今日から始める異世界M&A-2章9『探偵がバーにきた』

前回までのあらすじ

ルヌギアという異世界に転移した鷹峰亨は大儲けした金を活用するためにギルドを設立し、債務整理ビジネスに手を付け始めた。悪徳高利貸業者であるバルザー金庫の正体をつかむために、ギルドメンバーのソニア達は末端構成員への接触を開始した。

2章9『探偵がバーにきた』

ルヌギア歴 1685年 5月17日 ロッサキニテ・東区のとある酒場

ソニアはアテスでカジノを取り返した時に協力してもらった傭兵兼探偵をしているクレタと一緒に、東のスラム街と街の中央部の境目に位置する酒場に来ていた。

「客が多いし薄暗いから、悪党の集会にはちょうどいい店ね」

壁際の2人席に座り、フルーツの盛り合わせを口に運びながらソニアが言った。

日が落ちてから1時間は経っていないが、酒場は街の中心部で仕事をしてスラムに帰る労働者で溢れ返っている。4,5人掛けのテーブルが50脚、2人席が20脚ほど並んでいる広い店舗だが、ほぼ全席が埋まっている状態だ。

「安いのもいいね。まぁ、今日はジュースだけど」

とクレタが苦笑いをしながら、ジンジャーエールの入ったグラスを傾ける。

今、2人はバルザー金庫の人間を尾行するために張り込みをしている。

先日、ロッサ金属鉱山で暴力的な取り立てを行い、ソニアに捕縛されたベリタ傭兵会のフラッドから、

「2週間に1度、バルザーの連中と酒場で密会して、次のターゲットを指定されたり、取り立てた物品や現金を手渡している。次は17日の晩に会うことになっている」

という情報を得たからだ。

当初ソニアは「次は酒場に現れたヤツを捕まえる!」と意気込んでいたが、「暴力的な取り立てをしている現場ではないので、現行犯逮捕は危険」とロゼから注意されたため、今回はバルザー金庫の拠点を調べるための『尾行』を次の一手としている。

「酒は後でウチの酒場に来た時に、とびっきりのを奢ったげるよ」

クレタにそう返しつつ、ソニアは店の反対側の壁際の席に1人座っているフラッドに視線を向ける。フラッドはお気楽な表情を浮かべながら1人で酒を飲んでいる。

「アイツの言ったことって本当かな?」

ソニアの心中を察して、クレタも目だけ動かしてフラッドを見る。

「うーん、知恵が回る方じゃなさそうだから大丈夫だと思う。罠とか他人をひっかけるとか、そういうことができないタイプじゃないかな」

クレタの見解を聞きながら、ソニアがフラッドの方を向くと目が合った。フラッドは親指を立ててウインクをしてくる。

「知恵が回る方じゃないってのには賛成ね」

ソニアがため息を漏らしていると、入り口の扉がひらく。ところどころ色落ちした紺のローブに全身を包んだ男が入店してきた。中肉中背でフードを目深にかぶっている。

男はキョロキョロと店内を伺ってから、フラッドの席に近寄っていく。

「あれがターゲットかな」

クレタの言葉にソニアは無言で頷きつつ、男の方に視線を向ける。

男はフラッドの横に来て、二言三言交わしてからその対面に座り、フードを脱いだ。中年と青年の境目といった人相があらわになる。

「すごいタトゥーね…」

ソニアが驚いたのは男の顔面のタトゥーである。顔の右半分を全体的に使って、シマウマのような縞模様が描かれている。

男が席に座り、飲み物を注文し終わると、フラッドがこの2週間に取り立てした現金と、現物で回収した物品をテーブルに並べ始める。ソニアが用意した、ロッサ金属鉱山の倉庫でみつけたという”設定”の100gの金のインゴット2枚もそこに含まれていた。フラッドがぶっきらぼうにテーブル上に広げて見せたため、男は慌ててインゴットを包装紙に包み直して懐にしまい込んだ。

そこから15分ほど、ソニアとクレタはチラチラと様子を伺いつつ、監視を続けた。

フラッドの報告が終わると、男は懐からノートサイズのメモを取り出し、テーブルに広げて話し始める。おそらく次のターゲットについて指示を出しているのだろう。

「じゃあ、そろそろ行っちゃう?」

「了解。支払いを済ませてこっちは外で待機しているよ」

クレタがそう言って席を立つ。彼が入り口近くのカウンターで精算を終えたのを確認して、ソニアも腰を上げて、フラッドの座席に近づいて声をかける。

「あれ、フラッドじゃない!?」

「げっ、ソ、ソニアじゃねえか」

フラッドが気まずさ半分、驚き半分といった表情を浮かべつつ、手筈通りのセリフを口にする。傭兵としては三流程度のフラッドだが、演技力は合格点だとソニアは小笑いしたくなる。

