今日から始める異世界M&A-2章5『魔族より怖い女』

前回までのあらすじ

ルヌギアという異世界に転移した鷹峰亨は大儲けした金を活用するためにギルドを設立し、債務整理ビジネスに手を付け始めた。悪徳高利貸業者であるバルザー金庫の正体をつかむために、鷹峰達は捜査を始める。

2章5『魔族より怖い女』

ルヌギア歴 1685年 5月12日 独立商都アヅチ ホテル『アツモリ』

この日、エフィアルテスの呼びかけで、株式会社オプタティオ前線の有力株主三者がホテル『アツモリ』にて密会していた。デガドに通達する株主提案のすり合わせを行うためである。

「これはまた、すごい提案ですな」

エフィアルテスは、背筋に冷や汗を感じながら、相手の機嫌を伺うように言った。

「ね!そうでしょう!?」

ロイヤルスイートのソファから体を浮かせ、嬉しそうにそう言ったのは人間の女だった。

目にかかってきた灰色の長い髪をたくしあげ、キレ長い目を細く開いてニッコリとほほ笑んでいる。この女こそ第3位株主の投資ファンド『ブライ』の代表レーナである。

数ヶ月前まで、オプタティオ前線の第3位株主はアヅチで貸金業を営んでいたマルティンというグレムリンであったのだが、その事業ごと買収して株主となったのが彼女であった。

「た、確かにこれは儲かりそうですな」

翼鳥族の有力者であるアーバド(第2位株主)が付け加えるように言った。幅5メートルはあろうかという大きな翼を落ち着きなく動かしている。

レーナが提案してきたのは、オプタティオ公国の都市エパメダに対する侵略・略奪戦争である。彼女がエパメダを選んだのは、ひとえに戦闘を大規模にするためだ。

エパメダは半島南部にある公国第4の都市である。肥沃な土壌に恵まれており、古くから広大な田畑を構える農業都市として発展してきた。その豊かな土地を争って、人間と魔族、あるいは人間同士が何度も戦ってきた土地だ。

このエパメダの地形的特徴を一言で表現すると「遮るものが無い平原」となる。大兵力を展開しやすく、いざ戦争となれば大軍同士の正面衝突が起きやすい。当然、今回も人間と魔族の双方に甚大な被害が出るだろう。

「しかし、少々苛烈すぎる気もしますな」

強欲資本主義を地でいくエフィアルテスであっても、ここまで被害拡大を目的とした提案をされては一抹の不安を感じる。

だが、それを聞いたレーナは微笑みを崩さず、真っ黒い目を向けて優しく問いかけるように言った。

「いっぱい血が流れて、いっぱい命が失われ、いっぱいお金が生まれる。最高じゃないですか。それなのに、何がご不満なんです?」

有無を言わせない圧力がエフィアルテスを襲う。180年以上生きてきたデモニック族のエフィアルテスですら心臓がすくみ上りそうになる。

「人間側にも多く被害が出ますぞ」

深刻な表情で、確認するようにエフィアルテスは言った。しかし、レーナはキョトンとした顔で返す。

「ええ。それが何か?」

エフィアルテスは何やら禍々しい、真っ黒いなにものかが頭を押さえつけてくるような感覚にかられ、「なるほど、これが『魔女』か…」とレーナの通り名に1人納得する。彼の魔族としての本能が、逆らうべきではないという信号を発している。

「いえ、お分かりであるなら委細申しますまい。これでいきましょう」

「私も異存はありませんぞ!」

アーバドも怯えるような声で右に倣った。

合意を得たレーナは、首を傾けて満面の笑みを浮かべる。

「嬉しい! 正直なところ、第3位のポッと出の株主なので、差し出がましいと思われないかと不安で不安で…。でも、勇気を出してお伝えしてよかった」

「嘘をつけ性悪女め」とエフィアルテスは思ったが口には出さなかった。いや、出”せ”なかったと言う方が正しいかもしれない。

レーナとアーバドとの会談を終え、部屋から退出したエフィアルテスが側近のデーモンに言った。

「あの女、得体が知れぬ。人間なのに良心の呵責というものが全く無いようだ」

「仰る通りです、横に控えておりましたが、震えが止まりませんでした」

「これからも株主として関わっていかねばならないと思うと、気が重いのぅ」

珍しくボヤいたエフィアルテスだが、すぐに気を取り直して指示を出す。

「まぁよい。それより、早速物資の買い占めを始めよ」

「承知しました。オプタティオへの出張も予定通りでよろしいですか?」

エフィアルテスは頭にまとわりつくレーナの幻影を振り払うかのように、「うむ」と言いながら力強くうなずいた。


ルヌギア歴 1685年 5月16日 ロッサキニテ

この日ソニアは、ロゼとハイディがロッサ金属鉱山で被害額算定をするというので、それに同行することにした。

「結局、ここ4日間は遭遇できなかったんですよねー?」

移動の道すがら、ハイディが聞いてきた。

「4ギルドで1日ずつ粘ったんだけど全く無かったわね。バルザーが実在しているのか疑問に感じちゃうくらいよ」

ソニアはここ4日間、取り立てに来た人間を逆捕縛してやろうと、1日ずつ4つのギルドの事務所にて待機していた。だが、バルザーの取り立て屋は現れなかった。取り立て屋とは、会いたくもない時に限ってやって来るが、会おうと思うとなかなか会えない存在である。

