フェニックスファイナンス-2章8『会社は誰のモノ?』後編

2020年4月11日

2章8『会社は誰のモノ?』後編


「お疲れさまです、エフィアルテス様。物資買い占めの進捗状況です」

社長室から出て、来賓宿泊用の部屋に戻ったエフィアルテスに、側近のデーモンが書類をもって近寄ってきた。

「ふぅ」と一つ深く息をして気持ちを切り替えつつ、書類を受けとって状況を確認する。それを見て、側近がおおまかな説明を始める。

「おおむね計画通りです。ただ一点、気になることが御座いまして」

「なんだ?」

「3枚目の項目72番、ドルミール草粉末のオプタティ国内買い付けです」

デガドが資料の3枚目を開いたのを確認し、側近が続ける。

「ロッサキニテ周辺で、我らより先に買い占めに動いている者達がいます。それによってロッサキニテでの平均取引価格が先月の約1.6倍となっていて、品薄状態です」

皮張りのソファにどさっと腰をおとしつつ、エフィアルテスは悩ましげに言った。

「ドルミール草粉末を買い占められるのは思わしいとは言えぬな」

ドルミール草粉末を買い占められるのは、エフィアルテスにとって2つの問題がある。1つはドルミール草粉末によって、戦闘の拡大を邪魔されてしまうかもしれないことだ。ドルミール草粉末は大々的に進軍を遅らせられるようなアイテムではないが、要所要所で使われると戦闘規模拡大の腰を折る可能性は否めない。

そしてもう1つは、彼の本業である製薬会社経営において、コストが高くなるという点だ。ドルミール草はオプタティオ半島のロッサキニテ周辺と、魔界の一部にしか生息していない植物である。そのため、ロッサキニテは主要仕入れマーケットの1つであり、そこでの価格上昇は材料費高に直結するのだ。戦争に向けてドルミール草粉末から鎮痛剤や麻酔薬を大量生産して荒稼ぎしようとしているのに、材料費が大幅に上がってしまっては本末転倒である。

「1.6倍と言ったが、今の相場はいくらなのだ?」

「1kg単価で310万フェン、こちらの通貨で言えば約3万エイです」

「3万では、アヅチや魔界の相場より高いではないか」

かと言って、アヅチや魔界で原材料を仕入れてオプタティオまで輸送するにはコストが必要である。戦争が始まる前に製造を終わらせなければいけないため、時間的猶予もあまりない。オプタティオ前線の第2位株主で空運を生業にしているアーバドに頼めば、空輸を助けてはくれるだろうが、法外な特急料金を要求してくるのは目に見えている。


「鎮痛剤や麻酔薬の完成品を、他の製造拠点から運び込む方法も…」

側近がそう言いかけたのをエフィアルテスはギロッと睨みつけながら遮る。

「馬鹿者。ドルミール草粉末から作る薬剤は錠剤や粉薬ではない。液剤だ。それこそ輸送コストが跳ね上がって話にならぬ」

それを聞いた側近のデーモンは緑色の皮膚を青ざめながら、こうべを垂れる。

「も、申し訳ありません! 浅はかな考えでございました!」

液剤は重量が大きく、漏れださないように包装にも気をつかうため、錠剤や粉薬と比較すると輸送コストが段違いに高い。それこそ儲けが吹っ飛びかねない。

つまり、今回の戦争においてオプタティオ前線に鎮痛剤や麻酔薬を販売して利益を得ようとすると、現地仕入れ&現地生産が不可欠なのだ。6月中頃という開戦時期を遅らせることが可能ならば、他拠点から原料を輸送することで対処できるのだが、開戦時期は他の株主とも合意済みの事項であって、エフィアルテスの一存で変更することはできない。

エフィアルテスを始めとする主要株主達は、デガドの出方を封じ込めるために6月中頃の早期開戦を選んだのだが、エフィアルテスにとってはその選択が裏目に出てしまった格好である。

「買い占めを行っているのは誰か判明しているのか?」

質問に対し、側近は慌てつつ書類をめくる。

「はい。ええと…、フェニックスファイナンスという人間のギルドが買い漁っているようなのですが…」

エフィアルテスは側近の困惑の理由を察し、自分からそれを口にした。

「聞いたことの無い名前だな」

「はい。ロッサキニテ役場に提出された書類上では、昨月末に公国首都のアテスから移転となっているそうです。ギルドオーナーの名前はトオル・タカミネとなっています」

名前を聞いたエフィアルテスは眉間に皺をよせ、ボヤくように言った。

「トオルはいいとして、タカミネというのは日本人クサさのある名だな」

なんらかの神通力を持った日本人が妨害に動いているのならば厄介である。商売の邪魔になるのであれば早急に排除せねばならない。逆に、利用価値があるならば取り込むのもよい。

どちらにせよ"見極め"が必要だと思い至ったエフィアルテスは、側近に言った。

「よし、折角オプタティオまで来たのだし、直接見に行ってみようではないか」

2章9前編に続く

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