今日から始める異世界M&A-2章13『純金取扱注意』

前回までのあらすじ

ルヌギアという異世界に転移した鷹峰亨は、債務整理ビジネスや投機に手を出した。債務整理の交渉を優位に進めるために、悪徳金融業者のビジネスモデルを明るみに出させようと策動を始めた。

2章13『純金取扱注意』

ルヌギア歴 1685年 5月30日 クライオリン・ソクノッス砦

「準備万端整いました。出撃の号令を願います」

円錐状のトゲがいくつも連なった鎧をガシャガシャと鳴らし、マーマン(半魚人)族のアミスタがデガドに近づいてきてそう言った。その姿は、『陸揚げされたハリセンボン』と形容(嘲笑)されるオプタティオ前線の戦場名物の一つである。

「…………」

この姿を見るたびに、「元々頑丈な鱗を持っているのに、そんな鎧を着ては機動性を失うだけだ」とデガドは思うのだが、なかなか切り出せずにいつもモヤモヤするばかりである。

「デガド様? いかがいたしましたか?」

「ああ、すまぬ。考えことじゃ」

デガドはコホンと一つ咳払いしてから大きく息を吸い込み、号令を発した。

「目標エパメダ! 全軍、進軍開始!」

「ははっ!」

この日、クライオリンに参集した株式会社オプタティオ前線の総兵力は約1万5千。道すがら、さらに5千が加わり、2万の兵力をもってエパメダに攻め込む計画となっている。これは、昨年のラマヒラール金山奪還戦の動員兵力と比較すると、5倍超の兵力である。

しかし、奇襲戦であった昨年の金山奪還戦と違い、今回はオプタティオ公国も魔族側の動きを察知して軍を動かし始めており、エパメダ近郊の平原にて総力戦となる予定である。

ふとデガドは空を見上げる。自分の今の心模様と同じく、雨が降り出しそうな、どんよりとした曇り空が広がっている。

「降らなければ良いのですが」

視線を上に向けたデガドに気付いたアミスタがそう言った。

「うむ。進軍が遅れるのは勘弁して欲しいものだが、こればかりはどうにもならぬ」

オプタティオ前線の主力は陸棲の獣魔族であるが、ゴーレム族など鈍足な種族も多数在籍しているため、進軍スピードの高速化には限界がある。激しい雨が降って、地面がぬかるんでしまえば、待機せざるをえない状況になる可能性もある。

「……。どれほどの魔族が生きて帰ってこれようかのぅ」

先行きに不安を感じ、神輿に乗るデガドは誰にも聞こえないくらいの声でボヤいた。

エパメダ近郊に到着するのは10日後の予定である。


ルヌギア歴 1685年 5月30日 ロッサキニテ・テッセラ商事事務所

「また金のインゴットか。まだまだ残ってるんだねぇ」

店舗兼事務所のカウンター内に立ち、クヌピ・テッセラは欠伸を噛み殺しながらそう言った。中肉中背で、どこにでもいるような自営業者のオッサン然とした印象の男だが、彼はバルザー金庫の管理者の1人である。

「床を全部引っぺがせば、もっと出てくるかもっすね」

トネリ・グリマルドが、顔面を覆うタトゥーの隙間から笑みを覗かせる。トネリは、ベリタ傭兵会のフラッドがロッサ金属鉱山事務所から取り立ててきた金のインゴットを預かり、それを納入するためにテッセラ商事を訪れたのだ。

「そうかもね。ただ、あんまり派手にやっちゃ目立つから、そこんとこに注意を払うようには伝えてよね。じゃあ、これ今月分の手間賃」

クヌピはトネリに札束の入った封筒を手渡した。一連の金銭の流れの中でトネリ達の仕事は、奪った物品や現金をテッセラ商事に持ち込むところまでである。強奪した物品や現金、そしてバルザー金庫の”帳簿”の実質的な管理はクヌピ・テッセラが行っている。

「助かります。ではまた」

トネリは恭しく封筒を両手で受け取ってから一礼し、事務所のドアを開けて真っ暗な夜の街に出て行った。後姿を見送りつつ、クヌピはひとり愚痴をこぼす。

「バルザーの仕事が夜中になるのは勘弁してほしいなぁ」

トネリ達とテッセラ商事の関係が公になるのは望ましくないため、どうしても接触は人目を避けた夜になってしまう。バルザー金庫のビジネスは利益こそ出るのだが、睡眠を妨げられるのが悩みどころである。

「さて、100グラムのインゴットが2つか」

クヌピは気を取り直して作業用の白い手袋を手にはめて、悦に浸りながらインゴットを手にする。

クヌピは元オプタ銀行行員である。銀行員時代の成績は平凡で、取り立てて実績のある方では無かった。「チーッス万年係長さん」と、融資畑で稼ぎ柱となった後輩からバカにされる、資産管理部門の人間であった。

そもそも彼は銀行員という仕事に前向きではなかった。子供の頃から美術品や貴金属に興味があり、今やっているような古物商を志望していたが、教育に厳しかった親の影響から銀行員になってしまったのだ。

