フェニックスファイナンス-2章5『魔族より怖い女』前編

2020年4月11日

前回までのあらすじ

ルヌギアという異世界に転移した鷹峰亨は大儲けした金を活用するためにギルドを設立し、債務整理ビジネスに手を付け始めた。悪徳高利貸業者であるバルザー金庫の正体をつかむために、鷹峰達は捜査を始める。

2章5『魔族より怖い女』前編

ルヌギア歴 1685年 5月12日 独立商都アヅチ ホテル『アツモリ』

この日、エフィアルテスの呼びかけで、株式会社オプタティオ前線の有力株主三者がホテル『アツモリ』にて密会していた。デガドに通達する株主提案のすり合わせを行うためである。

「これはまた、すごい提案ですな」

エフィアルテスは、背筋に冷や汗を感じながら、相手の機嫌を伺うように言った。

「ね!そうでしょう!?」

ロイヤルスイートのソファから体を浮かせ、嬉しそうにそう言ったのは人間の女だった。

目にかかってきた灰色の長い髪をたくしあげ、キレ長い目を細く開いてニッコリとほほ笑んでいる。この女こそ第3位株主の投資ファンド『ブライ』の代表レーナである。

数ヶ月前まで、オプタティオ前線の第3位株主はアヅチで貸金業を営んでいたマルティンというグレムリンであったのだが、その事業ごと買収して株主となったのが彼女であった。

「た、確かにこれは儲かりそうですな」

翼鳥族の有力者であるアーバド(第2位株主)が付け加えるように言った。幅5メートルはあろうかという大きな翼を落ち着きなく動かしている。

レーナが提案してきたのは、オプタティオ公国の都市エパメダに対する侵略・略奪戦争である。彼女がエパメダを選んだのは、ひとえに戦闘を大規模にするためだ。

エパメダは半島南部にある公国第4の都市である。肥沃な土壌に恵まれており、古くから広大な田畑を構える農業都市として発展してきた。その豊かな土地を争って、人間と魔族、あるいは人間同士が何度も戦ってきた土地だ。

このエパメダの地形的特徴を一言で表現すると「遮るものが無い平原」となる。大兵力を展開しやすく、いざ戦争となれば大軍同士の正面衝突が起きやすい。当然、今回も人間と魔族の双方に甚大な被害が出るだろう。

「しかし、少々苛烈すぎる気もしますな」

強欲資本主義を地でいくエフィアルテスであっても、ここまで被害拡大を目的とした提案をされては一抹の不安を感じる。

だが、それを聞いたレーナは微笑みを崩さず、真っ黒い目を向けて優しく問いかけるように言った。

「いっぱい血が流れて、いっぱい命が失われ、いっぱいお金が生まれる。最高じゃないですか。それなのに、何がご不満なんです?」

有無を言わせない圧力がエフィアルテスを襲う。180年以上生きてきたデモニック族のエフィアルテスですら心臓がすくみ上りそうになる。

「人間側にも多く被害が出ますぞ」

深刻な表情で、確認するようにエフィアルテスは言った。しかし、レーナはキョトンとした顔で返す。

「ええ。それが何か?」

エフィアルテスは何やら禍々しい、真っ黒いなにものかが頭を押さえつけてくるような感覚にかられ、「なるほど、これが『魔女』か…」とレーナの通り名に1人納得する。彼の魔族としての本能が、逆らうべきではないという信号を発している。

「いえ、お分かりであるなら委細申しますまい。これでいきましょう」

「私も異存はありませんぞ!」

アーバドも怯えるような声で右に倣った。

合意を得たレーナは、首を傾けて満面の笑みを浮かべる。

「嬉しい! 正直なところ、第3位のポッと出の株主なので、差し出がましいと思われないかと不安で不安で…。でも、勇気を出してお伝えしてよかった」

「嘘をつけ性悪女め」とエフィアルテスは思ったが口には出さなかった。いや、出"せ"なかったと言う方が正しいかもしれない。

レーナとアーバドとの会談を終え、部屋から退出したエフィアルテスが側近のデーモンに言った。

「あの女、得体が知れんな。人間なのに良心の呵責というものが全く無いようだ」

「仰る通りです、横に控えておりましたが、震えが止まりませんでした」

「これからも株主として関わっていかねばならないと思うと、気が重いな…」

珍しくボヤいたエフィアルテスだが、すぐに気を取り直して指示を出す。

「まぁいい。それより、早速物資の買い占めを始めてくれ」

「承知しました。オプタティオへの出張も予定通りでよろしいですか?」

エフィアルテスは頭にまとわりつくレーナの幻影を振り払うかのように、「うむ」と言いながら力強くうなずいた。

2章5中編に続く

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