フェニックスファイナンス-2章14『正面突破』後編
2章14『正面突破』後編
「イゴールさん、今私は『ほとんど正解』と申しました。確かに、我々はラマヒラール金山を支配下に置きたいと考えていますが、イゴールさんから買いたいのは金山の所有権ではありません」
そう口にしてから鷹峰はイゴールの顔を見る。不安半分、疑念半分といった表情である。
この不安と疑念を払拭するのだと鷹峰は強く決意し、ゆったりと、かつハキハキとフェニックスファイナンスからの提案を示す。
「我々がイゴールさんから購入したいのは、ロッサ金属鉱山ギルドのギルド所有権です。所有権の6割を我々に買い取らせていただきたい。もしこの提案を飲んでくださるのであれば、現在ロッサ金属鉱山の抱える全ての負債は、金山の奪還成否にかかわらず、我々フェニックスファイナンスが責任を持って処理いたします」
意外な提案に、イゴールは呆気にとられる。
「なんと……。ええと、つまり、ギルド所有権の6割と借金全部を交換するということですかな。それはまた…」
確かに、単純なラマヒラール金山の売買契約と、ギルド所有権の売買契約ではワケが違う。だが、どうしてそんな回りくどい提案をするのかとイゴールは戸惑う。
「ううむ、金山ではなく、ギルド所有権の方を所望される理由はなんでしょう?」
イゴールが唸るように口にした問いを聞き、「食いついた」という感触を鷹峰は得る。
「理由は簡単です。我々に金山を運営するノウハウや人脈が無いからです。ソニアとシルビオがいますから、泊まり込みで金山を防衛しつつ、細々と金鉱石を採掘することはできるかもしれません。しかし、ラマヒラール金山での採掘作業を最大効率で稼働させるのは至難ですし、高値で売却できるような販路の見通しもありません。また、金山以外のビジネスと同時経営しようとすると、マンパワー的に"どだい"不可能です。しかし、これを解決できる人材・そしてギルドが1つだけあります」
もう1度鷹峰はイゴールの顔を見る。不安と疑念一色だった彼の表情に、僅かながら期待のようなものが垣間見える。
鷹峰はテーブルの上に軽く身を乗り出し、イゴールの目を見つめて言った。
「もう、お分かりですよね。それは他でもありません。イゴールさんと、ロッサ金属鉱山ギルドです。我々がラマヒラール金山を奪還して利益を得るには、金山の所有権だけでは足りません。あなたとロッサ金属鉱山ギルドの持つ運営ノウハウや人脈が不可欠なのです」
「私とギルドを評価してくださるのは嬉しいです。ただ、もう少しお聞かせください。なぜ6割なのですか?」
この質問に対して、鷹峰は若干表情を硬くしつつ答える。
「私は今後も様々な事業に手を出していきたいと考えています。そして、それを実現するには各事業の決定権を握ることが必須です。そのため、所有権の過半数をこちらが保有し、かつイゴールさんの発言権と所有権を最大限に残すラインとして、6割という数字を設定しました。ただ、実際の金山運営においては、イゴールさんに一任したいと考えています。金山を稼働させ、安定的に利益を出していただけるのであれば、細かく指図しようとは思っていません」
そして、鷹峰は少し表情を和らげて、イゴールに問いかける。
「どうでしょうか? 我々とイゴールさんが共同経営するという形で金山を獲り返し、ロッサ金属鉱山を再建しませんか?」
鷹峰の問いを受け、イゴールは顎に手をあてて黙考に入る。
実質的に考えれば、金山を売却するのも、ギルド所有権を売却するのも大きくは変わらないと言えるかもしれない。ギルド所有権の6割を鷹峰達フェニックスファイナンスに握られるということは、金山の過半も鷹峰達のモノになるということだ。
だが、イゴールは鷹峰の提案に不思議と嫌悪感が湧いてこなかった。むしろ、魅力的にすら感じた。この差はなんだろうか。自分の顔が立つように、自分が打ち込むミッションが残るように配慮してくれたからだろうか。
「そうですね、6割ですか…」
思考時間を稼ぐようにイゴールは呟く。
そして、自分の吐いた言葉を自分で耳にして、はたと気付いた。
鷹峰は「決定権は自分が握る」という意思を明確に示して6割という数字を提示した。
おそらく、4割とか5割を要求してイゴールの顔色を伺いつつ、条件をいくつか付加して、実質的に決定権を握る選択肢もあったはずである。
もしくは、バルザーから負債を買い取って、差し押さえという形で金山やギルドを奪い取るという選択肢もあったはずだ。
「鷹峰さん、最後に1つ聞きたいのですが、譲渡する所有権を4割程度にして私を油断させ、条件を色々とつけて実質的に操るという選択肢は考えなかったのですか? あるいは、バルザー金庫からさっさと債権を買い取って、ウチを差し押さえるとか」
「勿論、そう言った選択肢も考えました。正直に申しますと、4割案も頭の中で用意だけはしていました。ただ…」
鷹峰はそこまで言ってから、肩を少しすくめて、笑みを浮かべて続けた。
「そういう"おためごかし"は、イゴールさんに通用しないと思ったんです。だから、正面突破にしました」
「なるほど」
イゴールは、自分が心地よく感じたものの正体に気付いた。
それは、鷹峰の『潔さ』であった。
自分の理念や意思に基づき、責任と覚悟をもって決断する。そして、引き込みたい相手に対しては胸襟を開いて、率直であろうとする。その鷹峰の『潔さ』に、惹かれてしまったのだ。
そう納得がいくと、提案に対する答えなど考えるまでもなくなってしまった。
「分かりました。鷹峰さん、その話に乗りましょう」
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