今日から始める異世界M&A-2章8『会社は誰のモノ?』

前回までのあらすじ

ルヌギアという異世界に転移した鷹峰亨は大儲けした金を活用するためにギルドを設立した。魔族が人間側に対して戦争を起こすという情報を得た鷹峰は、魔族に対して催眠効果のあるドルミール草粉末を買い込んで一儲けを企む。

2章8『会社は誰のモノ?』

ルヌギア歴 1685年 5月17日 クライオリン・ソクノッス砦(魔族・オプタティオ前線本社)

「また今年もやれと仰るのですか?」

エフィアルテスの持参した、「エパメダを攻めろ」という株主提案書を見て、デガドは相手を非難するような口調でそう言った。

「今年も、とはどういう意味だ? 私は去年の小競り合い程度で満足した覚えはないぞ」

返答したのは社長室の執務机を挟んで反対側に座る、大株主のエフィアルテスである。

「小競り合いですと? 我が社の従業員に、どれほどの死傷者が出たかお忘れですか?」

「忘れたな。私にとってはどうでもよい数字だ」

ワーウルフ族で100年に1匹の英雄と言われるデガドを前にして、ここまで喧嘩腰になれる者は、人間界はもとより、魔族の中でもほんの一握りに過ぎない。ただ、デガドにとって残念なことに、大株主であるエフィアルテスはその一握りに含まれているのだ。

「配当額に満足できないと言うお題目を唱えて我が社を利用し、あなたの会社の本業で利益をむさぼるような行為は止めていただきたい」

デガドの抗議に対し、エフィアルテスは薄ら笑いを浮かべる。

「青臭いな。お主に拒否する権利などあるのか? 会社は誰のモノなのだ? よもや従業員のモノだとは言うまいな?」

「会社は株主のモノです。そこを否定する程、私も青臭くはない。ただし…」

デガドはそう言って机の上に身を乗り出し、息がかかる距離までエフィアルテスに顔を近づける。

「ただし、株主のモノであっても、株主の”オモチャ”ではない。オプタティオ前線の兵の命を使った”遊び”に付き合わされるのは不愉快極まりない」

エフィアルテスは顔を近づけてきたデガドから遠ざかるように背もたれにもたれかかり、怪訝な顔で嘲笑するように返す。

「フン。なら次の株主総会で、お前の解任決議をするだけだ。後任は……、メルティノリッチでも担ぎ上げるのがよいかな」

デガドは目の下をひくつかせて怒りを表す。

「本気で言っているのですか?」

メルティノリッチは、オプタティオ前線に所属しているトロール族のリーダーである。人間を食すのが何よりの楽しみであり、そのためには手段や被害をいとわないという性格をしており、勝手な行動を取ることも多い。オプタティオ前線の問題社員の1人(1匹)と言える。

「メルティノリッチに、まともな指揮ができるとお思いですか?」

「思わぬよ。ヤツが全軍の指揮をとった日には、勝率などゼロに等しいだろう。だが、お主が『やらない』と言うなら致し方あるまい。こちらは、確実に戦争を起こしてくれるような後継者を仕立て上げるしかない」

エフィアルテスは冷酷な瞳でデガドを見つつ、深緑色の節くれ立った指を2本立てる。

「お主のとれる選択肢は2つだ。1つはメルティノリッチにCEO職を譲って、お主は会社から去るという道。もう1つはお主がCEOとして戦争を遂行し、被害を最小限にとどめつつエパメダを奪取するという道だ。戦争を拒否し、CEOも続けるという第3の道など無いぞ」

デガドは椅子に座り直し、自分の怒りを抑え付けるように鼻から息を吐き出してから言った。

「被害を抑えたければ、自力で乗り切れとおっしゃるのか?」

「その通りだ。そうしてくれるのが、我々株主にとってもベストであろうな」

これはエフィアルテスの偽らざる本音である。口では嫌味を言っているが、エフィアルテスはデガドの指揮官としての優秀さ・勇猛さは高く評価しているし、まずまず優れた経営者であるとも考えている。それゆえ、嫌々ながらもデガドが株主の提案に従ってくれるのが望ましいのだ。

「それに、エパメダを落とせば収奪品で利益がたんまり出るだろう。ラマヒラール金山と比較すれば、農産物が多くて換金も容易だろうしな」

「簡単に言ってくれる」と思いつつ、デガドはしばらく無言でエフィアルテスを睨みつける。提示された選択肢が両方とも気に入らないのは間違いないが、それ以外の道が無いのも事実である。

株主の提案に従うフリをしつつ、のらりくらり開戦を先延ばしするような策を弄するという道もあるが、現実的ではない。引き伸ばせる期間はせいぜい2週間程度であろうし、それ以上伸ばしては職務怠慢という理由で解任されるだろう。そうなれば、結局は1つ目の道を選ぶのと大きな違いは無い。