「しかも、どこのギルドも空気が重くてさぁ……」

もう1つ気苦労となるのは事務所の空気が重いことである。訪問先は借金を返せずに四苦八苦しているギルドであり、軽い世間話ができるような雰囲気ではない。

「私たちは事務的な課題があるのでビジネスライクに話を進められますけど、ソニアさんは待ち構えるような状況ですから辛いですよね」

「ホントそれよ!」

ロゼがまさに言いたいことを代弁してくれた。どこのギルドでも入り口の横あたりに椅子を用意されており、一日そこにチョコンと座って待っているのだ。居心地が悪いどころではない。

とは言え、それを分かってくれる仲間がいるのは良いことだ。今日は彼女たちもいるし、昔馴染みのロッサ金属鉱山だから、気は楽である。たまには一日くらい、気楽に過ごす日があってもいいじゃないか。

そんなことを思いながら、ロッサ金属鉱山の事務所のある一角に差し掛かると、男性の叫ぶ声と、ガンガンという打撃音が響く。

「おい! 出てこいよ!」

ソニアは反射的に声の方向に駆け出した。どうやら今日は気楽に過ごせないようだ。

15秒ほど走ると、ロッサ金属鉱山の事務所が見えてきた。男が2人扉の前に立ち、脅し文句を並べつつドアを蹴っている。先日のカジノと違って、”見たまんまのならず者”といった風体ではないが、銀行員といったイメージでもない。筋肉質な一般人といったところだ。

声の届く距離に近づき、「ちょっと」と声を掛けようとしてソニアはギョッと目を剥く。なんと男たちは刃渡り1メートル近いブロードソードを木製のドアに突き刺しているのだ。

激烈な怒りが彼女の中に沸き起こる。

同時に、頭の中で冷静に相手の動きを予測し、最適な先手を導き出す。

「あのー、ちょっといいですか?」

ソニアは怒りを感じさせない声で男の背後から優しく語り掛けつつ、肩をたたく。

「ん?」

2人の男がソニアに顔を向ける。その瞬間、ソニアは体をひねって右側にいる男の顎に肘を打ち付けて一撃で昏倒させる。相手が素人ならまだしも、戦力が分からない状況での2対1は避けなければならない。ゆえに確実に倒せそうに見えた方を一撃で沈めたのだ。

それを見たもう一人の男は、右手でブロードソードを扉から抜いて、剣先をソニアに向けてけん制しつつ、素早く距離を取る。反応が速い。剣の扱いにも慣れている様子だ。

「おい! マット!」

男は倒れた相棒に向かって呼びかけるが反応はない。

「こいつがマット? であんたは誰? バルザー金庫の人?」

そう言いながらソニアはブロードソードの剣先を見て、血が付着していないことを視認する。扉の向こう側でギルドオーナーのイゴールが倒れているという事態は無さそうで安堵する。

