フェニックスファイナンス-2章13『純金取扱注意』前編

2020年4月11日

前回までのあらすじ

ルヌギアという異世界に転移した鷹峰亨は、債務整理ビジネスや投機に手を出した。債務整理の交渉を優位に進めるために、悪徳金融業者のビジネスモデルを明るみに出させようと策動を始めた。

2章13『純金取扱注意』前編

ルヌギア歴 1685年 5月30日 クライオリン・ソクノッス砦

「準備万端整いました。出撃の号令を願います」

円錐状のトゲがいくつも連なった鎧をガシャガシャと鳴らし、マーマン(半魚人)族のアミスタがデガドに近づいてきてそう言った。その姿は、『陸揚げされたハリセンボン』と形容(嘲笑)されるオプタティオ前線の戦場名物の一つである。

「…………」

この姿を見るたびに、「元々頑丈な鱗を持っているのに、そんな鎧を着ては機動性を失うだけだ」とデガドは思うのだが、なかなか切り出せずにいつもモヤモヤするばかりである。

「デガド様? いかがいたしましたか?」

「ああ、すまぬ。考えことじゃ」

デガドはコホンと一つ咳払いしてから大きく息を吸い込み、号令を発した。

「目標エパメダ! 全軍、進軍開始!」

「ははっ!」

この日、クライオリンに参集した株式会社オプタティオ前線の総兵力は約1万5千。道すがら、さらに5千が加わり、2万の兵力をもってエパメダに攻め込む計画となっている。これは、昨年のラマヒラール金山奪還戦の動員兵力と比較すると、5倍超の兵力である。

しかし、奇襲戦であった昨年の金山奪還戦と違い、今回はオプタティオ公国も魔族側の動きを察知して軍を動かし始めており、エパメダ近郊の平原にて総力戦となる予定である。

ふとデガドは空を見上げる。自分の今の心模様と同じく、雨が降り出しそうな、どんよりとした曇り空が広がっている。

「降らなければ良いのですが」

視線を上に向けたデガドに気付いたアミスタがそう言った。

「うむ。進軍が遅れるのは勘弁して欲しいものだが、こればかりはどうにもならぬ」

オプタティオ前線の主力は陸棲の獣魔族であるが、ゴーレム族など鈍足な種族も多数在籍しているため、進軍スピードの高速化には限界がある。激しい雨が降って、地面がぬかるんでしまえば、待機せざるをえない状況になる可能性もある。

「……。どれほどの魔族が生きて帰ってこれようかのぅ」

先行きに不安を感じ、神輿に乗るデガドは誰にも聞こえないくらいの声でボヤいた。

エパメダ近郊に到着するのは10日後の予定である。


ルヌギア歴 1685年 5月30日 ロッサキニテ・テッセラ商事事務所

「また金のインゴットか。まだまだ残ってるんだねぇ」

店舗兼事務所のカウンター内に立ち、クヌピ・テッセラは欠伸を噛み殺しながらそう言った。中肉中背で、どこにでもいるような自営業者のオッサン然とした印象の男だが、彼はバルザー金庫の管理者の1人である。

「床を全部引っぺがせば、もっと出てくるかもっすね」

トネリ・グリマルドが、顔面を覆うタトゥーの隙間から笑みを覗かせる。トネリは、ベリタ傭兵会のフラッドがロッサ金属鉱山事務所から取り立ててきた金のインゴットを預かり、それを納入するためにテッセラ商事を訪れたのだ。

「そうかもね。ただ、あんまり派手にやっちゃ目立つから、そこんとこに注意を払うようには伝えてよね。じゃあ、これ今月分の手間賃」

クヌピはトネリに札束の入った封筒を手渡した。一連の金銭の流れの中でトネリ達の仕事は、奪った物品や現金をテッセラ商事に持ち込むところまでである。強奪した物品や現金、そしてバルザー金庫の"帳簿"の実質的な管理はクヌピ・テッセラが行っている。

「助かります。ではまた」

トネリは恭しく封筒を両手で受け取ってから一礼し、事務所のドアを開けて真っ暗な夜の街に出て行った。後姿を見送りつつ、クヌピはひとり愚痴をこぼす。

「バルザーの仕事が夜中になるのは勘弁してほしいなぁ」

トネリ達とテッセラ商事の関係が公になるのは望ましくないため、どうしても接触は人目を避けた夜になってしまう。バルザー金庫のビジネスは利益こそ出るのだが、睡眠を妨げられるのが悩みどころである。

「さて、100グラムのインゴットが2つか」

クヌピは気を取り直して作業用の白い手袋を手にはめて、悦に浸りながらインゴットを手にした。

2章13中編に続く

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