今日から始める異世界M&A-2章11『招かれざる魔族』

前回までのあらすじ

ルヌギアという異世界に転移した鷹峰亨はギルドを設立してビジネスを始めた。ギルド事務所で、現状報告と今後の方針検討のためのミーティングをしていると、とある貴族の遣いを名乗る来客があった。

2章11『招かれざる魔族』

ルヌギア歴 1685年 5月21日 ロッサキニテ・フェニックスファイナンス事務所

「我が主のムラーフ男爵が、公用でアヅチに暫く駐在することになりまして、護身用にドミ玉が必要なのです。ただ、原料から品薄になっており、街での購入が難しい状況でして」

応接ソファに座ったアルトは、ゆったりとした口調でそう切り出した。それを聞いたソニアが納得の言葉を述べる。

「なるほどね。それでこっちに来たってワケね」

アヅチは人間でも魔族でも平等に商いができる都市である。クレアツィオン連合の領内と違い、魔族が大手を振って闊歩するエリアなので、トラブル時の備えとしてドミ玉を保有しておきたいのだろう。

「ええ。予定期間が半年を超えておりまして、まとまった量が必要なのですが……」

そこで口ごもったアルトに対し、鷹峰が先手を打った。

「それはご迷惑をおかけしました。先日こちらが原料を買い占めたせいで、ロッサキニテ近辺では品薄状態になっていますでしょう」

アルトは少し表情を和らげつつ言った。

「いえいえ、迷惑なんてとんでもありません」

その時、タタタと音を立てつつシルビオが小走りで応接セットに向かってきた。

「おじさん、いい帽子持ってるね」

シルビオはそう言うなり、アルトが膝の上に置いていたベレー帽に手をかけた。

「うん? そんな高価なモノではな…」

アルトが否定しかけた瞬間、シルビオはそのベレー帽を左手で乱暴にむしり取り、ソファの上に飛び乗る。そして、

「それっ」

と言ってベレー帽をアルトの頭上から被せる。

ぽふっと柔らかな音を立て、ベレー帽は何かに邪魔されるがごとく、アルトの頭の上の空間に浮いた状態で止まる。

「なっ、何をするか!?」

「ほうらねっ、正体を見せなよ!」

シルビオはそう言い放ち、今度は右手に握っていた白い粉末をアルトに向かってぶち撒く。

「くっ!」

呻きとともに、彼の体の周囲がモザイク模様のように乱れ、一気に収束する。

「えっ! なにっ? デーモン?」

ロゼがアルトの正体に驚きの声を上げる。トカゲのような緑色の皮膚と、こめかみの辺りから上向きにバッファローのような角が映えている。

「ゲホッ、ゲホッ」

現れたデーモンは咳き込みつつ、周囲の粉末を払う。

「むっ」

そして、デーモンは驚きの声をあげる。視界が晴れた時、彼の眼前にソニアが持つ八角棒の先端が迫っていたのだ。

加えてシルビオも数歩距離を取りつつ、魔法杖を右手に持ってデーモンに向けている。杖の先端の水晶がいつもと違って鈍く点滅しており、何らかの魔法を準備しているように見える。やはりこの2人はくぐってきた修羅場の数が違うのだろうと鷹峰は感じる。

「ウチに上がり込んでくるとはいい度胸ね。どちらの魔族さんかしら?」

ソニアの剣幕におされ、デーモンは両手を上げて無抵抗を表す。

「殴り合いは得意ではないし、今日はそういう気分でもないのだがな」

「名前と所属を言いなさい。オプタティオ前線の兵士?」

「ふん。そんな下級な奴らと並べられるのは不愉快極まりない」

「なら、名乗ればいいじゃない」

それを聞いて、デーモンは不敵に笑う。

「私の名はエフィアルテス」

名前を聞いて鷹峰は驚愕の表情を浮かべる。

「まさか、オプタティオ前線の大株主のか?」

「ほう、私を知っているのか。いかにも、私が大株主のエフィアルテスだ」


「さて、エフィアルテスさん。改めてお聞きしましょう。今日はどういったご用件で?」

鷹峰が再度問いただした。

「客人に凶器を突き付けたまま、というのは失礼ではないのか?」

「他人の事務所に変身して上がり込むのは失礼でないと?」

鷹峰の言いかえしを受けて、エフィアルテス少し首を傾ける。

「確かに、そう言われれば返す言葉は無いな。だが、ドアを開けてこの顔が見えた場合、お主は中に入れてくれるだろうか?」

「私はそういった出自差別はしない主義ですよ」

ドアを開けた瞬間にエフィアルテスが出てきたら、「間違いなく即座にドアを閉める」という確信はあったが、そんなことはおくびにも出さずに鷹峰は言い切った。

「はは、お主は価値観がクレアツィオンの人間ではないな。日本人ではないか? タカミネとはどんな『漢字』なのだ?」

口喧嘩を優先した結果、どうやら鷹峰が日本人ではないかという疑念を抱かれた様子だ。どう答えるのがベストか、「”カンジ”って何ですか」とトボけるのが良いか…と鷹峰が判断に迷っていると、シルビオが口を開く。

