フェニックスファイナンス-2章16『ないという証拠』後編
2章16『ないという証拠』後編
ビブランはなんとか証拠の穴をみつけようとするが、鷹峰はそれを切って捨てる。
「残念ながら、その可能性はありません。取引記録が無いからです」
ゴブダーン織はその文化的価値を保護・管理する目的から、取引記録を残すことが法律で義務付けられている。オプタティオ公国内で、市場価値250万フェンを超えるゴブダーン織を売買したり、譲渡したりする場合は、取引する双方の代表者が揃った上で公国役場に織物の現物を持ち込み、専門の役人立会のもとで取引記録書類を作成して申請しなければいけない。
「ビブラン大臣もご存知の通り、オプタティオ公国内で高価なゴブダーン織を取引しようとすると、取引記録を残さないといけません」
「法律を知らなかったのでは…?」
「取引する双方がですか? 素人ならまだしも、古物商や織物商を営んでいる人間がこの法律を知らないというのはありえませんよ。それに、ここ2年でテッセラ商事が取り扱った他のゴブダーン織の取引記録は、累計50反ほど残っています」
「うぬぬぬ…」
「では、なぜ記録が残っていないのか。考えられる理由は2つです。『テッセラ商事がゴブダーン織を強奪した主犯であり、どこからも購入していない』か、『盗品だと分かっていて購入したため、記録を残せなかった』のどちらかです」
「万事休すか…」
「なぜ犯罪者目線で万事休しているのですか」と、さらに嫌味を言おうかと考えた鷹峰だが、さすがに哀れに思って話を進める。
「大臣、クレアツィオン連合の金融の中心地はサピエンだそうですね。もし、パモストン子爵がこの件に激怒し、オプタ銀がサピエンでの取引を制限されてしまうとどうなりますか?」
ビブランはテーブルに両手をつき、苦虫を10匹くらい噛み潰した表情で答える。
「……、3日ともたずに破綻するだろうな」
「そうでしょうね」
「貴様はどうしたいのだ? そうやってオプタ銀を潰したいのか? それとも、オプタ銀の救済をさせて、公国の金庫をカラにするつもりか?」
鷹峰の生まれた世界でも、ルヌギアにおいても、一定以上の経営規模を誇る金融機関は「too big to fail(大きすぎて潰せない)」と言われている。金融機関という『貸し手』がいなくなると、資金不足からドミノ倒しのように連鎖倒産が起きる可能性があるため、大きい金融機関が経営危機に陥いった場合は、国家が何とかして救済しなければならない。
しかし、オプタティオ公国は絶賛資金難状態である。このタイミングでオプタ銀行が経営危機を迎えなどしたら、「軍事費をカットしてエパメダ防衛を諦め、オプタ銀行を助ける」か、「オプタ銀行存続を諦めて、エパメダ防衛に金を注ぎ込む」かの二者択一を迫られてしまう。
「そうして欲しいですか?」
いたずらっぽく問い返す鷹峰に、大臣はプルプルと首を横に振る。
「ははは、私もそこまでバカではありません。そんなことをしたら、ロッサキニテだけでなく、公国ごと経済が死にますからね」
「潰す気は無いということか?」
「ええ。ビブラン大臣次第ですが」
そう言って鷹峰はビブランの目を見つめる。蒼白になっていたビブランだが、鷹峰にオプタ銀を潰す意思がないことが分かり、幾分落ち着きを取り戻す。
ビブランはテーブルの上に乗り出すような姿勢を止め、ソファに体を預けてから、観念して諦めた様子で問う。
「要求はなんだ?」
「落ちた」という確信を得て、鷹峰はニコリと営業スマイルを浮かべる。
「話が早くて助かります。要求は2つです。まず1つ目ですが、公国軍のトップを紹介してください」
「軍の? 理由は?」
「詳細は申せませんが、魔族との戦争において、被害を小さくするアイテムを売り込むためです。負傷者の医療費や見舞金による国庫負担が減りますから、ビブラン大臣にも利のある話ですよ」
「なんだそれは。怪しいアイテムだな」
面倒な話だとビブランは感じた。しかし、自軍トップの"生意気な若輩者"の顔を思い浮かべて考えを変える。「効果が出れば自分の手柄にすればよい。効果が出なければ、アイテムを採用した軍トップに責任をなすり付ければよい。どちらでも得だ」と政治家らしい計算が立ったのだ。
「だがまぁ…、いいだろう。軍トップのスタフティ将軍を紹介してやる。要求のもう1つは?」
「オプタ銀行のザンザラ頭取とビブラン大臣の会談アポを取ってくれませんか。私もそこに同席して、頭取にバルザー金庫の一件の損害賠償を求めます」
「ワシが同席する必要はないだろう。頭取宛にキミの紹介文を書いてやるから、直接交渉してくればいい」
そう言って突き放そうとしたビブランの耳に、鷹峰の悪魔のささやきが突き刺さる。
「ビブラン大臣、オプタ銀から軍事資金の融資を引き出したくはありませんか?」
「ダメだ、この男の言うことに耳を傾けてはダメだ」とビブランは思うのだが、公国の資金難に対処しなければいけないという立場上、垂らされたクモの糸にすがらざるをえない。
「どういうことだ?」
「つまりですね…」
鷹峰はオプタ銀を切り崩す策をビブランに語り始めた。
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