フェニックスファイナンス-2章6『お買い物は何ですか?みつけにくい物ですか?』後編

2020年4月11日

2章6『お買い物は何ですか?みつけにくい物ですか?』後編


つまり、クラルス解毒液に投機を仕掛けるのは、最前線の兵士の命と金銭利益を秤にかけて後者をとるということである。ギルド評判の観点では何一つ良いことは無い。無論、ソニアもいい顔をしないだろう。

「やめとこう。さすがに、精鋭部隊の活躍を邪魔するのは後ろめたいし、ギルドの悪評になりかねない」

シルビオが不満そうに口を開く。

「ええー、儲かりそうなのに」

「だいたい、そんな最前線で生き死にかけてる奴らの必須アイテムを買い占めたら、ソニアがいい顔しないだろ」

「うーん……」

と唸りながらシルビオは考えたが、納得した様子を浮かべる。

「確かに。ま、クラルス解毒液は消費期限もあるしね。3ヶ月経っちゃうと効果半減なんだ」

「それを先に言え」

ここ2,3分、真剣に思案したエネルギーを返してもらいたい。

そもそも、消費期限が3ヶ月となると、3ヶ月以内に戦争が起きないと大損である。起きると完全に決まってもいない状況で大量購入するようなものではない。

その後も同様に、目につく商品についてシルビオに解説を頼み、ダメそうだという結果を聞く作業を20回程繰り返し、「これだという商品は見つかるのだろうか…」という疑念が強まってきた時であった。

鷹峰が視線を下に落とすと、床置きされている木箱に紙袋が積まれているのが目に映った。「ドルミール草粉末/1kg200万フェン」と書かれている。

「このドルミール草粉末って何なんだ?」

シルビオは何やら水晶玉のようなものを手に取って、コンコンと叩きながら面倒くさそうに答える。

「魔族に対して催眠作用がある粉末だよ。あいつらはそれを逆用して、鎮痛剤とか麻酔薬に加工して使ってるね」

「人間にも効くのか?」

「人間には無害無効化だよ」

「じゃあ、なんでそんなシロモノが人間の問屋に売ってるんだ?」

「ドルミール草が生息しているエリアって限られていて、確かこの辺と魔界の極一部なんだ。だから、魔族との取引が許可されている国の商人がこの辺に買い付けに来るんだよ」

産地が少なく、人間の商人が仕入れようとすると、ロッサキニテしかないということか。

「値上がりはしそうか?」

「戦争となると魔族側の消費量は上がるだろうから、相場は上がるだろうね。金汚い奴も多いから、戦争計画段階で買占めに手を出す魔族もいるんじゃないかなぁ。あと、人間側で使いたがるヤツも多少はいるし」

人間には効果が無いというのに、どう使うというのだろうか。

「もうちょっと詳しく教えてくれ。人間は何のために使うんだ?」

鷹峰の質問攻めに根負けしたように、シルビオは水晶玉を棚に置いて説明を始める。

「護身用アイテムの一種になるんだ。ドミ玉って言うんだけど、衝撃で破裂するような仕掛けをした袋に粉末を詰めて、それを魔族に投げつける。上手く当たって、魔族が粉末を吸い込んだり飲み込んだりすると、意識レベルを落とすことができるって寸法」

なるほど、相手を眠らせる魔法アイテムのようなものだろう。ただ、それが護身用アイテムなのだろうか。

「効果は分かったが、そのドミ玉は護身用アイテムなのか? 普通に戦闘時に使って、朦朧とさせてから切るなり殴るなりできるだろ」

「薬としては即効性の有る方だけど、吸引して即バタンとはいかないよ。それに、魔族もドミ玉の存在は知っているから、それっぽいものを投げつけられて、『何かクラっと来たぞ』って感じたら、すぐに逃げちゃうんだ。ほとんどの魔族って人間より足が速いから、向こうが逃げるのを追いかけるのは難しいし」

「なら、広範囲に大量投下したらどうだ?」

シルビオは首を横に振って答える。

「単価が高すぎてそんなにバカスカ使えないよ。数百万フェンを費やして巨大ドミ玉を作って、投石機で魔族の集団にぶつけたとしても、2,3小隊を一時撤退させられるくらい。本格的な戦争となると、後方から別の小隊が交代でやって来てそれでおしまい。だから、1時しのぎのアイテムでしかないんだ」

魔族の大軍となると数も多そうだし、数十匹を一時的に後方送りしたところで知れているのだろう。結局のところ、ドミ玉は目の前の少数の魔族の群れに対し、そいつらが逃げ出してくれる場面を作るためにしか使えないということだ。

「なるほどな。ただ、単価が高いなら、護身用としても売れにくいだろ?」

「その通りだよ。だから、ドミ玉を買う人間って王侯貴族様くらいなんだ。王侯貴族様が魔族の多い危険地帯を突っ切るような時に買い込むくらい」

大量販売には向かなそうだが、底堅いニーズは期待できそうだ。ドルミール草粉末を買い込んで、戦争が起きなかったとしても、長期的にドミ玉を作りながら販売していけば大損することはないだろう。

それに、ニーズが魔族側に偏っている点も良い。価格高騰に目くじらを立てるのは、王侯貴族様を除けば、一部の魔族と取引する商人だけだ。一般市民から敵視されることは無いだろう。

万一、王侯貴族様から不評を買ったとしても、ドミ玉を作って献上すればいい。そこからコネクションを作れるなら投資としても悪くない。

そんなことを考えて、「よし、こいつを買おう」と鷹峰が言おうとした時、シルビオがふと何気なく口にした言葉が耳に入った。

「しっかし、ドミ玉ってアイテムとしちゃ効果的だけど、コスパ考えると非効率なんだよね。加工を工夫したら、もっと効率よく相手の意識を奪えるアイテムが作れると思うんだけどな」

「加工を工夫というと?」

シルビオは手を上げて、何かが広がっていくようなジェスチャーをしながら説明する。

「例えば、成分を抽出して気体にして、風魔法と組み合わせて長期間空中に滞留するような状態にすれば、拠点防衛用に使えるんじゃないかなーって」

空間に催眠物質を満たすことで、魔族が踏み込めない場所を作るということか。可能だとしたら抜群に有用であろう。

ドルミール草粉末を買い占め、投機&加工の両面展開で儲けるのも良さそうだ。

「シルビオ、その拠点防衛用のアイテムってお前自身で開発できるのか? あとドミ玉って作れるか?」

シルビオはその質問に即答する。

「新アイテムにしてもドミ玉にしても設備が要るね」

「その設備って、薬品とか、化学研究してるようなギルドにはあるものなのか?」

「新アイテムの方は何が必要になるか確信は持てないけど、ドミ玉作るくらいの設備なら、製薬をしているギルドにはあると思うよ」

それはちょうどいいと思い、鷹峰は表情を綻ばせる。バルザー金庫の債務整理訴訟の原告団に組み込むために、海運ギルド『ホナシス』から紹介してもらう予定のギルドの1つが薬品研究をしているギルドなのだ。

初回の挨拶には鷹峰自身が出向くつもりだったので、設備を借りたり、ドミ玉の製造依頼が可能かも含めて一緒に話をすれば一石二鳥だ。

「設備はアテがある。ドルミール草粉末を買い付けつつ、設備も確認してみよう」

2章7前編に続く

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