今日から始める異世界M&A-2章14『正面突破』

前回までのあらすじ

ルヌギアという異世界に転移した鷹峰亨は、債務整理ビジネスや投機に手を出した。しかし、魔族側からの思わぬ横槍を受けて利益を圧迫されてしまった鷹峰は、リベンジを期すためにラマヒラール金山の奪還に向けて動き始める。

2章14『正面突破』

ルヌギア歴 1685年 5月30日 ロッサキニテ・アローズバー『鳥の巣』

約1ヶ月前、アローズバー『鳥の巣』の店舗を作る際、ゆっくりと客人と話ができるようにとの鷹峰の要望から、店内の奥まったところに個室が1つだけ設置された。

この日、鷹峰はその個室に最初の客を招いて夕食を共にした。その客とは、ロッサ金属鉱山のギルドオーナーであるイゴールである。

「いやあ、こんな美味しい物を食べたのは久しぶりですよ。ごちそうさまでした」

海鮮を中心にしたコースをたいらげ、フォークとナイフを行儀よく揃えてテーブルに置いたイゴールは、軽くお辞儀しつつ満足げにそう言った。

「お恥ずかしながら、借金苦でまともなものを最近食べていませんでしたので…。ちょっと泣きそうですよ」

イゴールにつられるように、鷹峰も表情を崩して応える。

「お口に合ったようで何よりです。コースを毎回とまではいきませんが、比較的お安く、お腹の膨れるメニューも揃えていますので、また気が向いたならばお越しください。イゴールさんであれば、ツケ払いでも構いません」

「いやはや、今の私にツケを許しても焦げ付くだけですよ」

そう言ってからイゴールはグラスに残ったビールを飲み干して口を潤す。

「さて、本日の用件は何ですかな。ただ私に御馳走を振舞いたくて、招待したというワケではないでしょう」

「いやいや、御馳走したいというのは私の本心ですよ」

鷹峰は冗談めかしつつビール瓶を持ってイゴールに向けるが、イゴールが手をかざしてそれを止めたため、代わりに空のグラスに水を注いで手渡した。

「ただ、用件があるというのも間違いありません」

「伺いましょう」

鷹峰はコクリと頷き、背筋を伸ばすように座り直す。

「イゴールさんは、オプタティオ前線が近々一戦起こそうとしていることをご存知ですか?」

「勿論です。それに備えて、公国軍本隊の移動も始まっているそうですしね。ターゲットはエパメダとか」

ここ数日、戦を大きくしたいエフィアルテスあたりが噂を広めているのか、ロッサキニテの街中で魔族との一戦が世間話のメインテーマになっている。イゴールの耳に届いているのも当然だろう。

「ええ。こちらも色々と探ってはいますが、エパメダで大きな戦を起こそうとしているのは間違いないようですね。早ければ、10日後くらいにはエパメダ近郊で、魔族と人間が睨み合うような状況になるでしょう」

鷹峰は手酌で水を自分のグラスに注ぎながら続ける。

「ボメルさんが言うには、エパメダの地形的な特徴から、大軍同士が正面衝突して激しい戦になるのではないかとのことでした。ええと、ボメルさんとはお知り合いですよね?」

「知っていますよ。やたら声の大きいハゲ親父の事でしょう。もう20年来の付き合いです」

イゴールはいたずらっぽい笑みを浮かべてそう答えた。嫌味を言い合えるくらいに、信頼し合っている仲なのだろうと鷹峰は推察する。

「あはは、その特徴を肯定すると本人に怒られそうですね」

そう言って水を一口含んでから、鷹峰はゆったりと言った。

「では、ここからが本題です。我々はこの戦争を止めようと画策しています」

鷹峰の宣言にイゴールは驚き、目を見開いた。

イゴールは20数年に渡ってラマヒラール金山を運営しており、魔族との衝突を幾度も経験してきた。だからこそ『魔族の行動を止める』ということがいかに難しいか、彼は身をもって理解している。

