フェニックスファイナンス-1章1『呼ばれて飛び出た要らない子』後編

2020年4月11日

1章1『呼ばれて飛び出た要らない子』後編


机の上に座っているのも気が引けたので、鷹峰は頷き返してからローブの男に従って移動し、小太りの男の前に座った。

赤毛の女は会議スペースの間仕切り替わりになっている戸棚にもたれかかって立ち、鷹峰達を見下ろしている。

「突然の召喚で失礼したな。わしはオプタティオ公国の金融経済大臣、ビブラン=モンストルだ」

小太りの男が名乗った。初対面にしては尊大という印象であった。公国の大臣と言うからには、ある程度は高い地位の人間なのだろう。

「ていうか、オプタティオ公国ってどこだよ」という疑問が湧いた鷹峰だが、ひとまず自身も名乗ることにした。

「鷹峰亨です」

「早速能力、神通力について聞きたいんだが……、何も持ってないのかね?」

「さっきも聞かれましたが、よく分からないんですよ。神通力って具体的にどんなものですか?」

ビブランはヒゲを人差し指に巻きつけ、少し考えてから答えた。

「そうだな、過去の偉人たちを例にすると、大岩を軽々持ち上げる剛力であったり、炎や風を自由に操れたり、千里眼や地獄耳、未来予知に読心術、長寿長命……。そんなあたりだな」

どこかで聞いたことのある能力だが、鷹峰自身においてはどれもピンとこない。

「なんとなく想像はつきましたが、どれも持ってはいませんね」

ビブランは不機嫌そうに鼻ひげを指でいじりながら、重ねて尋ねた。

「鷹峰さんと言ったかな。あんた向こうでは何をやっていたんだね?」

「職業ですか? ただの会社員です。証券会社社員ですね」

「サラリーマンってヤツか?」

召喚だ神通力だと意味のわからない状況なのに、サラリーマンという言葉が出てきて余計に困惑する。サラリーマンは英語のsalaryから派生した和製英語で、それこそ現代日本人以外は使わない言葉だ。「アイムファインセンキュー」と一緒で、日本人が英語圏で使用して笑わわれる代表格フレーズなのだ。

「サラリーマンって……、まぁ確かに証券会社のサラリーマンですね」

「証券会社というのは、金融屋の一種であってるかな?」

「ええ。その通りです」


ビブランは天井を見上げるようにして、うーむと考えながら確認をする。

「粉飾決算を一瞬で見抜けるとか?」

「無理ですね。一般人より鼻が利く程度でしょうね」

「では投資話が儲かるかどうかを確実に判別できるとか?」

「無理ですね。どう見ても大損するようなモノを見分ける程度ならできますが」

「株価を自由に操作したりは?」

「無理ですね」

転職エージェントに自己PRのネタを聞かれているような状態である。こんな金汚い自己PRネタなど、普通の就職転職では使いようがないのも事実だが。

ビブランが下を向き、ふぅとため息をつく。鷹峰は「なんだか嫌な空気だな」と感じていた。

不意にビブランが顔を上げ、その勢いのまま一緒に入室してきた赤毛の女性を顎で指した。

「おいソニア、どうやらハズレの能無しのようだ。だから、鉱石持ち込んだお前が責任もって面倒みろ。ここで召喚したことは漏らすなよ」

ソニアと呼ばれた女性は、長い赤髪ごしに頭を乱暴に掻いてから小さく頷いた。

「しょうがないわね。ただ、しばらくのご飯代くらいカンパしてくれてもいいんじゃない?」

「フン、しょうがないな」

ビブランはマントの内側から紙幣らしきものを7,8枚取り出し、ソニアに向けて差し出した。

鷹峰も金融屋の端くれであり、外国紙幣の知識は人並み以上には持ち合わせているはずだが、その紙幣は彼の記憶に無い初見のものだった。

「どーも」

ソニアはビブランを小馬鹿にするような笑みをうかべつつ紙幣を受けとった。

「それじゃな」

ビブランは既に鷹峰に対する興味を失っているようで、視線を向けることもなく、大きく靴音を響かせながら部屋から出て言った。どうやら『要らない子』判定をされたようである。

ドアが閉まったのを確認し、ソニアがこちらを向いて言った。

「さて、あんた飲める?」

ソニアがコップを傾けるモーションをした。飲みに誘うモーションまで同じようだ。

「お酒ですか? 弱いですが、嫌いじゃないですよ」

1章2前編に続く

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