フェニックスファイナンス-2章9『探偵がバーにきた』前編

2020年4月11日

前回までのあらすじ

ルヌギアという異世界に転移した鷹峰亨は大儲けした金を活用するためにギルドを設立し、債務整理ビジネスに手を付け始めた。悪徳高利貸業者であるバルザー金庫の正体をつかむために、ギルドメンバーのソニア達は末端構成員への接触を開始した。

2章9『探偵がバーにきた』前編

ルヌギア歴 1685年 5月17日 ロッサキニテ・東区のとある酒場

ソニアはアテスでカジノを取り返した時に協力してもらった傭兵兼探偵をしているクレタと一緒に、東のスラム街と街の中央部の境目に位置する酒場に来ていた。

「客が多いし薄暗いから、悪党の集会にはちょうどいい店ね」

壁際の2人席に座り、フルーツの盛り合わせを口に運びながらソニアが言った。

日が落ちてから1時間は経っていないが、酒場は街の中心部で仕事をしてスラムに帰る労働者で溢れ返っている。4,5人掛けのテーブルが50脚、2人席が20脚ほど並んでいる広い店舗だが、ほぼ全席が埋まっている状態だ。

「安いのもいいね。まぁ、今日はジュースだけど」

とクレタが苦笑いをしながら、ジンジャーエールの入ったグラスを傾ける。

今、2人はバルザー金庫の人間を尾行するために張り込みをしている。

先日、ロッサ金属鉱山で暴力的な取り立てを行い、ソニアに捕縛されたベリタ傭兵会のフラッドから、

「2週間に1度、バルザーの連中と酒場で密会して、次のターゲットを指定されたり、取り立てた物品や現金を手渡している。次は17日の晩に会うことになっている」

という情報を得たからだ。

当初ソニアは「次は酒場に現れたヤツを捕まえる!」と意気込んでいたが、「暴力的な取り立てをしている現場ではないので、現行犯逮捕は危険」とロゼから注意されたため、今回はバルザー金庫の拠点を調べるための『尾行』を次の一手としている。

「酒は後でウチの酒場に来た時に、とびっきりのを奢ったげるよ」

クレタにそう返しつつ、ソニアは店の反対側の壁際の席に1人座っているフラッドに視線を向ける。フラッドはお気楽な表情を浮かべながら1人で酒を飲んでいる。

「アイツの言ったことって本当かな?」

ソニアの心中を察して、クレタも目だけ動かしてフラッドを見る。

「うーん、知恵が回る方じゃなさそうだから大丈夫だと思う。罠とか他人をひっかけるとか、そういうことができないタイプじゃないかな」

クレタの見解を聞きながら、ソニアがフラッドの方を向くと目が合った。フラッドは親指を立ててウインクをしてくる。

「知恵が回る方じゃないってのには賛成ね」

ソニアがため息を漏らしていると、入り口の扉がひらく。ところどころ色落ちした紺のローブに全身を包んだ男が入店してきた。中肉中背でフードを目深にかぶっている。

男はキョロキョロと店内を伺ってから、フラッドの席に近寄っていく。

「あれがターゲットかな」

クレタの言葉にソニアは無言で頷きつつ、男の方に視線を向ける。

男はフラッドの横に来て、二言三言交わしてからその対面に座り、フードを脱いだ。中年と青年の境目といった人相があらわになる。

「すごいタトゥーね…」

ソニアが驚いたのは男の顔面のタトゥーである。顔の右半分を全体的に使って、シマウマのような縞模様が描かれている。

男が席に座り、飲み物を注文し終わると、フラッドがこの2週間に取り立てした現金と、現物で回収した物品をテーブルに並べ始める。ソニアが用意した、ロッサ金属鉱山の倉庫でみつけたという"設定"の100gの金のインゴット2枚もそこに含まれていた。フラッドがぶっきらぼうにテーブル上に広げて見せたため、男は慌ててインゴットを包装紙に包み直して懐にしまい込んだ。

そこから15分ほど、ソニアとクレタはチラチラと様子を伺いつつ、監視を続けた。

フラッドの報告が終わると、男は懐からノートサイズのメモを取り出し、テーブルに広げて話し始める。おそらく次のターゲットについて指示を出しているのだろう。

「じゃあ、そろそろ行っちゃう?」

「了解。支払いを済ませてこっちは外で待機しているよ」


クレタがそう言って席を立つ。彼が入り口近くのカウンターで精算を終えたのを確認して、ソニアも腰を上げて、フラッドの座席に近づいて声をかける。

「あれ、フラッドじゃない!?」

「げっ、ソ、ソニアじゃねえか」

フラッドが気まずさ半分、驚き半分といった表情を浮かべつつ、手筈通りのセリフを口にする。傭兵としては三流程度のフラッドだが、演技力は合格点だとソニアは小笑いしたくなる。

「『げっ』って何よ? どうせまた良からぬことでも考えてるんでしょ。また私に捕まえられて、牢屋にブチ込まれたいの?」

「いや、そういうワケじゃ…」

正確に言えば、牢屋では無く倉庫にぶち込んだだけである。男が勘違いして焦ることを願って誇張したのだ。

ここでソニアは男の方に向き直る。遠目では威圧感を感じたタトゥーだが、近寄ってみるとそれほど怖い感じではない。

「あ、お話中だった? ごめんごめん。こちらはどちら様?」

「えっ? 名前は…、ええと」

フラッドは言いよどみながら男を見るが、男の方も焦っている。

「……ソニアって、あのソニア・ジョアンヴィスか?」

男が絞り出すように言った問に、ソニアが答える。

「『あの』かどうかは知らないけど、私は昔金山で防衛隊をやっていたソニア・ジョアンヴィスよ。あなたは?」

それを聞いた男は額に脂汗をかいて、口をパクパクさせていたが、

「そ、そうか。俺の要件は終わったから、あとは2人でゆっくりすればいい。じゃあな」

という逃げ口上を述べて立ち上がり、フードを被って足早に出て行った。

「こんなとこかな」

男が立ち去ったのを確認してからソニアが言った。

今回ソニアが実行したのは、取り立ての指示を出してくる男を焦らせ、上役や拠点への移動を誘発し、それをクレタが尾行して情報収集するという計画だ。(蛇足だが、計画を立てたのはもちろんソニアではなく、ロゼである)

高価な金のインゴットを手渡された上に、「昔フラッドを捕まえて牢屋にぶち込んだ豪傑女」に出くわしてしまったのだ。まともな神経の持ち主であれば、さっさと退散して拠点に戻り、インゴットを保管して、上役に報告せねばと思うのが普通であろう。

「ところで、アイツなんて名前なの?」

ソニアの問いにフラッドは首を横に振った。

「名前は明かさないんだ」

後ろ暗いことをしているという自覚はあるのだろう。

「まぁ、クレタに尾行されちゃ、名前くらいはすぐに判明するでしょうけどね」

透視・遠視魔法のエキスパートにして、日頃は探偵稼業で稼いでいるクレタである。先ほどの男がシルビオクラスの幻術の天才でもない限り、逃げ切るのは不可能だ。

2章9中編に続く

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