「おっかしいな。ドルミール草粉末を浴びたのに、意識が落ちないのはなんで?」

まさかとは思っていたが、先ほどシルビオが振り撒いた粉末はドルミール草粉末だったようだ。顔面に直撃するように投げつけられていたので、いくらかは吸引していると思われる。

「前線の下級兵と一緒にしてもらっては困るな。何の対策もせずに、ドルミール草粉末を買い込んでいる人間の元に突撃するほど愚かではない」

「まさか、中和魔法? 興奮・覚醒状態にして無理矢理意識レベルを上げるってヤツかな。ホントだとしたら気が振れてるね」

「ガキのくせによく知っておるな」

そんなものが存在するのかと鷹峰は驚くが、詳細は後でシルビオに聞けばいい。

「もう1度お聞きします。今日のご用件はなんです?」

「用件はさっき言った通りだ。ドルミール草粉末の買い付けだよ」

「大株主様が御自ら単身で? さすがに不自然ですね」

エフィアルテスは鷹峰の目をじっくり見つめながら答える。

「首謀者に興味があったのだよ。どんな顔をした人間なのか、ひょっとしたら日本人なんじゃないかとね。無論、買い占めの理由も知りたかった」

「理由はただの自衛用ですよ」

鷹峰はそう突っ張ったが、ブラフであることはエフィアルテスにもミエミエのようであった。

「それにしては量が多いな。少なくとも300kgは買い込んでいるだろう」

実購入量は308kgだった。正確な数字の指摘を受けて、鷹峰は返答に窮する。

「……。理由はそちらの方がよく御存知でしょう」

「こんどはカマかけか?」

「ええ。よろしければ、株主様の本気度を教えてもらいたいですね」

「私は本気だよ。来月には一戦起こしてもらうつもりだ。何なら攻める場所も教えてやろうか?」

鷹峰とエフィアルテスの視線が交錯する。

「ぜひお聞きしたいですね」

「エパメダだよ。信じるかどうかはキミ次第だがね」

躊躇なくエフィアルテスは言い切った。鷹峰もオプタティオ半島の地図くらいは頭に入れており、半島南部の主要都市であることは理解できる。

そして、カイエン銀行のジョルジュから聞いたエフィアルテスの本業が製薬業であることと、拝金主義者であるという評判を加味するならば、これは真実の可能性が極めて高い。

「信じますよ。あなたが本業で儲けるためには、人間と魔族の大軍が正面衝突するような戦争が必要でしょうからね。しかし、ドルミール草粉末を売ることはできませんね。戦を起こすのであれば、これから相場が上がるでしょうし」

そう言った鷹峰の言葉を無視し、エフィアルテスは一方的に買い取り相場を提示した。

「キロあたり260万フェンでどうだ?」

鷹峰とシルビオの平均購入単価は約225万フェンであり、260万フェンで買い取ってくれるのであれば、カイエン銀行の利子を考慮にいれても数千万フェンのプラスにはなる。

しかし、ロッサキニテ周辺における現在の相場は1kg300万フェンに達している。260万というのは買い叩きが過ぎる金額と言える。

「260は安すぎますね」

「では、アヅチや魔界からドルミール草粉末を1トンこちらに運び、市場に投下するとしようか」

鷹峰の目尻がピクっと動く。

ロッサキニテ周辺のドルミール草粉末を片っ端から買い付けて、やっと308キロを集めたのだ。これが市場に1トンも投下されてしまっては、戦争需要など吹っ飛んで供給過多になり、大暴落間違い無しと考えられる。

「従わない場合は、コストをかけてでも潰すということですか。しかし、1トンも投下しては、そちらも大損でしょう」

「いやいや、将来有望な商売敵を潰せるのだから、一種の未来への投資だよ」

ここで相場が暴落すれば、鷹峰達は大損を免れない。せっかく立ち上げたギルドが、1ヶ月ちょっとで債務超過となる可能性さえある。

しかし、本当にそれを実行するとなれば、当然エフィアルテスもかなりの出費を覚悟しなければならないハズだ。

「それは投資ではなく、あなたが負けず嫌いなだけではないですか」

「その通りだ。否定はせんよ」

いきなり喧嘩を吹っかけて来やがった。と怒りが湧いてくるが、鷹峰はそれを抑えつつ、頭をフル回転して対応を考えていた。

この状況をどうするか。

まず、第一の検討事項はエフィアルテスが取引相手として信用できるのかという点である。キロ260万フェンという相場での売買契約を結んだとして、本当にその契約内容が守られるのかどうか分からない。