「『げっ』って何よ? どうせまた良からぬことでも考えてるんでしょ。また私に捕まえられて、牢屋にブチ込まれたいの?」

「いや、そういうワケじゃ…」

正確に言えば、牢屋では無く倉庫にぶち込んだだけである。男が勘違いして焦ることを願って誇張したのだ。

ここでソニアは男の方に向き直る。遠目では威圧感を感じたタトゥーだが、近寄ってみるとそれほど怖い感じではない。

「あ、お話中だった? ごめんごめん。こちらはどちら様?」

「えっ? 名前は…、ええと」

フラッドは言いよどみながら男を見るが、男の方も焦っている。

「……ソニアって、あのソニア・ジョアンヴィスか?」

男が絞り出すように言った問に、ソニアが答える。

「『あの』かどうかは知らないけど、私は昔金山で防衛隊をやっていたソニア・ジョアンヴィスよ。あなたは?」

それを聞いた男は額に脂汗をかいて、口をパクパクさせていたが、

「そ、そうか。俺の要件は終わったから、あとは2人でゆっくりすればいい。じゃあな」

という逃げ口上を述べて立ち上がり、フードを被って足早に出て行った。

「こんなとこかな」

男が立ち去ったのを確認してからソニアが言った。

今回ソニアが実行したのは、取り立ての指示を出してくる男を焦らせ、上役や拠点への移動を誘発し、それをクレタが尾行して情報収集するという計画だ。(蛇足だが、計画を立てたのはもちろんソニアではなく、ロゼである)

高価な金のインゴットを手渡された上に、「昔フラッドを捕まえて牢屋にぶち込んだ豪傑女」に出くわしてしまったのだ。まともな神経の持ち主であれば、さっさと退散して拠点に戻り、インゴットを保管して、上役に報告せねばと思うのが普通であろう。

「ところで、アイツなんて名前なの?」

ソニアの問いにフラッドは首を横に振った。

「名前は明かさないんだ」

後ろ暗いことをしているという自覚はあるのだろう。

「まぁ、クレタに尾行されちゃ、名前くらいはすぐに判明するでしょうけどね」

透視・遠視魔法のエキスパートにして、日頃は探偵稼業で稼いでいるクレタである。先ほどの男がシルビオクラスの幻術の天才でもない限り、逃げ切るのは不可能だ。


ルヌギア歴 1685年 5月18日 ロッサキニテ・アローズバー『鳥の巣』

「私の勝ちですねー。女将さーん、ボメルさんからボトル入りまーす」

ハイディの放った矢がアローズの的の中心に突き刺さり、彼女の勝利宣言が店内に響き渡る。周辺にいる客からは「またハイディさんの勝ちかよー」という声が漏れる。

負けたのは、先日カジノからならず者を追い出したときに協力してもらったボメルである。スキンヘッドの頭を抱えて「ガーーー!」と唸っている。

「ボメルさん太っ腹だねー。ありがとね!」

と女将さんはボメルにウインクしつつ、賭けられていた1本10万フェンの高級ブランデーのボトルを棚から取り出してソニアに手渡す。ハイディが勝てば正規金額4割増しでボトル注文、ボメルが勝てば半額でボトル注文が可能という賭けアローズだったのだ。

ちなみに、現金を賭けていないのには理由がある。ここ数日、ハイディの腕が評判になって挑戦者が増加していて、店のベット総額が膨らみつつあるからだ。

普通の飲食店が客寄せにアローズをする場合、「ベット総額は1晩300万フェンまで」という暗黙の規定がオプタティオにはあるので、常連や酒好きの挑戦者には「ボトル注文を賭ける」という方式でベット総額に含めず、お茶を濁しているのだ。

「どうする? 皆さんに振舞う?」

女将さんから手渡されたブランデーを掲げつつソニアが問いかけると、ボメルは即答する。

「おう! 飲め飲め! 負けた分を痛みとして背負わなくちゃ、いつまで経っても男は勝てるようにはならねぇんだよ!」

ボメルの意志を聞いた客達からワッと歓声があがる。

ボメルとクレタがロッサキニテにやってきて、『鳥の巣』に来店したのは3日前である。「魔族の動きがきな臭いから、儲け話はないかと(より魔族勢力圏に近い)ロッサキニテにやって来た」ということだった。

とは言え、直近で請け負っている案件は無いということだったので、ソニアはバルザー金庫に対する捜査の協力を依頼したのだ。とくに、探偵業をやっているクレタの協力を得られたのは非常に大きいと言える。

店内の客にボメルの負け酒が振舞われ、瓶が空になったくらいのタイミングで、クレタが尾行から戻ってきた。

「ボメルさん、また負けたの?」

クレタはバーカウンターに座るソニアの横に腰を下ろしつつ聞いた。

「ボメルさんはたぶん6本目のボトル注文よ。ありがたいお客さんね」

「よく続けるねぇ」

ため息まじりに呟いたクレタに、女将さんが大きめのグラスに入ったビールを差し出す。

「お疲れ様。それサービスね」

「おっ、嬉しいですね! 遠慮なくいただきます」

クレタはそう言って、少しグラスを掲げてから1口で半分ぐらいを飲み込んで一息つく。

「で、お疲れのところ悪いけど、何か分かった?」

クレタがグラスをカウンターに置くのを待って、ソニアが聞いた。話が始まる様子を見て取り、ハイディや厨房を手伝っていたロゼ、そしてボメルがカウンターに集まってくる。

「いやいや、情報は鮮度が命だからね。じゃ、昨日フラッドと東区の酒場で会っていた男の名前と、その後の行動から」

クレタは懐から皮表紙の手帳を取り出して、ページをめくって説明を始めた。

「男の名前はトネリ・グリマルド。昨晩トネリは東区の酒場を出てから市街地をぐるっと1周回って、オプタ銀行本店裏にある雑居建屋の1階の『テッセラ商事』に入った。そこに30分ほど滞在してから帰宅。それ以降は、昼前まで自宅を見張っていたけど動き無し」

