フェニックスファイナンス-2章5『魔族より怖い女』後編
2章5『魔族より怖い女』後編
「お前、ソニア・ジョアンヴィスか」
縛り上げられて、事務所内の倉庫に突き込まれた男が言った。マットと呼ばれた方の男はまだ意識を失っているようで、沈黙している。
「そうよ」
「チッ、逃げるのが正解だったか」
そう言ったきり男は黙り込む。
「あんた名前は? バルザー金庫の人間?」
「知らんね」
男は横を向いて視線を逸らす。
「どこかの傭兵?」
「さあな」
「誰に命令されているの?」
「フン」
すっとぼけるつもりのようだ。シルビオがいると幻惑系の魔法で自白に追い込めるのだが、今は鷹峰と市場で投機物品の買い付け中だ。探すのも一苦労だろう。
「そんな非協力的だとー、このブロードソード売っちゃいますよー」
倉庫の入り口に立っていたハイディが、威圧のようで威圧になっていないセリフを口にする。
「勝手にし……、いやちょっと待て」
当たり前の反応が返ってきたと思ったが、何かに食いついたようだ。
「大して高い品でもないでしょ。ドアの修理代にさせてもらうわ」
「いや、それは……。そこをなんとか…」
ハイディも男の異変を感じ取った様子で、「むー」と唸りつつ剣を眺める。そして気付いた。
「あれ、エンブレムが入ってますねー」
ハイディの言葉に、ロゼとイゴールが横からのぞき込む。刀身の根本に丸っこい紋章のようなものが刻印されているのが見える。
「お、おい……」
男はさらに慌て、芋虫のように体をよじりながら入口にいるハイディの足元に行こうとする。だが、ソニアに引っ張られて再度倉庫内に引きずり戻される。
「えーと、これは確かベリタ傭兵会のエンブレムだね」
エンブレムを覗き込んでいたイゴールが言った。
「ベリタって、仁義と誠実がモットーっていう東地区のあそこ?」
ソニアの質問にイゴールが頷く。
「ああ。昔は金山にも常時3人くらい傭兵を寄越してもらっていたな」
ベリタ傭兵会はロッサキニテの東地区スラム街に本拠を置く傭兵ギルドだ。ギルドオーナーのブロル・ベリタがスラムの孤児院出身の仲間達と一緒に立ち上げた傭兵団で家族意識が強く、兄貴分と弟分が義兄弟といった間柄になっていることも多い。
そういった組織の特色から、何かと色眼鏡で見られることも多いが、社会の迷惑になるような活動には手を染めない主義で知られている。庶民の困りごとに対して割安価格で真摯に対応してくれる庶民派ギルドとして好評を得ているのだ。
「確か、ベリタのエンブレム付きブロードソードって、初めての給金の時に兄貴分から貰えるって習わしなんだよな」
イゴールがそう言って男を見ると、男はまた視線を横に逸らす。兄貴分から貰ったブロードソードであるなら、売られるのはたまったものでは無いハズだ。
ソニアはさらに男に詰問する。
「あんたベリタ傭兵会の人間なの?」
「そ、そんなギルド、聞いたことが御座いませんね…」
「なんでいきなり敬語になるのよ」
明らかに狼狽している。
「じゃあ、あんたを事務所前まで引っ張っていって、ブロードソードのオークションをそこでやりましょうか?」
「そ、そのブロードソードは知人からの借り物で、その知人の大事な…」
「なるほど。犯行に使用する凶器を貸与した共犯者がベリタ傭兵会にいるということですか。なおさら許せませんね。公国の衛兵にブロードソードごとあなたを突き出して報告しましょう」
ロゼがわざとらしく追い込むと、男は縛られたまま頭を床につける。
「止めてくれ! お願いだから!」
イゴールが憐れみを込めた目で言った。
「もういい加減諦めたらどうかね。義理堅いベリタ傭兵会の人間が、どうしてこんなアコギな取り立てをやっているんだね?」
男は顔をすこし上げて、言いにくそうに口を開いた。
「あんた達には言えない事情があるんだよ」
「事情って何よ? あんたバルザーに借金でもしたの?」
「俺個人の話じゃあない」
「じゃあ、ベリタ傭兵会がバルザーに借金でもしてるの?」
「借金だけじゃねぇんだよ。そんな単純じゃねぇ」
ベリタ傭兵会は何か弱みを握られて、取り立て業務をやらされているのかもしれない。そう感じ取ったハイディが提案する。
「と言うことは、あなたの選択肢は2つですねー。口を割らずに、ブロードソードと一緒にさらし者にされてー、ベリタ傭兵会の看板に泥を塗るというのが1つですねー」
ハイディはもったいぶって、男を見る。
「もう1つは、知ってることを全部ゲロっちゃってー、私たちに協力して、一緒にバルザーを叩き潰すってことですねー」
「叩き潰す? ほ、本気なのか?」
男は信じられないといった表情でソニアを見て言った。
「本気よ」
男はそれでも迷っている。
「あんたが口を割らないなら、別の取り立て屋を捕まえて同じことをやるだけよ。バルザーが音を上げて許しを乞うまでやり続けるわ」
ソニアの決意を聞いても男は数秒ほど迷った。
だが最後には意を決したように、ソニアを見て言った。
「分かった。俺はベリタ傭兵会のフラッドだ。何から話せばいい?」
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