「なんだきさま、いや、どこかで…」

どうやら顔を知られている。傭兵かもしれない。おそらく大したことはないだろうが、少しばかりスキが欲しい。などと考えていた時、

「ソニアさん! 脅迫罪!暴行罪!強盗罪その他諸々成立です!」

「ハイディちゃんも証人としてしっかり見てますよー」

追い付いてきたロゼとハイディが、近所の注目を集めるように大きな声で言った。いきなり罪状を告げられて、男は一瞬だけそちらに視線が動いてしまう。

ソニアはそれを見逃さずに相手の剣を払いつつ、相手の懐に飛び込み、渾身の力で右拳を腹に叩き込む。

「グフッ」

と嗚咽するが、男は倒れない。ブロードソードを持った右腕の力を振り絞り、ソードの柄でソニアを打ち据えようとする。

しかし、その反応は彼女の想定の内であった。体重差のある相手を『ボディ一発で倒せる』なんて夢物語はとっくの昔に捨てている。

ソニアは左手で男の右腕を受け止めて引っ張りつつ、その眼前で沈み込むように反転して腰を跳ね上げる。

「あひ」

悲鳴にならない声をあげつつ、男の体が浮く。一本背負いである。

ここが酒場や道場ならば、あとは重力に任せて落とすだけである。しかし、今は制圧が最優先。よって彼女は自身の足を浮かせて回転の中に自らを投じ、全体重を相手に預ける。

ボンッと肉が石畳に叩きつけられる低い音が響く。ソニアは仰向けになって喘ぐ男の上に体を乗せつつ、男の腕を捻り上げて言った。

「腕を折られたくなければ、剣を離しなさい」


「お前、ソニア・ジョアンヴィスか」

縛り上げられて、事務所内の倉庫に突き込まれた男が言った。マットと呼ばれた方の男はまだ意識を失っているようで、沈黙している。

「そうよ」

「チッ、逃げるのが正解だったか」

そう言ったきり男は黙り込む。

「あんた名前は? バルザー金庫の人間?」

「知らんね」

男は横を向いて視線を逸らす。

「どこかの傭兵?」

「さあな」

「誰に命令されているの?」

「フン」

すっとぼけるつもりのようだ。シルビオがいると幻惑系の魔法で自白に追い込めるのだが、今は鷹峰と市場で投機物品の買い付け中だ。探すのも一苦労だろう。

「そんな非協力的だとー、このブロードソード売っちゃいますよー」

倉庫の入り口に立っていたハイディが、威圧のようで威圧になっていないセリフを口にする。

「勝手にし……、いやちょっと待て」

当たり前の反応が返ってきたと思ったが、何かに食いついたようだ。

「大して高い品でもないでしょ。ドアの修理代にさせてもらうわ」

「いや、それは……。そこをなんとか…」

ハイディも男の異変を感じ取った様子で、「むー」と唸りつつ剣を眺める。そして気付いた。

「あれ、エンブレムが入ってますねー」

ハイディの言葉に、ロゼとイゴールが横からのぞき込む。刀身の根本に丸っこい紋章のようなものが刻印されているのが見える。

「お、おい……」

男はさらに慌て、芋虫のように体をよじりながら入口にいるハイディの足元に行こうとする。だが、ソニアに引っ張られて再度倉庫内に引きずり戻される。

「えーと、これは確かベリタ傭兵会のエンブレムだね」

エンブレムを覗き込んでいたイゴールが言った。

「ベリタって、仁義と誠実がモットーっていう東地区のあそこ?」

ソニアの質問にイゴールが頷く。

「ああ。昔は金山にも常時3人くらい傭兵を寄越してもらっていたな」

ベリタ傭兵会はロッサキニテの東地区スラム街に本拠を置く傭兵ギルドだ。ギルドオーナーのブロル・ベリタがスラムの孤児院出身の仲間達と一緒に立ち上げた傭兵団で家族意識が強く、兄貴分と弟分が義兄弟といった間柄になっていることも多い。

そういった組織の特色から、何かと色眼鏡で見られることも多いが、社会の迷惑になるような活動には手を染めない主義で知られている。庶民の困りごとに対して割安価格で真摯に対応してくれる庶民派ギルドとして好評を得ているのだ。

「確か、ベリタのエンブレム付きブロードソードって、初めての給金の時に兄貴分から貰えるって習わしなんだよな」

イゴールがそう言って男を見ると、男はまた視線を横に逸らす。兄貴分から貰ったブロードソードであるなら、売られるのはたまったものでは無いハズだ。

ソニアはさらに男に詰問する。

「あんたベリタ傭兵会の人間なの?」

「そ、そんなギルド、聞いたことが御座いませんね…」

「なんでいきなり敬語になるのよ」

明らかに狼狽している。

「じゃあ、あんたを事務所前まで引っ張っていって、ブロードソードのオークションをそこでやりましょうか?」

「そ、そのブロードソードは知人からの借り物で、その知人の大事な…」

「なるほど。犯行に使用する凶器を貸与した共犯者がベリタ傭兵会にいるということですか。なおさら許せませんね。公国の衛兵にブロードソードごとあなたを突き出して報告しましょう」

ロゼがわざとらしく追い込むと、男は縛られたまま頭を床につける。

「止めてくれ! お願いだから!」

イゴールが憐れみを込めた目で言った。

「もういい加減諦めたらどうかね。義理堅いベリタ傭兵会の人間が、どうしてこんなアコギな取り立てをやっているんだね?」

男は顔をすこし上げて、言いにくそうに口を開いた。

「あんた達には言えない事情があるんだよ」

「事情って何よ? あんたバルザーに借金でもしたの?」

「俺個人の話じゃあない」

「じゃあ、ベリタ傭兵会がバルザーに借金でもしてるの?」

「借金だけじゃねぇんだよ。そんな単純じゃねぇ」

ベリタ傭兵会は何か弱みを握られて、取り立て業務をやらされているのかもしれない。そう感じ取ったハイディが提案する。

「と言うことは、あなたの選択肢は2つですねー。口を割らずに、ブロードソードと一緒にさらし者にされてー、ベリタ傭兵会の看板に泥を塗るというのが1つですねー」

ハイディはもったいぶって、男を見る。

「もう1つは、知ってることを全部ゲロっちゃってー、私たちに協力して、一緒にバルザーを叩き潰すってことですねー」

「叩き潰す? ほ、本気なのか?」

男は信じられないといった表情でソニアを見て言った。

「本気よ」

男はそれでも迷っている。

「あんたが口を割らないなら、別の取り立て屋を捕まえて同じことをやるだけよ。バルザーが音を上げて許しを乞うまでやり続けるわ」

ソニアの決意を聞いても男は数秒ほど迷った。

だが最後には意を決したように、ソニアを見て言った。

「分かった。俺はベリタ傭兵会のフラッドだ。何から話せばいい?」

~~続く~~

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