「テッセラ商事ってー、何をしているギルドですかー?」

クレタの説明の合間にハイディが聞くと、意外にもボメルが横から答える。

「オプタ銀系列の古物商だ。貴金属とか芸術品の取引をしているギルドだな。取り立てで強奪した品を現金に換えるのを、テッセラ商事が担当しているのかもな」

「なるほどー。預かった金のインゴットを、売却担当者に渡しに行ったんですねー」

フラッドのような傭兵連中が強引な取り立てを行い、高価な物品を奪ってバルザー金庫がそれを得ることができたとしても、現金にできなければ意味が無い。その現金化を実行しているのがテッセラ商事なのだろう。

「あともう1つ報告がある。トネリに動きがないから、今日の午後を使ってバルザー金庫の登記上のオーナーを調べてみたんだ。オプタ銀行やテッセラ商事の幹部と一致しないかって思ってね」

それを聞いて、ロゼが思い出したように言った。

「バルザー金庫の本拠地住所を調べた時に、私も役所でチェックしました。確かオーナーは4人いたと思いますが、オプタ銀幹部とは全く違う名前ばかりでしたよ」

「人数も名前もその通り。でも、それにはカラクリがあるんだ」

「カラクリですか?」

皆の興味を惹きつけるように、クレタは一拍置いてから得意げに話を進める。

「バルザーのオーナー4人は、オプタ銀行やテッセラ商事の幹部の親族なんだ。テッセラ商事のオーナーであるクヌピ・テッセラ、彼の妻の妹の夫がバルザーのオーナーの1人だよ。同じようにオプタ銀の現頭取ザンザラ・アラハの実母、正確には父の前妻もバルザーのオーナーの1人だった」

「離婚済みの実母ってことですか…、あっ! 分かりました、そういうことですか」

ロゼはカラクリに気付いた様子である。ハイディもカラクリが理解できたようでポンと手を叩く。

「私も分かりましたー。ファミリーネーム(姓)を誤魔化してたんですねー」

オプタティオでは夫婦別姓が認められていないため、配偶者同士は必ず同じファミリーネームになる。それゆえ、何らかの悪事を働くギルドを設立する場合は、ファミリーネームからギルドオーナーの正体がバレるリスクを抑えるために、ちょっと離れた親戚の名義で設立するのが常套手段になっているのだ。

「ハイディさんの言った通りだね。バルザーのオーナーの残り2人も似たようなスジで、1人は現オプタ銀顧問ミュッケ・ハルートの従弟。もう1人はロッサキニテ商工会会長カマール・プロドの伯母だ。加えてもう1つ、面白い事実も分かった。今挙げたオプタ銀幹部2人に、テッセラ商事オーナーと商工会会長を加えた4人は、全員1661年にオプタ銀に入行した同期だ」

4人の関係性を聞いたボメルが肩をすくめて言った。

「なんとまぁ、同期のクソみたいな絆で悪徳ビジネスってか。ムナクソの悪い糞共だな」

「だいたい同感ですけどー、ボメルさん言葉づかいが汚いですー」

「おっと失敬!」

「あはは…。でも、これでかなり関係性がハッキリしましたね」

ロゼは新情報に満足げな表情を浮かべてそう言った。ハイディもウンウンと頷いている。

しかし、ソニアは思考が追い付いておらず、脳内がショートして今にも頭から煙が出そうな雰囲気である。このまま次の話に移られて、判断を求められても困ってしまうだろうし、今の内に正直に聞いた方が良さそうだとソニアは結論づける。

「ごめん。ちょっと、理解が追い付いてないんだけど…」

申し訳なさそうにソニアがそう言うと、ロゼが紙をテーブルに広げてペンを手に取る。

「確認もこめて一緒に整理しましょう」

そう言って、ロゼは資金の流れから図に描き始めた。

「おそらく、金品や現金の流れはこうなっていると想定されます」

ロゼはソニアが「ふむふむ」と呟きながら理解を示しているのを確認して、さらに手を進める。

「そして、関係者の相関図はこのようになりますね」

ロゼの描いた相関図を見て、ソニアは納得顔を浮かべる。

「ありがと! お金の流れも、こいつらの関係もやっと分かったわ。ホントにセコイ連中ね」

商工会まで一枚噛んでいることを知り、ソニアは腹の底から怒りがふつふつと沸いてくるのを感じる。だが、それと同時に、ついに正体が分かってきたという喜びもあった。

「でも、やっと尻尾が掴めたわね」

森の中で獲物をみつけた狩人のように、ソニアは微かに口角を上げ、不敵な笑みを浮かべた。

~~続く~~

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