フェニックスファイナンス-2章9『探偵がバーにきた』中編

2020年4月11日

2章9『探偵がバーにきた』中編


ルヌギア歴 1685年 5月18日 ロッサキニテ・アローズバー『鳥の巣』

「私の勝ちですねー。女将さーん、ボメルさんからボトル入りまーす」

ハイディの放った矢がアローズの的の中心に突き刺さり、彼女の勝利宣言が店内に響き渡る。周辺にいる客からは「またハイディさんの勝ちかよー」という声が漏れる。

負けたのは、先日カジノからならず者を追い出したときに協力してもらったボメルである。スキンヘッドの頭を抱えて「ガーーー!」と唸っている。

「ボメルさん太っ腹だねー。ありがとね!」

と女将さんはボメルにウインクしつつ、賭けられていた1本10万フェンの高級ブランデーのボトルを棚から取り出してソニアに手渡す。ハイディが勝てば正規金額4割増しでボトル注文、ボメルが勝てば半額でボトル注文が可能という賭けアローズだったのだ。

ちなみに、現金を賭けていないのには理由がある。ここ数日、ハイディの腕が評判になって挑戦者が増加していて、店のベット総額が膨らみつつあるからだ。

普通の飲食店が客寄せにアローズをする場合、「ベット総額は1晩300万フェンまで」という暗黙の規定がオプタティオにはあるので、常連や酒好きの挑戦者には「ボトル注文を賭ける」という方式でベット総額に含めず、お茶を濁しているのだ。

「どうする? 皆さんに振舞う?」

女将さんから手渡されたブランデーを掲げつつソニアが問いかけると、ボメルは即答する。

「おう! 飲め飲め! 負けた分を痛みとして背負わなくちゃ、いつまで経っても男は勝てるようにはならねぇんだよ!」

ボメルの意志を聞いた客達からワッと歓声があがる。

ボメルとクレタがロッサキニテにやってきて、『鳥の巣』に来店したのは3日前である。「魔族の動きがきな臭いから、儲け話はないかと(より魔族勢力圏に近い)ロッサキニテにやって来た」ということだった。

とは言え、直近で請け負っている案件は無いということだったので、ソニアはバルザー金庫に対する捜査の協力を依頼したのだ。とくに、探偵業をやっているクレタの協力を得られたのは非常に大きいと言える。

店内の客にボメルの負け酒が振舞われ、瓶が空になったくらいのタイミングで、クレタが尾行から戻ってきた。

「ボメルさん、また負けたの?」

クレタはバーカウンターに座るソニアの横に腰を下ろしつつ聞いた。

「ボメルさんはたぶん6本目のボトル注文よ。ありがたいお客さんね」

「よく続けるねぇ」


ため息まじりに呟いたクレタに、女将さんが大きめのグラスに入ったビールを差し出す。

「お疲れ様。それサービスね」

「おっ、嬉しいですね! 遠慮なくいただきます」

クレタはそう言って、少しグラスを掲げてから1口で半分ぐらいを飲み込んで一息つく。

「で、お疲れのところ悪いけど、何か分かった?」

クレタがグラスをカウンターに置くのを待って、ソニアが聞いた。話が始まる様子を見て取り、ハイディや厨房を手伝っていたロゼ、そしてボメルがカウンターに集まってくる。

「いやいや、情報は鮮度が命だからね。じゃ、昨日フラッドと東区の酒場で会っていた男の名前と、その後の行動から」

クレタは懐から皮表紙の手帳を取り出して、ページをめくって説明を始めた。

「男の名前はトネリ・グリマルド。昨晩トネリは東区の酒場を出てから市街地をぐるっと1周回って、オプタ銀行本店裏にある雑居建屋の1階の『テッセラ商事』に入った。そこに30分ほど滞在してから帰宅。それ以降は、昼前まで自宅を見張っていたけど動き無し」

「テッセラ商事ってー、何をしているギルドですかー?」

クレタの説明の合間にハイディが聞くと、意外にもボメルが横から答える。

「オプタ銀系列の古物商だ。貴金属とか芸術品の取引をしているギルドだな。取り立てで強奪した品を現金に換えるのを、テッセラ商事が担当しているのかもな」

「なるほどー。預かった金のインゴットを、売却担当者に渡しに行ったんですねー」

フラッドのような傭兵連中が強引な取り立てを行い、高価な物品を奪ってバルザー金庫がそれを得ることができたとしても、現金にできなければ意味が無い。その現金化を実行しているのがテッセラ商事なのだろう。

「あともう1つ報告がある。トネリに動きがないから、今日の午後を使ってバルザー金庫の登記上のオーナーを調べてみたんだ。オプタ銀行やテッセラ商事の幹部と一致しないかって思ってね」

それを聞いて、ロゼが思い出したように言った。

「バルザー金庫の本拠地住所を調べた時に、私も役所でチェックしました。確かオーナーは4人いたと思いますが、オプタ銀幹部とは全く違う名前ばかりでしたよ」

「人数も名前もその通り。でも、それにはカラクリがあるんだ」

2章9後編に続く

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