フェニックスファイナンス-2章5『魔族より怖い女』中編
2章5『魔族より怖い女』中編
ルヌギア歴 1685年 5月16日 ロッサキニテ
この日ソニアは、ロゼとハイディがロッサ金属鉱山で被害額算定をするというので、それに同行することにした。
「結局、ここ4日間は遭遇できなかったんですよねー?」
移動の道すがら、ハイディが聞いてきた。
「4ギルドで1日ずつ粘ったんだけど全く無かったわね。バルザーが実在しているのか疑問に感じちゃうくらいよ」
ソニアはここ4日間、取り立てに来た人間を逆捕縛してやろうと、1日ずつ4つのギルドの事務所にて待機していた。だが、バルザーの取り立て屋は現れなかった。取り立て屋とは、会いたくもない時に限ってやって来るが、会おうと思うとなかなか会えない存在である。
「しかも、どこのギルドも空気が重くてさぁ……」
もう1つ気苦労となるのは事務所の空気が重いことである。訪問先は借金を返せずに四苦八苦しているギルドであり、軽い世間話ができるような雰囲気ではない。
「私たちは事務的な課題があるのでビジネスライクに話を進められますけど、ソニアさんは待ち構えるような状況ですから辛いですよね」
「ホントそれよ!」
ロゼがまさに言いたいことを代弁してくれた。どこのギルドでも入り口の横あたりに椅子を用意されており、一日そこにチョコンと座って待っているのだ。居心地が悪いどころではない。
とは言え、それを分かってくれる仲間がいるのは良いことだ。今日は彼女たちもいるし、昔馴染みのロッサ金属鉱山だから、気は楽である。たまには一日くらい、気楽に過ごす日があってもいいじゃないか。
そんなことを思いながら、ロッサ金属鉱山の事務所のある一角に差し掛かると、男性の叫ぶ声と、ガンガンという打撃音が響く。
「おい! 出てこいよ!」
ソニアは反射的に声の方向に駆け出した。どうやら今日は気楽に過ごせないようだ。
15秒ほど走ると、ロッサ金属鉱山の事務所が見えてきた。男が2人扉の前に立ち、脅し文句を並べつつドアを蹴っている。先日のカジノと違って、"見たまんまのならず者"といった風体ではないが、銀行員といったイメージでもない。筋肉質な一般人といったところだ。
声の届く距離に近づき、「ちょっと」と声を掛けようとしてソニアはギョッと目を剥く。なんと男たちは刃渡り1メートル近いブロードソードを木製のドアに突き刺しているのだ。
激烈な怒りが彼女の中に沸き起こる。
同時に、頭の中で冷静に相手の動きを予測し、最適な先手を導き出す。
「あのー、ちょっといいですか?」
ソニアは怒りを感じさせない声で男の背後から優しく語り掛けつつ、肩をたたく。
「ん?」
2人の男がソニアに顔を向ける。その瞬間、ソニアは体をひねって右側にいる男の顎に肘を打ち付けて一撃で昏倒させる。相手が素人ならまだしも、戦力が分からない状況での2対1は避けなければならない。ゆえに確実に倒せそうに見えた方を一撃で沈めたのだ。
それを見たもう一人の男は、右手でブロードソードを扉から抜いて、剣先をソニアに向けてけん制しつつ、素早く距離を取る。反応が速い。剣の扱いにも慣れている様子だ。
「おい! マット!」
男は倒れた相棒に向かって呼びかけるが反応はない。
「こいつがマット? であんたは誰? バルザー金庫の人?」
そう言いながらソニアはブロードソードの剣先を見て、血が付着していないことを視認する。扉の向こう側でギルドオーナーのイゴールが倒れているという事態は無さそうで安堵する。
「なんだきさま、いや、どこかで…」
どうやら顔を知られている。傭兵かもしれない。おそらく大したことはないだろうが、少しばかりスキが欲しい。などと考えていた時、
「ソニアさん! 脅迫罪!暴行罪!強盗罪その他諸々成立です!」
「ハイディちゃんも証人としてしっかり見てますよー」
追い付いてきたロゼとハイディが、近所の注目を集めるように大きな声で言った。いきなり罪状を告げられて、男は一瞬だけそちらに視線が動いてしまう。
ソニアはそれを見逃さずに相手の剣を払いつつ、相手の懐に飛び込み、渾身の力で右拳を腹に叩き込む。
「グフッ」
と嗚咽するが、男は倒れない。ブロードソードを持った右腕の力を振り絞り、ソードの柄でソニアを打ち据えようとする。
しかし、その反応は彼女の想定の内であった。体重差のある相手を『ボディ一発で倒せる』なんて夢物語はとっくの昔に捨てている。
ソニアは左手で男の右腕を受け止めて引っ張りつつ、その眼前で沈み込むように反転して腰を跳ね上げる。
「あひ」
悲鳴にならない声をあげつつ、男の体が浮く。一本背負いである。
ここが酒場や道場ならば、あとは重力に任せて落とすだけである。しかし、今は制圧が最優先。よって彼女は自身の足を浮かせて回転の中に自らを投じ、全体重を相手に預ける。
ボンッと肉が石畳に叩きつけられる低い音が響く。ソニアは仰向けになって喘ぐ男の上に体を乗せつつ、男の腕を捻り上げて言った。
「腕を折られたくなければ、剣を離しなさい」
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