ただ、彼が幸運だったのは優秀な同期が3人居たことだ。その3人の後押しがあったからこそ、クヌピはオプタ銀行の資本でテッセラ商事を立ち上げ、夢だった古物商ギルドのオーナーに就くことができた。オプタ銀行グループの看板があるため、高額な芸術品などを取り扱うこともあり、充実した日々を過ごしていると言える。

「何だか重心がズレてないかこのインゴット…。鑑定に回した方がいいかなぁ」

クヌピは、手に取った金のインゴットに違和感を抱いてそう呟く。仕事柄、金のインゴットなどに触れる機会はあるが、金属鑑定の専門家とはとても言えないため、本格的な鑑定はどうしても外部頼みになる。

「この辺の貴金属商はロッサ金属鉱山と顔なじみだから、足がつきかねないしなぁ」

ロッサキニテに拠点を置く貴金属商は、ラマヒラール金山を運営していたロッサ金属鉱山との関係が深い。それゆえ、インゴットを鑑定に出すと、強引な取り立てで奪った品だと知られる可能性があるのだ。

そんな風に裏ビジネスならではの悩みを浮かべている時だった。建物の外から大声で女の怒鳴る声が響いてきた。

「いいから早く案内してください! 人命がかかってるんですよ!」

何事かと驚いたクヌピは、金のインゴットをカウンターテーブル下のガラス棚に閉まってから、窓を開けて外を見る。

「何を迷っているんです!?」

こんどは聞いたことの無い男の声だ。その声に引かれるように顔を向けると、怒鳴り声の発生源は事務所のある建屋から10メートルほど離れた交差点であった。光石の街灯の下で、4人ほどの人物が何やら口論している。

「トネ…、警衛(けいえい)兵!?」

クヌピが驚いたのは、そこで怒鳴られている男が先ほど金のインゴットを持ち込んできたトネリだったこと。そして、怒鳴っている側の1人が、制服替わりの鉄の胸当てを装着した警衛兵の青年だということだ。

警衛兵はオプタティオ公国内の治安維持を担当する役人である。そういった立場の人間がトネリに詰め寄っていることに、微かに不安を覚える。

「知らないって言ってるだろ!」

トネリは強引に立ち去ろうとするが、警衛兵の右に立つ人相の悪い男に腕を掴まれる。

「タテマエ振りかざして逃げてる場合か! おめぇの上役が事務所ごと吹っ飛ぶぞ!」

そこに追撃するように、警衛兵の左手に立つショートカットの女性が捲し立て始める。

「あなたはトネリ・グリマルドさんですよね! あなたはこのままだと、傷害あるいは殺人に器物損壊、兵器の違法所有及び違法販売、さらに警衛業務妨害まで加わって禁錮9年は下りませんよ! それでもいいのですか!?」

「しらねぇよ! 忙しいんだ! 構わないでくれ!」

トネリは必死に逃げようとするが、男と警衛兵に体を掴まれる。状況は3対1だし、周囲に野次馬も集まってきており、逃げるのは難しそうである。

「上役が吹っ飛ぶ」とか「禁錮」という不穏な言葉を聞き、クヌピの脇下から嫌な汗が噴き出てくる。心臓の脈拍も速くなっているように感じる。

「いいですか! もう1度言います!」

女性はそう言いながら、逃げようとしたトネリの眼前に回り込んで、大きく息を吸い込む。

「昨日、フラッドがロッサ金属鉱山の事務所から回収した金のインゴットは、本物ではありません! 私共の関連ギルドが製造した、対魔族用のダミートラップの試作品です! 既定の場所から移動させて約2日が経過すると爆発するんです!」

「なっ!?」

クヌピは全身から血の気が引いていくことを実感しつつ、カウンター下のガラス棚に目を移す。

「ひ、…光っておる!?」

クヌピの驚愕と恐怖はさらに加速する。先ほどまで純金らしい光りを放っていた金のインゴットがゆっくりと点滅しているのだ。女の言っていたダミートラップがこのインゴットなのだと確信する。

「どうすれば…」

クヌピが半泣き声になりつつ呆然としていると、外からトネリの声が聞こえてくる。

「クソっ、分かったよ、こっちだ! ついて来い!」

「おい! 戻って来るんじゃない!」と怒鳴りたくなる衝動をこらえつつ、クヌピは周囲を見回して金のインゴットの隠し場所を探す。傭兵やトネリ達とテッセラ商事の関係、そして、強奪した品々がテッセラ商事に置かれているということがバレるのは非常にまずい。しかし、隠し場所が思いつかない。