「それはまた……、本気でおっしゃっていますか?」

「本気です」

「ほぅ、どのようにして?」

「色々とギミックは考えていますが、基本的には、オプタティオ前線が軍を退かざるをえない状況を作ろうかと考えています」

鷹峰は少し勿体ぶるように、やや婉曲的な表現で答えた。そして、一息置いてからネタ明かしをしようとしたが、イゴールがそれを制するように口を開く。

「なるほど。それで、私を呼んだのですね。ラマヒラール金山の所有権を売ってくれということですな」

今度は鷹峰が驚く。金山と言う難しい土地を20数年も守りつつ利益を上げてきた経営者であるから、きっと優秀な人間なのだろうと予測はしていたが、ここまで頭の回転が速いとは予想外だった。こんな砂粒のようなキーワードから、真意の8割くらいを見抜かれたことに感嘆を禁じ得ない。

そんな鷹峰を見て、イゴールは少し得意げになりながら推論を展開する。

「ボメルやソニアから聞いているでしょうが、ラマヒラール金山は軍事戦略上の重要地点です。ラマヒラール金山を押さえれば、魔族は本拠地の防備を固めるために退却せざるをえない」

鷹峰は黙って何度も頷き、イゴールの話を促す。

「ただし、鷹峰さんたちが魔族から金山を奪還したとしても、法律によって所有権は私に戻ってしまい、フェニックスファイナンスとしては儲からない。それ故に、先んじて今の内に所有権を購入しておきたい。といったところでしょうか?」

「おみそれしました。ほとんど正解です」

鷹峰は即答した。イゴールはそれを聞いて少し微笑んだあと、もの悲しい表情を浮かべる。

「ううむ。確かに、このまま私が持っていても宝の持ち腐れではありますが…」

そう言って、イゴールは言葉を失う。

資金難に喘いでいるロッサ金属鉱山では、金山を獲り返すような行動を起こすことは現実的に不可能である。そして、イゴールもそのことを痛いほど分かっている。

だが、イゴールにとってラマヒラール金山は、『何物にも代えがたい大事な存在』でもある。ラマヒラール金山は、彼が人生の多くの時間と労力を費やし、育て、守ってきた場所なのだ。そう簡単に、「じゃあ〇〇フェンで」と売れる代物ではない。

だからこそ、鷹峰は金山をイゴールの手から離そうとは思っていなかった。


「イゴールさん、今私は『ほとんど正解』と申しました。確かに、我々はラマヒラール金山を支配下に置きたいと考えていますが、イゴールさんから買いたいのは金山の所有権ではありません」

そう口にしてから鷹峰はイゴールの顔を見る。不安半分、疑念半分といった表情である。

この不安と疑念を払拭するのだと鷹峰は強く決意し、ゆったりと、かつハキハキとフェニックスファイナンスからの提案を示す。

「我々がイゴールさんから購入したいのは、ロッサ金属鉱山ギルドのギルド所有権です。所有権の6割を我々に買い取らせていただきたい。もしこの提案を飲んでくださるのであれば、現在ロッサ金属鉱山の抱える全ての負債は、金山の奪還成否にかかわらず、我々フェニックスファイナンスが責任を持って処理いたします」

意外な提案に、イゴールは呆気にとられる。

「なんと……。ええと、つまり、ギルド所有権の6割と借金全部を交換するということですかな。それはまた…」

確かに、単純なラマヒラール金山の売買契約と、ギルド所有権の売買契約ではワケが違う。だが、どうしてそんな回りくどい提案をするのかとイゴールは戸惑う。

「ううむ、金山ではなく、ギルド所有権の方を所望される理由はなんでしょう?」

イゴールが唸るように口にした問いを聞き、「食いついた」という感触を鷹峰は得る。

「理由は簡単です。我々に金山を運営するノウハウや人脈が無いからです。ソニアとシルビオがいますから、泊まり込みで金山を防衛しつつ、細々と金鉱石を採掘することはできるかもしれません。しかし、ラマヒラール金山での採掘作業を最大効率で稼働させるのは至難ですし、高値で売却できるような販路の見通しもありません。また、金山以外のビジネスと同時経営しようとすると、マンパワー的に”どだい”不可能です。しかし、これを解決できる人材・そしてギルドが1つだけあります」

