17『チャラい心眼』中編

2020年4月11日

2章17『チャラい心眼』中編


軍事ソリューションの提案などという大層な話だとは聞いていない。そういう解釈ができるのも確かだが…。

「拝聴します」

「作戦概略はエパメダに向かう敵軍への遅滞行動と金山奪還の2面作戦です。エパメダに向かう魔族軍の進軍を遅らせて時間を稼ぎ、その間に金山を奪還することで、魔族軍を退却に追い込みます」

「何か秘策があるとお見受けします。そこからお聞きしたい」

「承知しました。シルビオ君、将軍に秘策の新兵器の説明を」

「えっ、ハイ、ええと」

いきなり話を振られて、シルビオは泡を食う。

こんな緊迫した話し合いだなんて聞いてないよ、と嫌味っぽく愚痴りたい気分だ。

シルビオは新兵器の完成予想図挿絵をテーブルに出し、気持ちを切り替えるように1度深呼吸してから説明を始める。

「今回開発した新兵器は、ドルミール草粉末から生成した催眠ガスの散布装置です。将軍もご存知だと思いますが、ドルミール草粉末は魔族に対して抜群の催眠効果があり、この有効成分をガス化して散布し、有効範囲内の魔族を無力化する装置です」

言い切ってから、「がらにもなく正しい言葉づかいをしている」とシルビオは自嘲する。

「ふむ。興味深いですが、ガスだとすぐに拡散してしまって効果が薄いのでは?」

スタフティの指摘がシルビオを現実に引き戻す。即座にその点に気付くとは、この将軍は間違いなくチャラいが、バカではないのかもしれない。

「流体制御魔法を組み込んだので、一定範囲内にガスを留めることが可能です。また、熟練した魔術師が装置を操作することで、流れていく方向をコントロールすることも可能です」

スタフティは驚いた表情で、身を乗り出す。

「流体制御ってマジ? 難易度超高いっしょ。でも、コントロールできるっつーことは、攻撃にも防御にも使えちゃうワケ? あ、それで金山も遅滞行動もヤッちゃお…」

「コホン」

「失礼。ええと…、ご提案いただいた、作戦の狙いや秘策は理解できました」

椅子に座り直して背筋を伸ばしつつ、スタフティは神妙な表情を浮かべて続ける。

「しかし、一軍を率いる将として、現段階で効果の不確かな新兵器を信用することはできません。ですから、少なくとも金山に兵を割くことはできません」


スタフティの決然とした態度を見て、女将さんは対照的に嬉しそうな顔で答える。

「ご判断は至極当然だと思います。ですから、当方もそれを踏まえた上で、詳細な戦術案をご用意しました。説明してもよろしいですか」

「勿論です」

もはや、女将さんが場の支配者であるのは、誰の目にも明らかである。

「まず、2面作戦の1面であるラマヒラール金山につきましては、当ギルド単独で攻略を進めます」

「軍の力は借りないと?」

「はい」

「分かりました。では、もう1面のエパメダの方はどうされますか?」

「鷹峰さん、地図を」

「はい。どうぞ」

鷹峰も、もはや主導権を取ることを諦めた様子だ。指示された通りにエパメダの周辺地図を取り出して素早く広げている。

「まず魔族軍の進軍予測です。魔族軍はリリオの森を突っ切り、6月10日に市街地南のエパメダ平原に着陣し、街に攻撃を開始すると予測されます。この攻撃開始を最低でも19日まで遅延させます」

「金山を攻略できるのがそのタイミングだと?」

「ええ、ロッサキニテ出発が最速で6月6日、到着と包囲開始が同8日。そこから10日間で金山を落とし、1晩で情報が伝われば、19日朝に魔族は撤退するでしょう」

驚いたことに、女将さんの頭の中に作戦工程が完璧にインプットされている。メンバーから聞きかじった程度であろうに、なぜここまで理路整然としているのかと、シルビオは恐怖すら覚える。

「工程は分かりました。それで、新兵器はこの1~4の位置に?」

「ええ。初期はその位置に置いて進軍を妨害します。効果範囲には敢えて隙間を設けていますが、その意図はお分かりですね?」

少し挑発するような口調で女将さんが訊くと、スタフティは即答する。

「軍の伏兵部隊を置き、隙間に突出した敵を包囲殲滅でしょうか」

やはりこの将軍は只者ではない。物事の先読み速度が尋常ではないとシルビオは確信する。

「さすが"心眼"のスタフティ将軍。御明察です」

そんな異名が有るのなら、先に教えてくれ。

「ありがとうございます」

スタフティは礼を言ってから腕を組み、周囲に聞こえる程度の音量で独り言を唱え始める。

「眠りにくい無機系、ゴーレムが先行してくれば、包囲殲滅でよし。兵器狙いで来るなら落とし穴で対処。森ごと焼けば、いや、鎮火まで10日間じゃ足りねぇ。北側迂回は山道でニブるし、新兵器をそちらに置き直せばいい」

スタフティは猛烈なスピードで魔族軍の打開策を洗い出しつつ、それに対する公国軍の対処策を羅列していった。

「おそらく、懸念は1つですね。南の海岸に迂回された場合はどうしますか?」

そして、一番の難点に行きついた。相談に乗ってくれたボメルですらこれには対処が思いつかず、「海岸迂回は諦めるしかない」という結論だった。2日前までは。

「その一点は私達も対策に苦慮しました。ただ、鷹峰さんが奇策を思いついたのです」

2章17後編に続く

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