今日から始める異世界M&A-1章2『召喚されるのはだいたい日本人』

前回までのあらすじ

証券会社の若手社員である鷹峰亨(たかみねとおる)はルヌギアという世界に召喚されてしまった。召喚された人物はなんらかの神通力を持つらしいが、鷹峰にはこれといった能力は発現しなかった。鷹峰が無能力と判明したため、召喚の首謀者の1人であったビブラン大臣は興味を失い、鷹峰をソニアに押し付けるかたちで放逐した。

1章2『召喚されるのはだいたい日本人』

ルヌギア歴 1685年 3月20日 アテス城下町

鷹峰の飛ばされたオプタティオ公国は、クレアツィオン大陸の南東端にあるオプタティオ半島、及びその周辺諸島を領土とする公国である。温暖で、年間を通して雨量も安定しており、農林業を主産業としている。また、半島の中央を南北に走るピードス山脈には、様々な金属の鉱脈が存在し、鉱物の採掘を生業とする人間も多い。

そして、鷹峰の今いる街はアテス。オプタティオ半島の付け根に位置する公国の首都である。古くから半島と大陸を結ぶ物流の中心地として発展し、現在に至っては周辺の集落も含めて人口50万人に上る大都市圏を形成している。

※オプタティオ概略図

鷹峰はソニアに従って城を出て、石畳が敷き詰められた大通り沿いに城下町を歩き始めた。3,4階建ての建物が通りの両サイドにズラリと並んでいる。木造と石造りが半々といったところで、堅牢そうな印象だ。バイクや軽自動車が突っ込んだ程度では、ビクともしないように見える。

日はとっくに暮れているが、何かの鉱物を光源とした街灯があって大通りを照らしている。街路に入ると真っ暗だろうが、大通りを歩いていく分には十分な明るさが確保されていた。ただ、道路の広さに比べると人通りは圧倒的に少なく、どこか寂し気な雰囲気がある。

「城下町のわりには、人の気配が少ないように思うんですけど。治安に問題でもあるんですか?」

鷹峰がソニアに後ろから声をかける。

「そんなに気張って会話しなくてもいいよ。むしろむず痒いし」

見知らぬ場所に来たものだから、営業用丁寧語トークをしていたのだが、ソニアには不評のようだ。鷹峰は「わかった」と短く伝えてからソニアに「どうぞ」と手を向けて話を促した。

「昼間はもっとガヤガヤしているけれど、ここ数年は不景気だなんだで、夜はあんまり賑やかじゃないわね。治安も悪くなってるって話をちょくちょく耳にするわ」

どこの世界でも、夜のお遊びから倹約が始まるのは変わらないらしい。

「ここは一体どこなんだ? さっきの大臣サンはオプ……なんとかって言ってたが」

口調を多少ぶっきらぼうにして鷹峰は聞いた。

「オプタティオ公国。クレアツィオン大陸の南東よ。って言ってもワケわかんないわよね。なんて言ったっけな、あんたの元居た場所とは、い……、い……」

「異次元? 異世界?」

「それそれ。異世界らしいわ」

異世界とは簡単に言うが、どういった世界なのだろうか。ファンタジーRPG風の世界ってイメージでだいたい合っているような気もするが、サラリーマンだの金融だのといった言葉を発する大臣キャラなんてファンタジーRPGでは見たことがない。

「俺が日本人ってのは、何で分かったんだ?」

前を歩くソニアが振り返り、疑問顔で返答してきた。

「え? 何でって言うか、召喚された人間の事を日本人って呼んでいるのだけど」

「アメリカ人とかフランス人とか中国人とかは召喚されないのか?」

「なにそれ?」

どうやら、召喚された存在はすべからく「日本人」という呼称を使われているようである。ただの偶然なのか。もしくはホントに日本人のみが召喚対象なのか。

わけがわからず、どう聞くのが早いかと悩んでいる内に2人は目的の場所に到着した。

「着いたわ。そこよ」

ソニアはそう言って、ハリウッドのB級西部劇に出てきそうな「いかにも酒場」といった2階建ての建物を指さした。観音開きの扉の中から複数人の笑い声が漏れてきており、少なくとも閑古鳥が鳴いているような店ではないようだ。

ソニアは扉をやや乱暴に押し開き、慣れた雰囲気で酒場に入って行く。鷹峰もそれに続いて店内に足を踏み入れた。中は大きな吹き抜けのホールになっており、4,5人掛けの丸テーブルが10台ほど並べてあった。奥には6席ほどのカウンターもあるが個室はなさそうで、客の入りは6割と言ったところだ。