金庫の中に入れるという案が頭に浮かぶが即座に脳内却下する。金庫内で爆発すると他の大事なものが木っ端みじんになりかねない。

かと言って、このまま棚に閉まった状態で爆発しては関係がバレバレになってしまうばかりか、爆発の規模によっては自分が怪我をしかねない。

窓から投げ捨てようかとも思うが、野次馬が多い以上、点滅してるインゴットは目立ちすぎる。

八方ふさがりな状態で頭を抱えていると、事務所のドアが開かれて先ほどの4人が事務所に雪崩れ込んでくる。

「こちらに金のインゴットがありますよね!? 今すぐ出してください!」

警衛兵の青年がカウンターの外側からクヌピに向かって急かすように言った。

「え、いや、あの…」

要領を得ない答えに、ショートカットの女性が前に出て問いかける。

「先ほど、トネリさんからあなたが預かった金のインゴットは、私共の開発したトラップ用の爆弾です! もうすぐ爆発するんです!」

「そ、そんなものは預かっていない」

「点滅していませんか!?」

「へっ?」

その言葉を聞いて、思わず視線が下の戸棚に向いて、ギョッとする。インゴットが点滅どころか、溶岩のように赤い光を発し始めている。

「そこにあるんですね!? 点滅は爆発まで3分を切った合図です!」

「ばくはつ? いったい何のことだか…」

なんとか声を振り絞るが、女性は意に介さない。

「1分を切ったら、赤く発光します! 早くしてください! 死にたいのですか!?」

「1分!? ホントか!?」

そう反応してしまってから、口を抑える。もう無理だ。

「赤いのですか?」

警衛兵にそう聞かれて、クヌピは頷くでも、首を横に振るのでもなくその顔を見る。

「コイツの顔見りゃ分かるだろ! おめぇらは避難しろ!」

静止した空気を破ったのは人相の悪い男だった。男は警衛兵と女性とトネリに外に出るように指示しつつ、カウンター内に入り込んで来て、クヌピの左腕を掴んで引っ張る。

「お、おい」

拒絶する力も湧かず、クヌピは事務所の入り口まで引っ張っていかれる。その時、キューンと空気を吸い込むような音が響き、先にドアの外に出ていた女性が叫ぶ。

「伏せて!」

クヌピはドアの外に倒れ込むように姿勢を低くして、耳をおさえる。

瞬間、バァン!という爆発音が響き渡り、建屋が縦に揺れる。衝撃の大きさに頭が真っ白になる。


「なんとか怪我人は出ずに済んだか」

隣に伏せていた人相の悪い男が先に立ち上がり、周囲を見渡してからそう言った。

クヌピも膝立ちになって体を起こして、ドアの内側に視線を向ける。

「ああ…」

横幅3メートルほどの、重厚な木造りであったカウンターが真っ二つに裂けている。カウンター内に立っていたら命が危なかったかもしれない。加えて、カウンターに置いていた書類や、インゴットの横に置かれていた仕事道具などが破損して散らばっている。掃除したり、道具を修理するだけで3日は潰れそうで頭が痛い。

そう考えると、無性に腹が立ってきた。なぜこんな危険なものを作ってギルドに置いているのか。

「おい、キミはどこの誰なんだね! こんな危険なものを作るとはどういう了見なんだ!」

クヌピは女性に向かって青筋を立ててその怒りを表した。頭を下げさせなければ、腹の虫が収まらない。

しかし、返ってきたのは蔑むような冷淡な目と声だった。

「私はフェニックスファイナンスのロゼ・プリテンダと言います。クヌピさんは、危険なものと仰いましたが、対魔族用のトラップ兵器なのですから危険で当然です。危険でなくては兵器として失格です」

「しかしだねぇ、こんな威力のある物なら、しっかりと管理を…」

「開発に際しては公国の許可を取っています。また、注意書きを添付した上で、施錠した武器庫に保管していました。こちらは管理義務を果たしています」

自分の口にした数倍の量の反論が返ってくる。しかも、論理的に筋が通っている。

「くっ……、被害者はこちらなんだぞ!」

「ご自分の非を棚に上げて、こちらになすり付けるのですか?」

そう言ってロゼという女はクヌピの真意を問うように、真っ直ぐに目を見つめてくる。

「取り立てと称して、金品を無理矢理に強奪していくからこの惨事が起きたのです。その取り立ての指示を出しているのはあなたですよね?」

「な、なんのことだね」

「では、オプタフィナンシャルグループの一角を担うテッセラ商事さんが、どうして盗品まがいの物品を保管されているのですか? バルザー金庫を運営しているのはあなたではないのですか?」

バルザー金庫の名前が出てきて、クヌピは総毛立つ。

なぜこの小娘はここまで事情を知っているのか、と焦燥が募る。

「なんだね、そのバルザー金庫とか言うのは?」

クヌピはトボけた表情で強がってみた。しかし、相手はさらに上を行った。

「ご存知ないのですか? クヌピさんの奥様の妹の旦那様や、オプタ銀行のザンザラ頭取のお母様が代表をされている貸金ギルドですよ」

「な…」

「なぜそこまで知っているのか?」と言いかけて、クヌピは両手で口を塞いだ。

その様子を見て、ロゼという女は少しだけ笑って言った。

「ザンザラ頭取とクヌピさんは同期入行でいらっしゃいますよね?」

~~続く~~

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2 件のコメント

    • つーさん、いつもご愛読ありがとうございます!

      どんどんエグい手を使っていきます(鷹峰も敵さん達も)のでご注目ください。

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