フェニックスファイナンス-2章15『実験しようそうしよう』後編
2章15『実験しようそうしよう』後編
「はーい。いきますよー」
レッドの実験開始指示を受けて、ハイディが鏑矢(かぶらや)を上空に向けて放つ。鏑矢がヒューンと甲高い音を鳴り響かせるのを聞きながら、レッドはフラスコ下部のスイッチを入れる。
同時にシルビオは目を瞑って流体制御魔法を起動する。装置にかざした右手のすぐ下に、半径50センチ程度の青白い魔法陣が展開され、装置上部から薄白い湯気が吐き出され始める。
「美しい。スマーテストな魔法陣だ」
とレッドは最大級の感嘆を表す。魔法陣の精緻さは、魔術師の技術と知識に依存する。流体制御という超高難度魔術を使いこなせる天才と共に開発を進められることが、心底幸福に感じられる。そういった幸福を感じながら装置の起動チェックをしていると、背後からハイディの声がかかる。
「ああー、やっぱり何匹か寄ってきますねー」
「想定通り、異変を感知して攻撃してきましたか。排除しましょう」
レッドは気を取り直して、「自分も少しは戦えるところを見せよう」と意気込み、まずまず得意とする火炎魔法をお見舞いしようと振り向く。
「ファイア…、えっ」
しかし、最初に寄って来たと思われる3匹のニククラゲ達は、既に2本の矢で焼き鳥のように串刺しにされ、砂浜に落ちてもがいている。
「次々来ますねー」
緊張感の薄い声でボヤきつつ、ハイディは次の獲物に矢を放つ。1本の矢が2匹、3匹を貫通して突き刺さっていく。
「命中率100%、いや150%とでも言うべきか」などとレッドは考える。
一方、装置から200メートル地点では、ソニアが5匹のニククラゲを槍で串刺しにしている。
「ほんとに、スマートな人ばかりで嬉しくなりますね」
思わず心の高鳴りを覚える。世の中には、多種多様にスマートな人材がいるものだ。
1、2分ほどニククラゲとの攻防が続いたが、起動から3分が経過すると、レッドとハイディに向かって来るニククラゲの動きが明らかに緩慢になった。攻撃するまでもなく、砂浜に突っ込むように落ちていく個体も散見される。
「効果が出始めましたね」
「すごいですねー。世紀の大発明かもしれませんねー」
「はは、それは褒め殺しです」
ハイディが真顔で絶賛したため、レッドは照れくささを隠すように言ってから、気を取り直して実験のための指示を出す。
「効果時間の確認がしたいので、手前に落ちた3匹と、あの岩の上の2匹は生かしたままにしてください」
「はーい」
レッドが視線を上げて遠くを見やると、砂浜のあちこちでニククラゲが地面に落ちて失神しているのが分かる。
装置から200メートルの地点では、次男のグリーンが熱っぽくソニアに何やら解説しつつ、木の枝で墜落したニククラゲをつついている。グリーンは美人を前にすると、いつもああだ。
起動から6分が過ぎると、400メートル、600メートル地点でも、撒き餌の肉塊に群がっていたニククラゲは全て砂浜に落ちて睡眠状態になった。三男のイエローと四男のパープルが両手を上げて大きく丸印をつくり、遠距離でも効果アリというサインを送ってくる。
「どう? 順調?」
シルビオが目を開けてレッドに尋ねた。
「効き目は極めてスマートですね。砂浜に上がったニククラゲで、浮遊状態の個体はありません」
「オッケー、あとは自動モードでいいかな」
「ええ。今のうちにサンプル以外は処理しましょう」
ニククラゲは水分が蒸発すると肉体を維持できないため、晴れた日に4,5時間も砂の上で眠らせておけば勝手に絶命する。しかし、触手の毒は分解されずに残ってしまうので、無害化処理が必要なのだ。
レッドは、依頼主の観光組合から支給された無害化用粉末(毒の分解酵素を含有)を出すように、青い服を着た五男に声をかける。
「おーい! シアン!」
「なぜ、五男は『ブルー』ではないのか?」とハイディは不思議に思う。とは言え、複雑な家庭環境などがバックボーンにあると面倒だし、「深淵な理由がありまして…」と、一般的に大した理由でもないことを、レッドが長々語り始めてもやっぱり面倒なので、なかなか聞き出せずにいる。
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