「ようソニアちゃん、男連れとは珍しいねぇ。カレシかい?」

入口近くの丸テーブルに座っている酔客のおっさんがソニアに声をかけた。

「ハズレ。そんなんじゃないわよ」

ソニアは適当にあしらいつつ奥のカウンターを目指して歩いていく。鷹峰もそれに従う。

「ソニアちゃんおかえり。そちらさんは?」

カウンターの中に立っているエプロン姿の女性が声をかけてきた。黒髪を後頭部に巻貝のようにして固定しており、腕の良い女将さんのような印象の人である。歳は30代後半~40歳くらいだろうか。

「例の召喚、成功したんだけどビブランの眼鏡には適わなかったみたいで、一緒に城から放り出されてきたトコよ」

カウンターの女性がちょっと驚いた表情になり、小声でソニアに話しかける。

「えっ、じゃあ日本人さん?」

「そう。でもこれといった神通力は無いみたい。とりあえず当面の世話はしろってさ。ご飯代は貰ってきたから、しばらく置いてやってくれない?」

カウンターの女性が鷹峰を見る。

しばらく置くという言葉に少し驚きつつ、鷹峰は名乗った。

「鷹峰亨です。どうも……、はじめまして」


ルヌギア歴 1685年 3月20日 アテス城下町 酒場『パルテノ』

鷹峰とソニアはカウンターに座り、エールビールを飲みながら話を始めた。カウンターの女性は店のオーナー兼女将とのことだった。

「あんたから質問してよ。何から教えたらいいか分かんないわ」

ソニアが乱暴に話を振ってくるが、聞きたいことだらけの鷹峰にとっては好都合だった。

「そうだな、ソニア…、って呼びつけでいいのか?」

「いいわよ」

即答であった。敬語を使われると逆に距離感を感じる性分なのかもしれない。

「ソニアは普段なんの仕事をしているんだ?」

「今はこの酒場で用心棒ってトコかな」

そう言っている間に1杯目のグラスを開けて女将さんにおかわりを要求する。結構な酒豪のようだ。

「今はって、昔は違ったのか?」

「数ヵ月前までは、ラマヒラール金山っていうところの防衛隊をやっていたんだけどね。金山を魔族に取られちゃって、今はこの酒場の住み込み用心棒ね」

現在、オプタティオ半島の南東側エリアは魔族の勢力圏であり、普通の人間は足を踏み入れない土地になっている(魔族と取引をするような闇商人は除く)。ラマヒラール金山は、ちょうど人間と魔族の勢力境界線上の山岳地域に存在するラマヒラール山にて発見された金鉱山で、まずまず良質な金鉱石が採掘される。そのため、過去300年間に渡って人間と魔族の間で奪い合いが起きている。

聞いたことの無い地名に、次は魔族と来たかと鷹峰は呆れ、目眩がしそうになるのを堪えつつ、ソニアに聞いた。

「魔族ってどんな奴等なんだ? 俺の元居た世界じゃ物語の中にしか出てこなくて、実在はしてないんだ」

「魔族って言っても色々ね。人間と姿形が似ていて、角が生えてて肌が緑色のデモニック族とか、四本足で駆け回る獣みたいなビースト族とか」

まさにファンタジー世界のモンスターと言った趣である。

「あとは、手の平サイズの小悪魔とか、このお店サイズのドラゴンとか、手足の生えた半魚人とか……数え切れないくらいいるわ」

「まさに俺の知ってる物語の魔族だな……。で、やっぱ人間とは敵対的なのか? 金山を奪われたって言ったよな」

この質問に対して、ソニアは少し悩み顔になる。

「うーん……、大昔はそれこそ互いの生存をかけて戦っていたらしいんだけど、最近はそこまで敵対的でもないわね。鉱山みたいな土地を取り合う小競り合いはあるけど」

ここで、女将さんが皿を洗いながら、ソニアの言葉に付け加えるように言った。

「昔は魔族との取引なんて完全禁止だったけど、10年くらい前から条件付きで許可されるようになったしね。ブールグラス牧草の取引なんかが特徴的かもねぇ」

知っている牧草名と微妙にイントネーションの違う言葉が出てきた。

「ブールグラス? ブルーグラスじゃなくて? 俺のいた世界では、馬とか牛の飼育に使われるブルーグラスって牧草があるんですが」

「ブールグラスを馬とか牛が食べるってのは聞かないわねぇ。こっちのブールグラスはドラゴン族にとって栄養満点な草なんだけど、生育できる場所が限られててね。幸運なことに、オプタティオ北部のユゴ盆地では雑草のように生えているから、それをかき集めてドラゴンに売っているそうよ」

その言葉に鷹峰がさらに反応する。

「売るってことは、魔族もお金を使うんですか?」

「種族によりけりだねぇ。知能の低い魔族なんかは、お金の計算自体できないし」

確かに、アニメやゲームに出てくる一部低知能モンスターに金勘定は荷が重そうである。契約を守るという倫理観もなさそうだから、そもそも商取引自体が難しいようにも思える。