もう1度鷹峰はイゴールの顔を見る。不安と疑念一色だった彼の表情に、僅かながら期待のようなものが垣間見える。

鷹峰はテーブルの上に軽く身を乗り出し、イゴールの目を見つめて言った。

「もう、お分かりですよね。それは他でもありません。イゴールさんと、ロッサ金属鉱山ギルドです。我々がラマヒラール金山を奪還して利益を得るには、金山の所有権だけでは足りません。あなたとロッサ金属鉱山ギルドの持つ運営ノウハウや人脈が不可欠なのです」

「私とギルドを評価してくださるのは嬉しいです。ただ、もう少しお聞かせください。なぜ6割なのですか?」

この質問に対して、鷹峰は若干表情を硬くしつつ答える。

「私は今後も様々な事業に手を出していきたいと考えています。そして、それを実現するには各事業の決定権を握ることが必須です。そのため、所有権の過半数をこちらが保有し、かつイゴールさんの発言権と所有権を最大限に残すラインとして、6割という数字を設定しました。ただ、実際の金山運営においては、イゴールさんに一任したいと考えています。金山を稼働させ、安定的に利益を出していただけるのであれば、細かく指図しようとは思っていません」

そして、鷹峰は少し表情を和らげて、イゴールに問いかける。

「どうでしょうか? 我々とイゴールさんが共同経営するという形で金山を獲り返し、ロッサ金属鉱山を再建しませんか?」

鷹峰の問いを受け、イゴールは顎に手をあてて黙考に入る。

実質的に考えれば、金山を売却するのも、ギルド所有権を売却するのも大きくは変わらないと言えるかもしれない。ギルド所有権の6割を鷹峰達フェニックスファイナンスに握られるということは、金山の過半も鷹峰達のモノになるということだ。

だが、イゴールは鷹峰の提案に不思議と嫌悪感が湧いてこなかった。むしろ、魅力的にすら感じた。この差はなんだろうか。自分の顔が立つように、自分が打ち込むミッションが残るように配慮してくれたからだろうか。

「そうですね、6割ですか…」

思考時間を稼ぐようにイゴールは呟く。

そして、自分の吐いた言葉を自分で耳にして、はたと気付いた。

鷹峰は「決定権は自分が握る」という意思を明確に示して6割という数字を提示した。

おそらく、4割とか5割を要求してイゴールの顔色を伺いつつ、条件をいくつか付加して、実質的に決定権を握る選択肢もあったはずである。

もしくは、バルザーから負債を買い取って、差し押さえという形で金山やギルドを奪い取るという選択もあったはずだ。

「鷹峰さん、最後に1つ聞きたいのですが、譲渡する所有権を4割程度にして私を油断させ、条件を色々とつけて実質的に操るという選択肢は考えなかったのですか? あるいは、バルザー金庫からさっさと債権を買い取って、ウチを差し押さえるとか」

「勿論、そう言った選択肢も考えました。正直に申しますと、4割案も頭の中で用意だけはしていました。ただ…」

鷹峰はそこまで言ってから、肩を少しすくめて、笑みを浮かべて続けた。

「そういう”おためごかし”は、イゴールさんに通用しないと思ったんです。だから、正面突破にしました」

「なるほど」

イゴールは、自分が心地よく感じたものの正体に気付いた。

それは、鷹峰の『潔さ』であった。

自分の理念や意思に基づき、責任と覚悟をもって決断する。そして、引き込みたい相手に対しては胸襟を開いて、率直であろうとする。その鷹峰の『潔さ』に、惹かれてしまったのだ。

そう納得がいくと、提案に対する答えなど考えるまでもなくなってしまった。

「分かりました。鷹峰さん、その話に乗りましょう」

~~続く~~

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