フェニックスファイナンス-2章14『正面突破』前編

2020年4月11日

前回までのあらすじ

ルヌギアという異世界に転移した鷹峰亨は、債務整理ビジネスや投機に手を出した。しかし、魔族側からの思わぬ横槍を受けて利益を圧迫されてしまった鷹峰は、リベンジを期すためにラマヒラール金山の奪還に向けて動き始める。

2章14『正面突破』前編

ルヌギア歴 1685年 5月30日 ロッサキニテ・アローズバー『鳥の巣』

約1ヶ月前、アローズバー『鳥の巣』の店舗を作る際、ゆっくりと客人と話ができるようにとの鷹峰の要望から、店内の奥まったところに個室が1つだけ設置された。

この日、鷹峰はその個室に最初の客を招いて夕食を共にした。その客とは、ロッサ金属鉱山のギルドオーナーであるイゴールである。

「いやあ、こんな美味しい物を食べたのは久しぶりですよ。ごちそうさまでした」

海鮮を中心にしたコースをたいらげ、フォークとナイフを行儀よく揃えてテーブルに置いたイゴールは、軽くお辞儀しつつ満足げにそう言った。

「お恥ずかしながら、借金苦でまともなものを最近食べていませんでしたので…。ちょっと泣きそうですよ」

イゴールにつられるように、鷹峰も表情を崩して応える。

「お口に合ったようで何よりです。コースを毎回とまではいきませんが、比較的お安く、お腹の膨れるメニューも揃えていますので、また気が向いたならばお越しください。イゴールさんであれば、ツケ払いでも構いません」

「いやはや、今の私にツケを許しても焦げ付くだけですよ」

そう言ってからイゴールはグラスに残ったビールを飲み干して口を潤す。

「さて、本日の用件は何ですかな。ただ私に御馳走を振舞いたくて、招待したというワケではないでしょう」

「いやいや、御馳走したいというのは私の本心ですよ」

鷹峰は冗談めかしつつビール瓶を持ってイゴールに向けるが、イゴールが手をかざしてそれを止めたため、代わりに空のグラスに水を注いで手渡した。

「ただ、用件があるというのも間違いありません」

「伺いましょう」

鷹峰はコクリと頷き、背筋を伸ばすように座り直す。

「イゴールさんは、オプタティオ前線が近々一戦起こそうとしていることをご存知ですか?」

「勿論です。それに備えて、公国軍本隊の移動も始まっているそうですしね。ターゲットはエパメダとか」

ここ数日、戦を大きくしたいエフィアルテスあたりが噂を広めているのか、ロッサキニテの街中で魔族との一戦が世間話のメインテーマになっている。イゴールの耳に届いているのも当然だろう。

「ええ。こちらも色々と探ってはいますが、エパメダで大きな戦を起こそうとしているのは間違いないようですね。早ければ、10日後くらいにはエパメダ近郊で、魔族と人間が睨み合うような状況になるでしょう」

鷹峰は手酌で水を自分のグラスに注ぎながら続ける。

「ボメルさんが言うには、エパメダの地形的な特徴から、大軍同士が正面衝突して激しい戦になるのではないかとのことでした。ええと、ボメルさんとはお知り合いですよね?」

「知っていますよ。やたら声の大きいハゲ親父の事でしょう。もう20年来の付き合いです」

イゴールはいたずらっぽい笑みを浮かべてそう答えた。嫌味を言い合えるくらいに、信頼し合っている仲なのだろうと鷹峰は推察する。

「あはは、その特徴を肯定すると本人に怒られそうですね」


そう言って水を一口含んでから、鷹峰はゆったりと言った。

「では、ここからが本題です。我々はこの戦争を止めようと画策しています」

鷹峰の宣言にイゴールは驚き、目を見開いた。

イゴールは20数年に渡ってラマヒラール金山を運営しており、魔族との衝突を幾度も経験してきた。だからこそ『魔族の行動を止める』ということがいかに難しいか、彼は身をもって理解している。

「それはまた……、本気でおっしゃっていますか?」

「本気です」

「ほぅ、どのようにして?」

「色々とギミックは考えていますが、基本的には、オプタティオ前線が軍を退かざるをえない状況を作ろうかと考えています」

鷹峰は少し勿体ぶるように、やや婉曲的な表現で答えた。そして、一息置いてからネタ明かしをしようとしたが、イゴールがそれを制するように口を開く。

「なるほど。それで、私を呼んだのですね。ラマヒラール金山の所有権を売ってくれということですな」

今度は鷹峰が驚く。金山と言う難しい土地を20数年も守りつつ利益を上げてきた経営者であるから、きっと優秀な人間なのだろうと予測はしていたが、ここまで頭の回転が速いとは予想外だった。こんな砂粒のようなキーワードから、真意の8割くらいを見抜かれたことに感嘆を禁じ得ない。

そんな鷹峰を見て、イゴールは少し得意げになりながら推論を展開する。

「ボメルやソニアから聞いているでしょうが、ラマヒラール金山は軍事戦略上の重要地点です。ラマヒラール金山を押さえれば、魔族は本拠地の防備を固めるために退却せざるをえない」

鷹峰は黙って何度も頷き、イゴールの話を促す。

「ただし、鷹峰さんたちが魔族から金山を奪還したとしても、法律によって所有権は私に戻ってしまい、フェニックスファイナンスとしては儲からない。それ故に、先んじて今の内に所有権を購入しておきたい。といったところでしょうか?」

「おみそれしました。ほとんど正解です」

鷹峰は即答した。イゴールはそれを聞いて少し微笑んだあと、もの悲しい表情を浮かべる。

「ううむ。確かに、このまま私が持っていても宝の持ち腐れではありますが…」

そう言って、イゴールは言葉を失う。

資金難に喘いでいるロッサ金属鉱山では、金山を獲り返すような行動を起こすことは現実的に不可能である。そして、イゴールもそのことを痛いほど分かっている。

だが、イゴールにとってラマヒラール金山は、『何物にも代えがたい大事な存在』でもある。ラマヒラール金山は、彼が人生の多くの時間と労力を費やし、育て、守ってきた場所なのだ。そう簡単に、「じゃあ〇〇フェンで」と売れる代物ではない。

だからこそ、鷹峰は金山をイゴールの手から離そうとは思っていなかった。

2章14後編に続く

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