「でも、一部は人間より金汚いくらいよ」

少々トゲのある口調でソニアが言った。単細胞で、人を見かければ襲い掛かるというRPGの魔族とは少し勝手が違うようなのも確かである。ただ、『倒したらお金を落とす』というRPGの謎設定を解決するような事実なのかもしれない。

「ところで、魔族って魔法を使ったりするのか? あとは火を吐いたり竜巻を起こしたり」

馬鹿にするような素振りは全く見せず、ソニアが落ち着いた様子で答えた。

「そうね。デモニック族なんかは魔法が得意なヤツが多いわね。魔法で幻惑したり、風を起したり、水を操ったりってトコかな。逆にビースト族の奴らは基本的に苦手で、身体能力で押してくる感じ。火を吐くというのは、ドラゴン族の一部ができるって話は聞いたことがあるかな」

鷹峰は「おいおい、ホントかよ」と笑いそうになったが、現に自分が召喚されたことを思い出し、魔法をはじめとする非科学的な現象の存在を認めざるをえなかった。


少し言葉を失った鷹峰を見て、ソニアが聞いた。

「私の前歴は言った通りだけど、あんたは向こうで何してたの? ビブランとの会話でサラリーマンとか金融屋とかなんとか言ってたけど」

証券会社の業務を理解して貰える自信はなかったが、物は試しと口に出してみた。

「そうだな、株とか債権ってこっちの世界にもあるかな? そいつの販売をやってたんだ」

「もちろんあるわよ」

意外にもアッサリと答えが返ってきた。

「そもそも日本人がこっちに持ち込んだ商文化だしね」

経済・経営について知識のある日本人が過去に召喚され、なにか商売でもやってこっちで一財産築いたのだろうか。

そう言えば、ビブランが「過去の偉人」とか言ってたな。その過去の偉人とやらについて聞いてみるか、と鷹峰は思考を展開した。

「日本人ってのはそんな頻繁に召喚されるものなのか? 『過去の偉人達は』みたいなことを大臣サンが口にしてたよな」

ソニアはちょっと悩ましげな表情になりつつ答えた。

「頻繁とまではいかないわね。この国では、表向きには、3,40年に1人くらいのはずよ」

「ちなみに、さっきのビブラン大臣との会話からの推測だが、俺は『裏向き』って認識であってるよな?」

ソニアは小笑いしながら答えた。

「あはは、その通りよ」

「ま、それはいいや。で、その偉人さんを何人か教えてくれよ。ひょっとしたら知ってる人物が居るかもしれない」

「そうね……」

そう言いながら、ソニアはさきほどビブランから貰った紙幣を取り出し、広げて見せた。鷹峰の元いた世界に存在する各種紙幣の例にもれず、その紙幣にも肖像画が描かれていた。

ただし、異様であったのはその肖像画の男が中世日本武士のような、角飾りのある兜をかぶっているところだ。

「これ、1万フェン札なんだけど、この肖像画のターメス=トモスが最も有名だね。本名は何だったかな、昔聞いたことが……」

「みなもとためとも、じゃなかった?」

女将さんがオツマミのピクルスと、白身魚のカルパッチョを差し出しながら言った。

「みなもと」という姓から察するに、源平合戦の頃の武将だろうか。

「そのターメス=トモスはどんな能力、神通力があったんだ?」

「ターメス=トモスと言えば剛力、そして弓矢ね。彼が放った矢は光のような速さで空を切り裂き、大地をめくりあげ、矢が刺さる前に衝撃波で敵が木っ端微塵になったって伝説ね」

あまりの剛勇さに、鷹峰は如実に怪訝な顔をした。

「なに? 信じられないって顔してるわね」

「俺の無能さとギャップがありすぎてね……」

「他には、そうね、リョー=マとかタモンマールとか第六天魔王とかも日本人として有名ね。後ろの2人はこの国では偉人って言うか、大悪党扱いだけど」

「ははは、タモンマール以外の2人は思い当たるフシがあるよ」

第六天魔王は戦国時代の知識がある人間なら当然思い至る人間、織田信長だ。無論、戦国時代オタクが真似をして名乗った可能性もあり、本人とは限らないが。リョー=マはもしかしたら坂本竜馬かもしれない。タモンマールは誰だかわからないが、『○○丸』という名前が変化したものだとすると、昔の日本人男性の可能性はあるだろう。

女将さんも皿を洗いながら1人思い出したようで付け加えた。

「オプタティオ公国で召喚されて有名なのは、アサノ=タクミっていうのがいるねぇ。塩の製法を劇的に改良した技術者。でも女癖が悪くて癇癪もちだったって話だけどねぇ」

同世代の日本人男性と思って差し支えない名前である。やはり例にあがった人物たちは、全員日本人と言えば日本人なのかもしれない。少なくとも日本列島で死んだ人間ではありそうだ。

~~続く~~

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