フェニックスファイナンス-2章13『純金取扱注意』中編
2章13『純金取扱注意』中編
クヌピ・テッセラは元オプタ銀行行員である。銀行員時代の成績は平凡で、取り立てて実績のある方では無かった。「チーッス万年係長さん」と、融資畑で稼ぎ柱となった後輩からバカにされる、資産管理部門の人間であった。
そもそも彼は銀行員という仕事に前向きではなかった。子供の頃から美術品や貴金属に興味があり、今やっているような古物商を志望していたが、教育に厳しかった親の影響から銀行員になってしまったのだ。
ただ、彼が幸運だったのは優秀な同期が3人居たことだ。その3人の後押しがあったからこそ、クヌピはオプタ銀行の資本でテッセラ商事を立ち上げ、夢だった古物商ギルドのオーナーに就くことができた。オプタ銀行グループの看板があるため、高額な芸術品などを取り扱うこともあり、充実した日々を過ごしていると言える。
「何だか重心がズレてないかこのインゴット…。鑑定に回した方がいいかなぁ」
クヌピは、手に取った金のインゴットに違和感を抱いてそう呟く。仕事柄、金のインゴットなどに触れる機会はあるが、金属鑑定の専門家とはとても言えないため、本格的な鑑定はどうしても外部頼みになる。
「この辺の貴金属商はロッサ金属鉱山と顔なじみだから、足がつきかねないしなぁ」
ロッサキニテに拠点を置く貴金属商は、ラマヒラール金山を運営していたロッサ金属鉱山との関係が深い。それゆえ、インゴットを鑑定に出すと、強引な取り立てで奪った品だと知られる可能性があるのだ。
そんな風に裏ビジネスならではの悩みを浮かべている時だった。建物の外から大声で女の怒鳴る声が響いてきた。
「いいから早く案内してください! 人命がかかってるんですよ!」
何事かと驚いたクヌピは、金のインゴットをカウンターテーブル下のガラス棚に閉まってから、窓を開けて外を見る。
「何を迷っているんです!?」
こんどは聞いたことの無い男の声だ。その声に引かれるように顔を向けると、怒鳴り声の発生源は事務所のある建屋から10メートルほど離れた交差点であった。光石の街灯の下で、4人ほどの人物が何やら口論している。
「トネ…、警衛(けいえい)兵!?」
クヌピが驚いたのは、そこで怒鳴られている男が先ほど金のインゴットを持ち込んできたトネリだったこと。そして、怒鳴っている側の1人が、制服替わりの鉄の胸当てを装着した警衛兵の青年だということだ。
警衛兵はオプタティオ公国内の治安維持を担当する役人である。そういった立場の人間がトネリに詰め寄っていることに、微かに不安を覚える。
「知らないって言ってるだろ!」
トネリは強引に立ち去ろうとするが、警衛兵の右に立つ人相の悪い男に腕を掴まれる。
「タテマエ振りかざして逃げてる場合か! おめぇの上役が事務所ごと吹っ飛ぶぞ!」
そこに追撃するように、警衛兵の左手に立つショートカットの女性が捲し立て始める。
「あなたはトネリ・グリマルドさんですよね! あなたはこのままだと、傷害あるいは殺人に器物損壊、兵器の違法所有及び違法販売、さらに警衛業務妨害まで加わって禁錮9年は下りませんよ! それでもいいのですか!?」
「しらねぇよ! 忙しいんだ! 構わないでくれ!」
トネリは必死に逃げようとするが、男と警衛兵に体を掴まれる。状況は3対1だし、周囲に野次馬も集まってきており、逃げるのは難しそうである。
「上役が吹っ飛ぶ」とか「禁錮」という不穏な言葉を聞き、クヌピの脇下から嫌な汗が噴き出てくる。心臓の脈拍も速くなっているように感じる。
「いいですか! もう1度言います!」
女性はそう言いながら、逃げようとしたトネリの眼前に回り込んで、大きく息を吸い込む。
「昨日、フラッドがロッサ金属鉱山の事務所から回収した金のインゴットは、本物ではありません! 私共の関連ギルドが製造した、対魔族用のダミートラップの試作品です! 既定の場所から移動させて約2日が経過すると爆発するんです!」
「なっ!?」
クヌピは全身から血の気が引いていくことを実感しつつ、カウンター下のガラス棚に目を移す。
「ひ、…光っておる!?」
クヌピの驚愕と恐怖はさらに加速する。先ほどまで純金らしい光りを放っていた金のインゴットがゆっくりと点滅しているのだ。女の言っていたダミートラップがこのインゴットなのだと確信する。
「どうすれば…」
クヌピが半泣き声になりつつ呆然としていると、外からトネリの声が聞こえてくる。
「クソっ、分かったよ、こっちだ! ついて来い!」
「おい! 戻って来るんじゃない!」と怒鳴りたくなる衝動をこらえつつ、クヌピは周囲を見回して金のインゴットの隠し場所を探す。傭兵やトネリ達とテッセラ商事の関係、そして、強奪した品々がテッセラ商事に置かれているということがバレるのは非常にまずい。しかし、隠し場所が思いつかない。
金庫の中に入れるという案が頭に浮かぶが即座に脳内却下する。金庫内で爆発すると他の大事なものが木っ端みじんになりかねない。
かと言って、このまま棚に閉まった状態で爆発しては関係がバレバレになってしまうばかりか、爆発の規模によっては自分が怪我をしかねない。
窓から投げ捨てようかとも思うが、野次馬が多い以上、点滅してるインゴットは目立ちすぎる。
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