つまり、デガドの取りうる選択肢は2つ目の道、「自分で指揮をとって最低限の被害で勝利する」しか存在しないのだ。

「わかりました。それで、この戦はいつまでに起こせとおっしゃるのか?」

それを聞いて、エフィアルテスは微笑みを浮かべる。

「6月の中頃には攻勢を開始し、月末にはエパメダの街を案内して欲しいものだな」

「もう少し準備に時間を…」

エフィアルテスは首を横に振りつつ立ち上がる。

「ならぬ。では、頼んだぞ」

有無を言わさずそう通達して、エフィアルテスは部屋から出て行った。デガドは殺気を湛えた目で、エフィアルテスの居た空間を睨み続けていた。


「お疲れさまです、エフィアルテス様。物資買い占めの進捗状況です」

社長室から出て、来賓宿泊用の部屋に戻ったエフィアルテスに、側近のデーモンが書類をもって近寄ってきた。

「ふぅ」と一つ深く息をして気持ちを切り替えつつ、書類を受けとって状況を確認する。それを見て、側近がおおまかな説明を始める。

「おおむね計画通りです。ただ一点、気になることが御座いまして」

「なんだ?」

「3枚目の項目72番、ドルミール草粉末のオプタティ国内買い付けです」

デガドが資料の3枚目を開いたのを確認し、側近が続ける。

「ロッサキニテ周辺で、我らより先に買い占めに動いている者達がいます。それによってロッサキニテでの平均取引価格が先月の約1.6倍となっていて、品薄状態です」

皮張りのソファにどさっと腰をおとしつつ、エフィアルテスは悩ましげに言った。

「ドルミール草粉末を買い占められるのは思わしいとは言えぬな」

ドルミール草粉末を買い占められるのは、エフィアルテスにとって2つの問題がある。1つはドルミール草粉末によって、戦闘の拡大を邪魔されてしまうかもしれないことだ。ドルミール草粉末は大々的に進軍を遅らせられるようなアイテムではないが、要所要所で使われると戦闘規模拡大の腰を折る可能性は否めない。

そしてもう1つは、彼の本業である製薬会社経営において、コストが高くなるという点だ。ドルミール草はオプタティオ半島のロッサキニテ周辺と、魔界の一部にしか生息していない植物である。そのため、ロッサキニテは主要仕入れマーケットの1つであり、そこでの価格上昇は材料費高に直結するのだ。戦争に向けてドルミール草粉末から鎮痛剤や麻酔薬を大量生産して荒稼ぎしようとしているのに、材料費が大幅に上がってしまっては本末転倒である。

「1.6倍と言ったが、今の相場はいくらなのだ?」

「1kg単価で310万フェン、こちらの通貨で言えば約3万エイです」

「3万では、アヅチや魔界の相場より高いではないか」

かと言って、アヅチや魔界で原材料を仕入れてオプタティオまで輸送するにはコストが必要である。戦争が始まる前に製造を終わらせなければいけないため、時間的猶予もあまりない。オプタティオ前線の第2位株主で空運を生業にしているアーバドに頼めば、空輸を助けてはくれるだろうが、法外な特急料金を要求してくるのは目に見えている。

「鎮痛剤や麻酔薬の完成品を、他の拠点から運び込む方法も…」

側近がそう言いかけたのをエフィアルテスはギロッと睨みつけながら遮る。

「阿呆が。ドルミール草粉末から作る薬剤は錠剤や粉薬ではない。液剤だ。それこそ輸送コストが跳ね上がって話にならん」

それを聞いた側近のデーモンは緑色の皮膚を青ざめながら、こうべを垂れる。

「も、申し訳ありません! 浅はかな考えでございました!」

液剤は重量が大きく、漏れださないように包装にも気をつかうため、錠剤や粉薬と比較すると輸送コストが段違いに高い。それこそ儲けが吹っ飛びかねない。

つまり、今回の戦争においてオプタティオ前線に鎮痛剤や麻酔薬を販売して利益を得ようとすると、現地仕入れ&現地生産が不可欠なのだ。6月中頃という開戦時期を遅らせることが可能ならば、他拠点から原料を輸送することで対処できるのだが、開戦時期は他の株主とも合意済みの事項であって、エフィアルテスの一存で変更することはできない。

エフィアルテスを始めとする主要株主達は、デガドの出方を封じ込めるために6月中頃の早期開戦を選んだのだが、エフィアルテスにとってはその選択が裏目に出てしまった格好である。

「買い占めを行っているのは誰か判明しているのか?」

質問に対し、側近は慌てつつ書類をめくる。

「はい。ええと…、フェニックスファイナンスという人間のギルドが買い漁っているようなのですが…」

エフィアルテスは側近の困惑の理由を察し、自分からそれを口にした。

「聞いたことの無い名前だな」

「はい。ロッサキニテ役場に提出された書類上では、昨月末に公国首都のアテスから移転となっているそうです。ギルドオーナーの名前はトオル・タカミネとなっています」

名前を聞いたエフィアルテスは眉間に皺をよせ、ボヤくように言った。

「トオルはいいが、タカミネというのは日本人クサさがあるのぅ」

なんらかの神通力を持った日本人が妨害に動いているのならば厄介である。商売の邪魔になるのであれば早急に排除せねばならない。逆に、利用価値があるならば取り込むのもよい。

どちらにせよ”見極め”が必要だと思い至ったエフィアルテスは、側近に言った。

「よし、折角オプタティオまで来たのだし、直接見に行ってみようではないか」

~~続く~~

前の話に戻る 次の回へ進む

※「最新話の更新を知りたい」という読者様は下のボタンからフォローしてくださいネ!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です