そもそも目の前にいる相手が、エフィアルテス本人だという保証も無い。シルビオが魔法に驚いていた点から、かなり上位クラスの魔族であるとは推測できるが、本人であるという根拠はどこにも無いのだ。

そして第二は、この商談を断った場合に、「1トン分市場に投下して相場を破壊する」という策を本当に実行するのかという点である。いくら負けず嫌いだったとしても、億フェン単位での損を覚悟してまでこちらを潰す気が本当にあるのか分からないのだ。

「さて、返答は?」

鷹峰の反応を楽しむかのように、エフィアルテスは問いかけた。

「ここで、あなたの首を取る。ってのが一番手っ取り早い気がしてきました」

「ほぅ。それは面白い発想だ。確かに私と会ったという事実ごと、闇に葬るのは一つの手だ。しかし、果たしてキミらにそれができるかな?」

それも確かに問題なのだ。物理的な戦闘になった場合に、勝ち目がどれほどあるのか見当がつかない。ソニアが一喝でもしてくれようものなら少しは勢いもつくのだが、表情を見る限りそこまでの余裕はない。シルビオを見ても、いつもの減らず口を叩いているような悪ガキっぽさは雲散霧消している。

さらに、もし戦闘になってエフィアルテスを倒せたとしても、オプタティオ前線の下級兵士が失踪するのとはワケが違う。大株主がロッサキニテで行方不明になって、「はいそうですか」で済むはずもない。

結局のところ、判断するための材料が少なすぎるのだ。交渉をするにしても、相手の言い値を飲むにしても、情報が不足している現状では正解が見えない。

ならば、今取りうる選択肢は1つである。

「残念ながら、そこまで危ない橋を渡る度胸は私にはありませんね。しかし、売るべきかどうかを今決断することもできません」

そこで鷹峰は、いきなり表情を和らげ、明るく提案した。

「ということで、こちらに検討のお時間を頂けませんか? 私の一存で決めるには余りにも事が大きすぎます」

いきなりの態度の変化に、エフィアルテスは訝しがる。そこに鷹峰が畳みかける。

「ソニア、武器を下ろしてくれ。シルビオも攻撃魔法…だと思うが、準備を解除してくれ」

「本気!?」

「本気だ。下ろしてくれ」

鷹峰のいつもと違う雰囲気を感じ取り、ソニアは眉間に皺を寄せつつもエフィアルテスに向けていた八角棒を手元に引き戻す。それを見たシルビオも魔法の準備を解除する。

それを確認してから鷹峰は机に手をついて、頭を下げる。

「どうか、お願いいたします」

「ほう……」

この男の腹の底が見えない。というのがエフィアルテスの感覚であった。

だが、それと同時に、頭を下げられた事による優越感が、エフィアルテスの判断を若干曇らせることとなった。この男がどう動くのか、確かめてみようと考えてしまったのだ。

「1つ質問に答えろ。貴様は日本人か?」

鷹峰は顔を上げて答える。

「ええ、そうです。こっちに来てまだ2ヶ月ですね」

「どんな神通力を持っている? ドルミール草粉末の買占めは、相場を未来予知したのか?」

「信じて貰えないかもしれませんが、正直なところ自分自身の力は良く分かりません。心臓に毛が生えた程度です。未来予知ができるなら、あなたが事務所に入り込むような状況にはしませんよ」

エフィアルテスは、鷹峰の言葉の真偽を確かめるようにじっと鷹峰の顔を睨みつける。ここで目を逸らしては負けだと鷹峰も真顔でエフィアルテスを見つめる。

「……わかった。2日やろう。2日後の夕方に引き取りの業者をこちらに寄越す。売ってもらえるのなら、その場で業者にドルミール草粉末を渡してくれたまえ。アヅチとロッサキニテで商売の許可を得ている人間の運送業者を寄越すから、討ち取るのは勘弁願いたいね」

「お気遣いありがとうございます。承知しました」

そう言って、鷹峰は再度深々と頭を下げた。

しかし、その行為は感謝を示すためではない。怒りが表情を通じて相手に伝わらないようにするためだ。

「喧嘩を売ってきたことを、必ず後悔させてやる」という闘志をぶつけるように、鷹峰はテーブルに顔面を押し付けた。

~~続く~~

前の話に戻る 次の回へ進む

※「最新話の更新を知りたい」という読者様は下のボタンからフォローしてくださいネ!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です